大島青松園訪問
猛暑の間は、ハードルの高かった、瀬戸内の島訪問。
秋風を感じるようになった今日、朝に連絡を入れてのフェリー乗船。
すばらしい、本当にすばらしい青空で、美しい島に上陸して、そこにある人々の、悲しくも、決して「かわいそう」ではない、生き生きと生きようとした歩みに触れた1日になりました。
大島に行く 事前準備
大島は、大島青松園の方、職員の方(あと、港で工事もしていたので、その関係者も??ガードマン募集してないか気になった。笑)のためのフェリーで、乗船料は無料で要予約。(瀬戸内トリエンナーレの期間は、オブジェを見るために、予約は不要で、先着順らしい)
時刻表を調べて、電話でお願いしました。

駐車場は、サンポート高松付近の地下有料パーキングを使いました。(20分100円。9時から14時すぎで、1,300円になりました)

船は、他にも団体見学(高校生?)がいて、いっしょに下の階の席へ。マスク着用、私語禁止。空調は、外気が低めになったからか、結構寒く感じました(冷え気味の方は、いちまい余分に持って行ったほうがよいかも)。
30分くらいの、海水面と同じ目線の旅はあっという間。大島に到着。いい天気です!

下船後、どこに行くか迷っていたら、案内の方から「見学の方は、福祉館で受け付けしてください」と言われ、やや左手の建物に向かいました。
ここでの生活をしている方のため、写真は少なめに。
どうぞリンクから、美しい大島をご覧くだされ。
大島青松園のこと
大島青松園については、青松園のサイト、交流館のサイト、見学した方のレポートなどいろいろあります。
ハンセン病の歴史をわかりやすくまとめてくださった部屋もあって、学び直し、胸をつかれる思いを。
厳しく、理不尽な差別の歴史と共に、園で支え合い、助け合って、文化的な活動をきづいてこられた共同体形成の歴史を知ったことが、今回、一番インパクトがありました。
「こどもたちに伝えたいことは?」の質問に、森和男さんが「いのちを大切にしてほしい」と語った。
「療養所」は、命を奪ったわけじゃない。
殺したわけじゃなくて、生活の場、環境も与えたとは言える。
だけど、それは「いのち」を奪った暴力だ。
「殺したわけじゃないだろ」って言いながら、自由・喜び・愛・安心・個性・つながり・選択・・・などが断ち切られるなら、それは「いのち」の蹂躙に他ならないんだ。
「いのちを大切に」とは、差別や人格の否定がされず、どの人の人生も、かけがえのない祝福であることを守ること。そのために、戦い続けること、なのかもしれない。
そんな余韻が、森和男さんの言葉を聞いて、ずっと響いています。

訪問で目的のひとつにしていた、キリスト教会、大島キリスト教霊交会へ向かいます。
大島キリスト教霊交会へ
ヴォーリスが設計したという会堂



ここで礼拝を守る信徒さん、礼拝に守られている信徒さんたちを想いつつ。


港に向かって戻って来て、「大島会館」に入ろうとしたら、なんと沢知恵さんに会いました! 自己紹介をして驚かせ、この後、大島会館での歌の練習を見学させてもらうことに!
うれしいうれしいサプライズ!
沢 知恵 | TOMOE SAWA OFFICIAL WEBSITE
沢知恵さんの母上の本は、高校生の時に出会い、韓国と日本の歴史、差別、信仰、教会の働き・・・などなどに衝撃を受けて、人生が変わった本。

「指紋押捺」のことを知ったばかりの、高校2年か3年のころ、この本を読んだのです。
本に登場する娘・知恵さんは、その後、音楽の道を歩んで、ミュージシャンとして、その曲に出会ってはいたけれど、本人に会ったことはなく。
今回も、まさかまさかの初めましてでした。
「大島会館」での、歌のレッスンに見学を誘われて、東條さんの歌声と、やさしくもプロらしい知恵さんの教授法を見せていただきました。

この時うたわれていた「園歌」も、頭の中に、東條さんの声で響いている。
買って帰った本は、この園歌の歴史を調べ上げた、沢さんの論文のブックレットだ。
思いがけない休日となった余韻を噛み締めながら、帰りのフェリーを待ちました。



帰りのフェリーも快適に高松に帰港。沢知恵さん(住民なみの存在なので、下の階ではなく、上の住民・職員用スペースにいたのです)が下船したのを追いかけて、写真を撮ってもらいました❤️

久しぶりの瀬戸内島巡りをできて、念願の療養所と教会堂も訪問して、望外の知恵さんと会えて・・・しかし(というか、だからこそ)心に残るのは、重い問い。忘れかけていた、差別の課題。
ハンセン病のこと、歴史のこと
ハンセン病について、ぼくが最初に向き合ったのは、高校(新潟市の計和学園高等学校)2年次に訪れた、多磨全生園(東京)。
また、神学校在学中に、聖書の「新共同訳」が発行されて「らい病」が「重い皮膚病」に改められ、「新改訳」も第3版の小改訂にて「ツァラアト」というヘブル語の音訳表記になった経緯などを学んだのは二十代。
それまで、聖書の「らい病」は「罪の象徴」と語ってしまっていた暴力性を深く認識したし、それは言葉だけ・「無知ゆえ」とはすまされない、根本的な問題への気づきともなったように思う。
そして、それは、同時期に「日韓」の歴史と現状を知り始めたこと、教会の歴史を学んだこと・・・などとも複雑に、インタラクティブにつながっています。
(さらにそれは、最初の結婚で、弱さとか、機能不全家族とか、心の病とか、健全な人間関係とかって現実を、考えざるを得なくなった歩みにも続いていく道にもなります)。
キリスト教とハンセン病
そして、キリスト教の「らい」との関わりも、ここにはからんできます。2024年に『福音主義神学』で掲載された論文は、とても良かった。
しかし、いまだに礼拝説教や聖書解釈で、「ツァラアト」と「ハンセン病」と「罪」を結びつけて、美談にしちゃう語りは少なくないと思う。Youtubeを調べると、それっぽい動画が続々出てきて、げんなりする。
一昔前は、神谷美恵子の名が挙げられただろう。キリスト者であり、精神科医であり、ハンセン病患者への福祉においても傑出していた人。
僕も彼女の本に感銘を受けたし、彼女を敬愛していたクリスチャンの顔も思い出す。
だけど、振り返ると彼女は、ハンセン病が治ること、隔離政策は非人道的であること、などなどの諸問題を見えなくさせてしまった存在でもある。ハンセン病患者からすると、神谷美恵子を尊敬する思いなんかより、恨みさえ持っても当然の人物なのだ。
ここにも、キリスト教が陥りやすい、傲慢さ・独善的宗教の罠がある。むしろ、この事実(加えて、黒人差別やAIDSを、聖書の乱用で正当化してきた黒歴史とあわせて)こそ、僕に自分の信仰を絶対化させないでくれる、神からの贈り物である視座だとも思っている。
https://jhc.or.jp/_src/6644421/raibyotowatashitachi.pdf?v=1706597400768
ハンセン病療養所による資料
以下は、ハンセン病療養所による資料。
写真も豊富でよくわかる。
こちらには、もっとずっしりとした大島訪問記がありました。
こちらは、青松園の方のインタビュー。
こんなサイトも見つけました。
施設の中の「歴史展示」では、2017年に庵治小学校の生徒さんたちがまとめた22分の動画が秀逸でした。
それは公開はされていないので、こちらのYouTubeが良いかも。
社会交流館も活発に、情報を発信してくれています。
https://www.nhdm.jp/hansen/wp-content/uploads/2021/03/3-04_3.pdf
沢知恵さん
そして、そんなこんなを、全部ひっくるめて、自分ごととして語れる沢知恵さんが、大島青松園に関わり続け、毎年コンサートを開いている。
昨年のコンサートが、ハンセン病や大島青松園の紹介も含めて編集され、以下で公開されています。これはぜひ聞いてください。
そして、ぼくの大好きな沢さんの歌。
おまけ
なんと、大島をバーチャル訪問できます!
ぜひに!
以上、大島訪問からの覚書でした。最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
** 今回買った本 **
