タロットカードと猫〜第3回「愚者」飼い主は猫の下僕
タロットの「愚者」的に生きるとしたら、まさに「猫」っぽいなぁと思うのです。
猫のことを、「人の言うことをきかないし、簡単な芸も覚えられないから頭が悪い」と言う人がいます。けれどそれは、むしろ誰にも支配されず、ひとりで生きていくための、別の方向の賢さなのだと、わたしは思います。
タロットの「愚者」も、社会からはみ出しています。誰にも支配されずに自由に生きる放浪者を、「おろかもの」と呼んだのは、社会の歯車として生きている人たちです。
社会からはみ出るデメリットももちろんあります。それはつまり社会の歯車になるメリット……安心安定と裏表の不安定さです。
昔、わたしが子どもの頃は、猫は外飼いが普通でした。車にはねられたどこかの知らない猫の遺体を見つけて、泣きながら埋めたこともありました。オス猫の場合、縄張り争いのケンカもありますし、出て行ったまま帰ってこない猫もいました。
野良猫の寿命は4~5年だそうです。昔、外飼いが普通だった頃の猫も、現在よりはずっと寿命が短かったでしょう。また、その頃は、猫を「去勢する」という考え方が無かったのです。猫たちは人間に食料と寝場所を用意してもらいながらも、自由気ままに出歩き、恋をして、子猫を産んでいました。
そんな時代の猫たちを描いた「猫なんかよんでもこない。」というマンガがあるのですが、子猫が、ボスになって、戦って傷ついて……。泣きながら読みました。
昔は、猫の食事もずいぶんと自由でした。
「猫マンマ」という言葉を知っているでしょうか?
ご飯に味噌汁をかけたものです。これが、わたしは好きでして、今も忙しい朝や昼には、インスタント味噌汁を作って、ご飯にかけて食べるとおいしいし、温まるのです。……とそんなわたしの話は置いといて。
本来肉食の猫には、炭水化物のご飯はふさわしくないはずですが。多分、味噌汁のかつおだしで、なんとか食べられたのでしょうね。
わたしが小学生の頃。実家で飼っていた猫の食事は、焼いたイワシでした。猫を飼いたいとごねたのはわたしですから、ご飯担当もわたしでした。魚屋さんで買ってきたイワシを魚焼き器で焼くのです。焼けてくると、猫がそわそわしだします。猫舌だから、冷ましてあげたほうがよいのでしょうが、早く食べたがるので、まだ熱いイワシを皿に入れて出すんですね。そうすると、はにゃ、はにゃ……言いながら食べるんです。骨ごと。ずいぶん、ワイルドな時代でした。
その次に猫を飼ったときはもう、猫用の缶詰が売っていて、それをあげていましたが。
今は猫を外飼いする人も減りました。わたしも今は、猫はマンションで完全室内飼いです。自由に出入りしていた時代と違って、室内飼いの今は、猫は自由ではなくなったかというと。
それが意外とそうでもないようなのです。
マンションの部屋の中で、人間が用意した食事と、人間が整えた寝場所とトイレを使いながらも。
猫は、やっぱり自由なのです。
猫飼いならこの感覚が分かると思うのですが。
飼い主は猫の「主人」ではないのですよね。むしろ逆に飼い主は猫に仕える「下僕」というほうがしっくりきます。
猫さまの、食事やトイレのお世話をさせていただいている感じです。
マンションの一室にいてもなお。
猫は誰の指図も受けないし、飼い主に屈服することもありません。
うちの白い猫ポルは、偏食がひどかったのです。
カリカリでも缶詰でも、気に入らないと、1日だしておいても一口も食べません。
結局人のほうが、根負けしてしまって、乾燥してカピカピになったマンマを捨てて、違うカリカリや缶詰を出すことになるのです。それもまた食べなかったり、一時期良く食べていたのに、飽きて食べなくなったり。
なぜなのか分かりませんが、あの全猫が大好きっぽい「チュール」を、うちの子は一口も食べないのです。
結局、ポルちゃんが1番好んで食べていたのは、シーバのカリカリでした。猫は、自分の食べたいものしか食べません。

寝る場所もそうです。イケアの立派な猫ベッドは、ただのオブジェになっていました。ポルちゃんのお気に入りの寝場所は、窓辺の段ボールの上。
そういえば、トイレ砂も!
鉱物系の砂を使っていたのですが、重いので、何度か、もっと軽い素材のトイレ砂にしてみたのですが、頑として使いませんでした(いつも2つトイレを置いています)。
食べたいものしか食べない。
お気に入りの場所にしか寝ない。
トイレ砂も自分流。
猫は、室内飼いでも変わらずに、自分らしく過ごしているのです。
究極のマイペース!

タロットカードの「愚者」は、生き方として考えるならば、フリーランスや、ノマドワーカーのようなイメージです。会社員のような安定はないけれど、好きな取引先とだけ、自分のやりたい仕事だけをする。
もちろん実際にはフリーランスは、いつ仕事を切られるか分からない弱い立場です。
でも、だからこそ、愚者のような、あっけらかんとした明るさに憧れてしまうのです。誰にもこびず、いつでも心は自由に、自分の好きに生きる。
それはまさに猫の生き方です。
猫を見習って、猫のようになれたら。
「わがままで面倒くさいれど、それでも、あの人にどうしてもこの仕事をしてほしい」と、そんなふうに思ってもらえるような。猫のような存在になれたらいいな、と思うのです。
まずは先を見通す猫の直感力を、見習って取り入れたいと思います。

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ときたま、チップをくださる方がいて、…あわあわしてしまうのですが💦💦💦ありがたくいただいて、うちの猫さんへのおやつにしますね✨️