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40歳を目前に、私はようやく「ホルモン」に白旗をあげることにした

「あぁ、またこの時期が来た」

カレンダーを二度見しなくても、身体が先に教えてくれる。生理が始まる10日ほど前。心と身体に、自分では制御不能な「重り」が乗り始めるあの感覚。

いわゆる月経前症候群(PMS)だ。 寝ても寝ても抜けない泥のような眠気。普段なら聞き流せるはずの些細な一言に、火がついたようにイライラしたり、かと思えば深い谷底に突き落とされたように落ち込んだりする。

お腹や腰が重くなり、鼻の付け根あたりがモヤモヤとして、いつものような集中力が続かない。特に、子供たちの底なしの体力についていけない自分に気づくとき、そのイライラは加速する。

寝る前に欠かさず読む、絵本の時間。本当は一秒でも早く寝たいのに、子供たちにとっては一日の締めくくりの大切な時間だ。いつもなら役に入り切って読み聞かせるのに、そのときばかりは早口で棒読みに。

心の中で「早く終わって」と願ってしまう自分に、また自己嫌悪が募る。家事も育児も、自分の思うようなペースで進められない。そんな「ままならない日常」に、生理前の不調が容赦なく追い打ちをかける。

「生理が始まる前だけだ」と頭では分かっている。数日待てば、また元の自分に戻れることも知っている。けれど、その「たった数日」を自分の意志でコントロールできないもどかしさが、何よりも厄介なのだ。

中には「出産したら軽くなったよ」なんていう人もいるが、残念ながら私は対象外だった。むしろ、歳を重ねるたびに症状は重症化している気がする。振り返れば、私の人生の分岐点には、いつもこのホルモンの影が落ちていた。

救急搬送と、諦めた「総合職」への夢

二十歳の頃、私はシュークリーム店のアルバイト中に倒れた。

いつものように接客をしていたときだ。「遠くの方でお腹が痛いな」と思いつつも我慢していると、次第に痛みはうねるように強くなり、経験したことのない激痛に変わった。

バックヤードに倒れ込むと、痛みで動かせない体からは冷や汗が吹き出し、視界がチカチカと点滅する。尋常でない私の様子に、店長が呼んだ救急車にそのまま乗せられた。

原因ははっきりしなかったけれど、子宮に腫瘍が見つかった。それ以来、私の生活に「毎年婦人科に通う」というタスクが加わった。東京の、名も知らない病院の一室。いつ襲われるか分からない謎の痛みに、ただただ恐怖を覚えたことを今でも鮮明に覚えている。

その1年後、私は就職活動の山場にいた。 第一志望は、信州味噌を取り扱う地元企業の総合職。味噌を使ったメニュー考案がしたくて、味噌パウンドケーキや味噌のソースなど、オリジナルのレシピブックまで作った。何度も面接を重ねてようやく辿り着いた最終面接。

けれども運悪く、私はまた「あの期間」に捕まってしまった。極度の緊張に加え、頭にモヤがかかったようで、面接官の質問が右から左へ抜けていく。準備したはずの言葉も、糸が絡まったようにもつれて出てこない。身体は鉛のように重く、自分の顔がひきつっているのが分かった。

「落ちた……」

結果を聞くまでもなく、確信があった。面接会場から駅まで、どんよりとした曇り空の下、泣きそうなのを堪えて歩いた道を今でも昨日のことのように思い出す。それだけが不採用の原因ではなかったと今は分かる。

けれど、生理前でまったく頭が働かず、自分をうまく表現できなかったことが何よりも悔やまれた。そしてその時、私は悟ったのだ。「生理がある限り、私は毎月こうして無力になる。総合職ではなく、一般職として内勤するしかないのだ」と。

生理があることで自ら進路を絶ってしまったような、どこかスッキリとしない気持ちを抱えたまま、私は一般職として社会人生活をスタートさせた。

生理前が辛すぎて、生理が始まるのが待ち遠しい

苦い就職活動から数年、私は30歳になっていた。 次第に責任の重い仕事を任されるようになったストレスと、冷えやすいオフィス環境もあってか、私はまたもや腹痛で救急搬送された。大学時代に見つかった腫瘍は肥大化しており、それを機に摘出手術を受けた。

その数年後、妊娠・出産を経験することもできたけれど、期待していた「体質改善」は起きなかった。相変わらず生理前は、イライラや落ち込み、極度の眠気に襲われる「ポンコツ人間」になってしまう。

特に、生理予定日が近づくにつれて、私の心境は複雑になる。 不調がピークに達すると、もはや「早く生理始まれー!」と心の中で叫んでいる。生理が始まってしまえば、重い腹痛や腰痛があったとしても、あの靄がかかったような不調よりは何倍もマシだと思えるからだ。

実際に生理が始まると「あぁ、やっと終わった。やっと自分に戻ってこられた」という安堵感に包まれる。 もしメンタルをグラフで可視化できたなら、私の2週間は激しい上下を繰り返していることだろう。人から見れば「生理が来て嬉しい」なんて奇妙な話かもしれないが、私にとっては地獄からの帰還を告げる、お祝いのような瞬間なのだ。

不調と付き合い続けて20年。ようやく見えてきたこともある。 今は仕事の時間を短縮したおかげで、以前よりは「休みたい時に休める」環境に身を置いている。そこで気づいたのは、私にとって何よりの特効薬は、特別なサプリメントでも栄養ドリンクでもなく、「無理をしない余白」を作ることだった。

ホルモンバランスと付き合い続けるために

それでも、ホルモンバランスとの付き合いはまだ続いていく。 あと10年もすれば更年期にさしかかるのだろうか……。考えるだけで恐ろしい、ホルモンバランスの乱れ。

これまでは「気合」と「我慢」でなんとかやり過ごしてきた。けれど、もう根性だけで抱え込める年齢でもない。出産まで毎年欠かさず通っていた婦人科に、気づけばもう3年も行っていない。育児の忙しさにかまけて、自分のメンテナンスを一番後回しにしてきた。

でも、自分一人で解決できる問題ではないし、何より身体が一番大事なのだ。

今年、40歳になるのを機に、また婦人科へ通ってみようかなと思っている。 それは、生理があることへの諦めではなく、この先も自分らしく生きるための、前向きな戦略だ。そろそろ漢方や医療という「プロの力」を借りてみよう。使えるものは全部使って、私の味方を増やしたい。

身体は、代わりのきかない一生モノだ。「なんで女に生まれてしまったんだろう……」と泣いた二十歳の自分に、今の私は言ってあげたい。「大丈夫、無理に戦わなくていい。もっと周りに頼って、もっと自分を甘やかしていいんだよ」と。

次の生理予定日。「はじまれー!」と願う前に、まずは診察の予約を入れる。 それが、不惑を控えた今の私が、自分の身体に対してできる、精一杯のご自愛だと思っている。

この記事を書いたひと: 水田やきいも

長野県在住のフリーランスライター。2児の子育てに励みながら広報を勉強中、noteでの発信にも精力的に取り組む。好きな食べ物は焼き芋。

https://note.com/yakiimo11


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