ええ、ちょうどよかったので (木が教えてくれることを聞いてみる 2026.5.12)
おもしろいものがあると、
目に入る。
そのおもしろいもの、
というのが
人によって違うのだろうな、
なんて思います。
では、今日もまいりましょう。
人「わ! こんなになってる~」


木「やあ、こんにちわ」
人「こうしてみると、
いったいこの木はなんだ?
となりますね」
木「そうですか?」
人「ええ、だって、
ぱっと見て、
木の種類が何か
わからなかったから」


木「そうですか?
ふつうに暮らしているだけ、
なんですけど」
人「あなたのような
つる植物にとっては
そうかもしれませんが、
ことわざで言う、
“軒を貸して母屋を取られる”
状態で、もともとの木の方が
ほとんど見えなくなっている
ものだから」
木「だって、
近くに登れるものがあれば
なんでもよじのぼるのが
わたしたちの生き方だもの」
人「まあ、そうなのでしょう。
で、こうなるのを知っているから、
人間は、長年、
山でこまめにツル切り
してきたんですね、
それが、とてもよくわかる光景でした」





クズが茂ってますよね💦
しかもこの時期から…
昔、といってよいのか、
山で林業をするとき、
「ツル切り」というのは
欠かせない作業でした。
なので、今でも
山を歩くときは、
必ず腰にナタをつけている、
という方もおられます。
もう、少数派、になっている
かもしれませんが。
緑地を目にしたときは、
ちょっとおもしろい光景、
だったりしますが、
こればかりは、
植物、樹木の真剣勝負
の様子を見せてもらった気分になります。
「光の獲得競争」というのは、
争いはできるだけ避けようとする
野生生物としては、
例外的な?苛烈ともいえる競争
なのかもしれません。
植物は、光合成しなくては、
その後の生活が
始まらないのですから。
それにしても。
いつ見ても、ツル植物
というのは、
したたかな生き方だなあ、
と感心します。
他者を頼りに生きることが前提で、
からみつきやすくするために
材を硬くするリグニンという物質は
必要最低限しか生産しない。
そうしてからだを
軟らかくしなやかに保つ。
フジなどは、太るときに
ツルの内側は平たくなるよう、
太り方まで、工夫されています。
他者をあてにして生きるにも
それなりの知恵や工夫が必要、
ということなのでしょう。
ただし、目と手の行き届いた
造林地や緑地では、
「ツル切り」が待っています。
やはりというのか、
他者をあてにする生き方、
というのは、
長続きしにくいようです。
生きていて、
自分ばかりがいいとこ取り、
というのは、
それほど簡単ではない、
のかもしれません。
わたしたちも
自分に必要なことは
自分で、着々と
やることにいたしましょうか…
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