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遠方の墓じまいと、嫁いだ私の立場~無縁仏にしないための小さな一歩

年月が経つにつれて、ふと頭をよぎる機会が増えてきた母方の実家のお墓のこと。
「あのお墓、私たちの代がいなくなったらどうなるんだろう…」
母がずっと気に病んでいる様子を見るたび、胸が少しキュッと締め付けられます。 お参りに行きたくても、遠方であることや家族の高齢化もあって、以前のように気軽に出かけられなくなってきました。子孫が絶えてしまったら無縁仏になってしまうかもしれない――そんな懸念は、決して他人事ではありません。

嫁いだ立場だからこそ感じる複雑な葛藤

自分自身も家庭を持ち、嫁いだ立場になると、自分の生活だけでなく双方の家族のことや周囲への配慮など、考えなければいけない糸が幾重にも絡み合います。
「自分一人の体なら、どうにでもできるのに」と思うこともあります。ですが、だからといって目を背けるわけにもいきません。実家や母方の歴史、そして何より今を生きる母の気持ちをどう受け止めるべきか、ずっと自分の中で答えを探していました。

16年前に経験した、あの日の記憶

実は16年ほど前にも、義父母にじきじきに頼まれ、関西にあったお墓をたたんでこちらのお寺へお骨を移動させる、という経験をしました。
当時は「遠方で行きづらいから」という理由からでした。義父母の思いに応えたい一心で、ただ夢中で手続きや準備に駆け回ったことを覚えています。後日、家族みんなが揃って無事に納骨を終えたときの、胸がすーっと軽くなるような安心感は、今でも忘れられません。
まさか自分の人生で、再び同じような経験に向き合うことになるとは思いもしませんでした。

無縁仏にさせないために。今、できること

お墓をたたむ(墓じまいをする)ことや近くに移すことに対して、どこか申し訳なさを感じる方もいるかもしれません。ですが、一度あのプロセスを経験したからこそ、私はこう考えるようになりました。

野ざらしや無縁仏になってしまうのを防ぎ、しっかりと後始末をつけて永代に供養される形を整えること。それは決してご先祖様を軽んじることではなく、むしろ無縁にさせないための前向きな責任であり、温かい感謝の形なのだと。

何より、母が元気なうちに「これで安心だね」とホッとできる状態を作ることが、今できる一番の供養になる気がしています。

妹との話し合い、一歩目を踏み出した現在地

最近、妹と少しずつ「これからどうしていこうか」と話し合いを始めました。
墓じまいをして永代供養にするのか、あるいはもっとお参りしやすい場所へ改葬するのか。
正直なところ、まだ何も決定したわけではありません。選択肢を並べては、あーでもない、こーでもないと模索している最中です。

それでも、一人で抱え込まずに妹と想いを共有し、同じ方向を向いて話し合える時間を持てたこと自体が、我が家にとっての大きな一歩だと感じています。

焦らず、でも向き合い続けていく

完璧な答えはすぐには出ないかもしれません。手続きのこと、費用のこと、親族への配慮など、乗り越えるべきハードルはまだいくつかあります。
それでも、かつて夢中でやり遂げたあの経験を糧にしながら、妹としっかり言葉を交わし、母が生きているうちに納得のいく着地点を焦らず探していきたいと思っています。
ご先祖様が繋いでくれたご縁を大切にしながら、今の私たちができる最善の形を、ひとつずつ形にしていくために。

箱根強羅温泉 にごり湯の宿
桐谷箱根荘 女将

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