“読まれること”より、“残ること”を目指して
― 数字が動かなくても、言葉は残る ―
ブログを始めて、ちょうど2週間。
まだ記事は数本で、PVもゼロの日がほとんどです。
でも、最近はその静けさにも少し慣れてきました。
数字よりも、「ここに言葉が残っている」という事実を大切にしたいと思うようになったからです。
PVが動かない日々と、静かな納得感
最初の1週間は、アクセス解析を何度も開いては
“ゼロ”という数字を見て落ち込んでいました。
けれど今は、少し感覚が変わりました。
数字は動かなくても、
書いた記事は確かに自分の中に“残っている”。
それだけで十分、少し意味があるように感じます。
今は地盤固めの時期。
変化がなくても、記事の本数が1本増える度に
基礎が組み立てられている感じはします。
書いた記事は“止まる”けれど、言葉は生きている
書いた記事は、投稿した瞬間に止まります。
もう編集しない限り、形は固定される。
でも、言葉そのものは不思議と“動いて”いる気がします。
時間をおいて読み返すと、
その日の自分が感じたことが少し違って見える。
“同じ言葉なのに、違う風景を映す”――
そういう感覚が増えてきました。
つまり、書くたびに「自分の内側が更新されている」。
PVは動かなくても、
その分だけ“自分の理解が進んでいる”という実感があります。
SNSを通して、少しずつ外の空気に触れる
この2週間で、X・Instagram・TikTokの投稿も始めました。
まだフォロワーも少なく、反応はほとんどありません。
けれど、SNSも始めたことでコンテンツ内容など、
考えることがかなり増えたので、良くも悪くも
PV数を気にする機会が減りました。
たとえば、Xで短いフレーズを投稿したり、
Instagramで記事の一部を画像にしてみたり。
同じコンテンツテーマでも、媒体によってアルゴリズムが違うので
表現の仕方や見せ方、様々な要素に神経を使っています。
SNSはこれまでは見る側だったため、
入稿の仕様なども一から調べて、最初はてんやわんやになってました。
「読まれること」より、「残ること」を目的にする
正直に言えば、
「もっと読まれたい」という気持ちは、今も少しあります。
でも、その気持ちに飲み込まれると苦しくなる。
だから今は、
“読まれる”ことより、“残す”ことを目的にしています。
毎回の記事が誰かに届かなくても、
それが自分の中で積み重なっていく。
それだけで、形のないものが少しずつ「自分の資産」になっている。
言葉が残るということは、自分が残るということ
数字がゼロでも、
ブログが静かでも、
「ここに言葉がある」ことには変わりがありません。
自分が考えたこと、感じたことを
確かな形で残しておくこと。
それは、今の自分を“記録する”行為であり、
未来の自分に“手紙を書く”ような行為でもあります。
たとえ今すぐ誰にも読まれなくても、
半年後、一年後に誰かが出会うかもしれない。
その可能性がある限り、
言葉はまだ“生きている”のだと思います。
🌿届かなくても、確かに残っている
2週間が経って、
数字の変化よりも「積み重ねの実感」が少しずつ芽生えてきました。
算命学の言葉を借りるなら、
「陽が射す前の静けさ」。
まだ光は見えなくても、
確かに朝に向かって空気が動き始めている。
だから、焦らず、
“残すために書く”というスタンスで続けていきます。
X、Instagram、TikTok、そしてブログ。
それぞれの場所に少しずつ言葉を置きながら、
この静かな始まりを積み重ねていきたいと思います。
