まずすべきことは、自分を知ること、でしたね
昨日は、なかなか最後まで
仕上げられなかった仕事を
午前の早い時間に仕上げることができ、
すっきりと、とても気持ちのよい午前でした。
そういうときは、勢いづいているので、
ついでに、ずっと気になっていたことを
一気にやっちゃえ、という気分に。
で、新しいお札をもらいに
氏神様のところにいくことに。
ついでに、自転車のタイヤが不調で
どうしよう?だった図書館も。
で、久ーしぶりに
ふだんは通らない道を通り、
この数年で、街が激変していること、
今も現在進行形で、
変わりつつあることに
気づかされます。
長年、大切にまもり続けられてきた
立派な木々や文化財までも
跡形もないくらいに壊しなくしつつ、
わたしたちは、
どこに向かおうとしているのか。
景色を見ている限り、
経済、金銭的な豊かさ、
近代的な生活、快適さ、便利さなどかな、
と感じられます。
それはひとまずおいておいて。
自分を知る、がまず大事だなあ、
と思わされたのは、
また、足の指の爪に負荷が
かかっていたからです。
戻ってきて気づくと、
いてて、でした。
景色を見ながら歩く、というのは
好きなことなので、
いくらでもできてしまいます。
なんなら、雨が降っていても、
傘をさして、できてしまう。
そういうことって、
誰しもありますよね?
好きで、
人があきれるくらい
やってしまうこと。
ですが。
好きなことって、
ちょっと危険なのは
自分を傷めてでも
やり続けてしまったりすること。
私の場合、指の形状から、
ゆとりのあるサイズの靴しか
履けません、
だからそれはちゃんと選んであります。
でも長く歩くときは、
履き心地のよい、
ハイキング用のスニーカー
だけではだめで、
靴下も登山用にし、何よりも、
かかとをくつの後側で固定して
紐をきっちり締めておかないと、
たくさん歩いて、あー楽しかった、
のあと、爪が死んじゃっている…
のに気づいたことが、何度も何度も。
わかっているのに、何度でもやる、
外の世界の楽しさに
すっかり気持ちが向いているので…
周りを見ていて、
ついうっかりの多い人、
自分を守ることに抜かりのない人、
に分かれませんか?
わりとはっきりして見える気がするのは、
意識のむく方向性が
大きく分けると2つあるってこと。
外に何か気になることがあったとき、
そのまま外に、
意識がグンと向いて、
自分への意識が消える
(ほとんどなくなる)タイプ。
ふだんから思慮深くて慎重派、
自分をとても大切にしていて、
外で何があっても、
あんまり外向きにはならず、
自分にもしっかり意識が
向き続けるタイプ。
そんなことを思うと、
どちらをとるにせよ、
まずは自分をよく知っておく、
そこがスタート、と思えました。
わかっていれば、
それを日々の行動に反映させ、
意識的に、ハッピーな方を選べます。
それがわかっているようで
心底わかっていないと、
起こるのです、たくさん歩いて
(都市部の平地でも!ですよ)
指の爪が死んで剥がれる、
というのが、何度も繰り返繰り返し繰り返し痛い思いをして、
爪の形状や質感が変化しているのに
それでも同じことをやり続けて
自分の体を傷めるって
どういうこと?と思います。
わかっちゃいるけど、
止められない、というのは、
かなりするどい言葉と思います。
人により、
好みとか癖ってあったりします。
幸せのツボは、ひとそれぞれ。
だから、自分という存在を
よく見てよく知る。
わかっちゃいるけど、
すぐにスルーしてしまう
ことも含めて。
そんなことを思い出させてくれたので、
無心に、ある程度の時間をかけて
てくてく歩くって
よいことなのでしょう。
禅には、歩きながらする
修行があるくらいだから。
そういうとき、景色だけでなく、
自分も見られるとよさそうです、
次回は、チャレンジしてみることに。
いいなと思ったら応援しよう!
チップを頂けるなんて、とっても光栄です! ありがとうございます。