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彼は、三晩つぶした。その仕事は、来週でよかった

中村課長の目が、赤かった。木曜の朝である。

理由を訊くと、月曜から三晩、終電を見送って、役員説明の資料を仕上げたという。先週の会議で、降ってきたやつだ。

その会議には、わたしもいた。隣の課の課長として、末席で。

指示は、二人の上司から出た。
まず役員が「これ、なるはやで頼むわ」。
続けて部長が「ええ、なるはやで」。
同じ四文字が、二回。中村課長は、神妙にうなずいていた。
わたしも、うなずいていた。わかった顔で。

中村課長は、こう言った。

「なるはやって、お二人が言うてたので」

二人が言うた。だから、二乗で急いだらしい。
同期入社、真面目を煮詰めて固めたような男である。
誤字を見つける速度は部内一位。
なるはやを疑う回路だけは、出荷時から付いていない。

木曜の彼の机には、コンビニのレシートが三枚、伏せてあった。
火曜の23時、水曜の0時すぎ、もう一枚は日付が滲んで読めない。
充電ケーブルは、三晩、会社に泊まっていた。
几帳面な男の徹夜は、几帳面に、痕跡を残す。

ラボなので、検証する。仮説:「なるはや」は、時間の単位ではない。

あとで気づいたのだが、あの部屋では、同じ「なるはや」が、二つの速度で鳴っていた。

役員の「なるはや」。気の短い人である。
「三分で説明して」「厚い資料は、書いた人がまだ決めてへん資料や」が口癖の人。
その人の「なるはや」を、中村課長は「今すぐ」と読んだ。

部長の「なるはや」。Slackの既読が、三日遅れる人である。
その人の「なるはや」は、たぶん、もっと寝かせてよかった。

同じ言葉が、口にした人の体感速度で、こっそり別物になる。
なのに、音は、まったく同じ。
中村課長は、二つの「なるはや」のうち、いちばん偉くて、いちばん声の大きいほうの天井に、張りついた。

上司ひとりの「なるはや」なら、まだ博打で済む。
当たるも八卦、はずれるも八卦だ。
だが、二人ぶんが重なると、まじめな人は、足し算ではなく、掛け算をしてしまう。
二人の不安を、律儀に掛け合わせる。
中村課長の三晩は、つまり、その掛け算の答えだった。
誰も、そんな計算式は、出していないのに。

解剖する。「なるはや」の、何が、こうも人を惑わすのか。

以前、「検討します」は五文字の方言だと書いた。
あれが意味の方言なら、こちらは四文字の、速度の方言である。
病名も、姉妹でおそろいだ。
責任の発生を、きれいに避けて通る。
「木曜の15時まで」と言えば、期日を決めた責任は、言った人に発生する。早すぎても遅すぎても、決めた人の落ち度になる。
「なるはや」は、その責任を、一文字も発生させない。
いつまでに、を決める仕事だけを、まるごと聞いた側に外注できる。

「なるはや」は、締切じゃない。締切を決める手間の、先送りである。

受け取った側は、上司の「はや」の制限速度を、推測するしかない。
だが、速度標識は立っていない。
だから真面目な人ほど、いちばん速い「今すぐ」に車線を寄せる。
そして、事故るのは、いつも、いちばん真面目に走った人なのである。

思えば、新人のころのわたしも、上司の「なるはやで」に、何度も殺された。
週をまたいで仕上げて出したら、「そんな急いでへんよ」と言われ、全身の力が抜けた。
あの脱力を、わたしは知っていた。
知っていて、あの会議で、何もしなかった。

白状する。
あの部屋で、「いつまでに要りますか」の一言が、喉まで出かけていた。
出かけて——飲み込んだ。役員と部長が並んでいる前で、話を巻き戻す、あの気まずい三秒を、払いたくなかったのである。

三秒を、ケチった。代わりに、中村課長が、三晩を払った。

謝ると、彼はすこし考えてから、言った。

「いや。おれ、"はや"の下が、わからんかってん」

下?

「上はわかる。今すぐや。けど、いちばん遅うて、いつまでがセーフか——その下の線が、どっちの上司の話にも、書いてなくて。こわいから、結局、上に張りつくしかなくて」

天井しか見えないから、天井で走る。

床が書いてないと、人は、いちばん高いところを、走り続ける。

期待値、という言葉がある。
だが二つの「なるはや」には、期待の、値が入っていなかった。
値の入っていない期待は、聞いた人が勝手に金額を書き込む、白紙の請求書だ。
中村課長は、二枚の白紙に、三晩と書いた。
気の弱い人なら、半日と書いたかもしれない。
同じ言葉が、受け取る人の自信の量で、勝手に金額を変える。

翌週から、わたしは、自分の役回りを変えた。

会議で上司が「なるはや」と言うたびに、末席から、わたしが訊くことにした。
「念のため、いつまでに要りますか」。
たったこれだけで、部屋の温度が、すこし下がる。
天井しか見えなかった部屋に、床が一本、引かれるからである。
中間にいる人間の仕事は、たぶん、これだった。
気の利いた要約じゃない。床を一本、声に出すことだった。

効果は、思わぬ人にも出た。
その流れで、山田さんに「火曜の昼まででええよ」と時刻で頼んだら、彼が、ほっとした顔をしたのである。
理由を訊くと、こう言った。
「いつもの『なるはや』やと、なんか、見られてる気がして。全力で走らんと、評価されへん気がして」。
床のない締切は、まじめな人には、見えない監視として効いていたのだ。
時刻は、納期であると同時に、その監視を解除する、暗証番号でもあった。

本日の検証結果。
「なるはや」は速度の方言。
誰かひとりが「いつまでですか」と床を訊いた瞬間、ただの、まっとうな締切に戻る。

ところで。

中村課長の資料が出来た木曜、わたしは思い切って、役員に直接訊いてみた。あれ、いつまでにご入用でしたか、と。

役員は、書類から目も上げずに、言った。

「ああ、あれ? 来週でええよ。なるはやて、言うただけやん」

いちばん偉くて、いちばん声の大きかった「なるはや」が、いちばん、急いでいなかった。

中村課長の三晩は、誰かが「いつまでですか」と訊いていれば、まるごと消えていた三晩だった。
その誰かに、いちばん近い席に、わたしは座っていた。

以来、会議の末席で、わたしは三秒を払う係をしている。

気まずさの相場、一回三秒。彼の三晩に比べたら、めっぽう安い。

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