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自由というものを勘違いした「ファン」の存在ほどキツいものはない

こちらの、めいこさんがお書きになった投稿を、偶然見つけて読みました。
私も、8月に50歳になるので、正直「おじさん」の部類にいますが、このご意見は100%共感。ここに記されているような人は、同性の私から見ても嫌気が差します。見るのも、声をかけられるのも嫌。

でも、これって本当に「おじさん」や「女性バンドを取り巻く環境」だけの問題なのかなと…。年齢や性別、対象となるものが何であろうと関係なく、女性でも、同じような人は一定数いるんじゃないかなと思います。

覚えてるのは、1980年代のアイドルのファン。テレビ番組でも、客席にいるファンは、番組の進行のことはお構い無し。女性ファンは悲鳴に近い声を上げ続け、ホールが静かになることは全く無かった記憶があります。また、男性ファンはダミ声で「◯◯◯〜ちゃーん!」と、“◯命” とか “◯◯LOVE” とか書かれたはちまきをし、片手を口元に添え、体を傾け…今のように「歌のリズムに合わせて…」っていうことは一切なく、歌詞の内容とは無関係に、ポーズをとって大きなダミ声で叫んでいて、歌唱が終わってもそれを暫く続けているという…。
さらに遡れば、ビートルズの日本武道館公演のときも、そうでしたね(当時のことはリアルタイムでは知りませんが、後にテレビで見た記録映像で見て)…。
「あんたがた、歌を聴いてないでしょ?」「それは声援と言えるのか?」と思うことが多々あったのを思い出します。あれは、いま考えても異常だったなと…。

あと、あまりにも、そのアイドルが好きすぎて、とんでもないことをやらかすファンの存在も、男女問わず、たまに聞きます。稀に、事件化することもありますね。これらも、共通している部分はあると思います。大体、民度が低い印象。もちろん、全部がそうだとは言いませんが…。

結局、男性も女性も、そんな人間のやってることは、ほぼ変わらないということ。私のnoteで何度も記してますが、これも「自分のことしか頭にない」人間の多さを如実に表していると思うのです。周囲のことがまったく見えなくなる…これほど危険なことはありません。厄介なのが、彼ら・彼女らは、それがみっともない行為だと思っていないということ。なぜ、人はそうなってしまうのでしょうか?

これらのことが理由で、私は「ファン」と呼ばれる人種が嫌いです。

「アイドルファン」に限りません。


「プロ野球ファン」

チームは好きだけど、ファンは嫌い。でも、あることがきっかけで、チームも嫌いになった例があります。

昨年(2024年)の日本シリーズで、ベイスターズの投手が投球モーションに入る時に、指笛を鳴らしている観客がいたために一時試合を止めたということがありました。これを、ファンは「うちではこれが当たり前だ」などと一蹴して正当化したようです。その後にホークスの監督が、これについて発言した内容が問題視されましたが(これも酷いものでした)、それ以前に、その監督よりも、一連の問題の火種となった、試合の邪魔をしたファンが一番大きな火種を作っていたことは明白。
いずれにせよ、これをきっかけに、ホークスのことは、地元の球団ながら興味が一切なくなりました。

「サッカーのサポーター」

これも同様、チームは好きてすが、サポーターは嫌い。マナーのない人が多い印象しかありません。
スタジアムや球団から入場を禁止されたサポーター、これまで何人出たでしょうか?正直、サッカーもあまり興味が持てなくなってます。

「鉄道ファン」

私は、既に自動車運転免許を持たなくなったため、移動には鉄道とバスくらいしか選択肢がありません。小さいころから乗り物は好きでしたが、いまは、そうでもなくなりました。
特に鉄道を取り巻く環境は、ファンと呼ばれる人たちの行為により悪化していると言わざるを得ません。個人的に、利用していて不快になることが、年々増えてきています。

ファンと呼ばれる人間によって危険行為が絶え間なく行われており、その都度何度も指摘されていますが、先日は、鉄道会社の職員が、そのような行為を行うという始末。何なんですかね…。
駅や沿線でカメラを持っている人を見るだけで、正直、不快で見たくもありません。一眼レフカメラや三脚を、メディアの取材で無い限り、駅ホームや線路沿いに持ち込んでほしくないというのが正直なところ。タレントさんでも、鉄道ファンを公言されてる方が多くいますが、これも、あまり公言してほしくないなと…ちょっと、引いちゃうんですよね。
また、テレビのバラエティ番組などで良いように取り扱われ過ぎてることも一因になってるんじゃないかな…それも、そろそろ見直していただきたいなと思ってます。


社会の秩序を乱すことしかしていないではありませんか。もちろん、これらはごく一部であり、全てではないことは理解していますが…なんか、「ファン」と聞くだけで不快な気持ちになります。
私自身、そういう人と同じように見られたくないので、「応援」はしても「ファン」にはなりません。広い視野で物事を見ることに重点を置いています。そして、どんなことも物事にのめり込み過ぎず、適度に楽しむことを意識しています。
聴きたいラジオ番組を選ぶのも同じで、番組内容は勿論ですが、リスナー(SNSの投稿)の質が悪ければ、その番組は聴きませんし、いままで聴いていた番組でも、それに気づけば、黙って聴取とSNS実況投稿をやめることにしています。

これ、以前記したかな…改めて。自分の家の中なら、何をやっても構いません。ただし、家から一歩でも外に出たら「自分の自由は無くなる」と思っていただきたい。

「他人様」の存在があって、初めて「自由」が生まれるものです。

そういう意識を、私たちは常に持つべきだと考えます。

ちなみに…

これが、本来あるべき姿ではないのかな。見習いたいものです。
でも、私は「ファン」にはなりません。「応援」はしますが。





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