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枯れてしまったイチイ、今でも、立ち姿が教えてくれてました

ちょっと変な感じの秋ではありますが、
少しずつ、身のまわりが色づき始めて
それでも、いちおう気分は秋。

そんななか、枯れた全身のオレンジ色は
周囲の変化になじんでいって
だんだん目立たなくなりつつあります。

そんなイチイを今日も眺めていて
思いました。

木には、もうひとつの「時代」が
あったのだな、と。

樹木の場合、
立木として生きている時代は
1つの時代と考えられます。
木育の方たちの言う、
「緑の木育」の時期。

さらにもうひとつあって
「茶色い木育」の時期。
切られた後、建築物になったり、
積み木などの木工製品になったりして
木材として、長年生き続ける時代。

そこまでは、理解していたのですが、
このイチイは、実は、その間にもう一つ、
別の時代があったことを
知らせてくれました。

無理やりに名付けると、
1.5の時代?

もう生きてはいないけど、
立ち枯れた姿となって、
誰かの、何かの役に立つ。

それは景観的なものかもしれないし、
野生生物のためかもしれない。

生きものでも木材でもないけど
その中間的な姿と機能のし方。

木というのは、いつでも
何かしら仕事をしているものだ、
と感心しながら、
この木の姿を
いつもとはちょっと違う気持ちで
眺めさせてもらいながら、
通り過ぎました。

不思議な感覚だけど、
この写真を見ていると、
バイバイって言ってくれている
気がします。きっと気のせいなのですが。



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