働くことが、しあわせを奪っていないか。やさしすぎる人のための、健やかに働き続ける7つの原則
プロローグ
家の前は、急な坂道になっている。
朝、車で出勤する私を、当時こども園に通っていた娘が走って追いかけてきた日があった。
坂を駆け上がりながら、娘は手を振っていた。サイドミラー越しに、その姿が小さくなっていくのが見える。坂を上りきると右折で、そこからは見えなくなる。私は信号もない交差点の手前で、サイドミラーを開けて、もう一度手を振った。
その瞬間、いつも頭に浮かぶ言葉があった。
——この仕事、本当にやっていていいのかな。
私の仕事は特養の機能訓練指導員で、シフト制だ。土日も祝日も関係ない。家族で連休を取れることはほとんどない。子供を連れて旅行に行くことも、なかなかできない。娘が「行きたい」と望んでいるわけではないから、これはただの自己満足かもしれない。それでも、家族の楽しみを奪ってしまっているのではないか、という申し訳なさが、いつも胸の奥にある。
働くことが、しあわせを奪っていないか。
これは、私が16年かけて何度も自分に問い続けてきた言葉だ。
私は作業療法士として16年、特別養護老人ホームで働いてきた。これまでに100人近くの方の最期に立ち会ってきた。HSP・ISFJ気質を持ち、社会人1年目には毎晩23時まで罵倒され続けて、自分は生きている価値がないと思い詰めた時期もある。リストラも、逃げるような転職も経験してきた。
そんな私が、今は薬なしで眠れている。妻と娘がいる。仕事を続けられている。週に何度かはテニスをして、夜は散歩をしている。完璧ではない。でも、健やかに働き続けられている。
この記事(と呼ぶには長すぎるかもしれないが)で書きたいのは、その16年で見つけてきた、働き方と生き方の原則だ。気合いで頑張る話ではない。逆だ。頑張りすぎないために、何を知っておくべきかという話だ。
7つの原則にまとめた。一つひとつは派手ではない。でも、現場で消耗してきた人間が、現場で見てきた何百人もの利用者様と職員の姿を踏まえて、辿り着いた答えだ。
働くことが、しあわせを奪わないように。 あなたの今日が、少しだけ呼吸しやすくなるように。
そう願って、書いていく。
原則1. 全力で走らない。続けられるペースを知る
社会人1年目から3年目まで、私はサービス残業が当たり前の世界にいた。
最初の職場では、退社時刻は17時のはずなのに、毎晩23時まで職場に残らされていた。次に移った大阪のリハビリ病院では、当時タイムカードがなく、出勤簿に印鑑を押すだけ。退勤時刻は曖昧で、18単位という無理な目標を回された上に、書類業務やサマリーは別時間。定時で帰れる日は少なかった。
私はそれを「当たり前」だと思っていた。労働基準法を知るまでは。
3年目のとき、信頼していた先輩が労働組合に加わって戦っていた。私もそこに加わった。手帳に毎日の退勤時刻をメモして、最終的に病院側と交渉し、申請した分の残業代を勝ち取ることができた。組合に入った私たちは、病院側からあまり良いようには見られなかったかもしれない。
その経験で、二つのことを学んだ。
一つは、サービス残業に意味はないということ。 もう一つは、戦うことには大きなエネルギーがいるということ。
戦って勝ち取った残業代より、私が失ったものの方が大きかった気もする。だから私は、その経験を経て、こう思うようになった。
最初から残業のない場所で働きたい、と。
仕事は短距離走ではなく、マラソンだ。
最初から全力で走り続ける人は、必ずどこかで倒れる。私は16年現場で見てきて、これは断言できる。アグレッシブに動いているのに消耗していない人と、ドタバタと動いているのに何も終わっていない人の違いは、「自分のエネルギー配分を知っているかどうか」だ。
定時で帰ることが当たり前になったのは、妻と付き合い始めた頃からだった。当時、私はデイケアに勤めていて、妻は別の病院のデイサービスに勤めていた。朝は私の車で一緒に出勤し、夕方は私が早く終わるので、業務スーパーで買い物をしてから妻を迎えに行く。そういう生活リズムができたとき、私は初めて「定時で帰る」という当たり前を取り戻した。
家族のために働く。それは、家族の時間を奪うことではないはずだ。
健やかに働き続けるための最初の原則は、自分が続けられるペースを知ることだ。100点を毎日目指さない。70点の日があっていい。60点の日もあっていい。その代わり、明日も来週も、無理なく続けられること。それが、長く働くための一番大切な戦略だ。
原則2. 環境を変える勇気を持つ。逃げることと撤退は違う
私は5回、職場を変えてきた。
社会人1年目は1年で辞めた。大阪のリハビリ病院は4年。地元のデイケアは3年(リストラ)。精神科は2年。そして今の特養で7年目を迎えている。
「また逃げるのか」と何度も自分を責めた。でも今、はっきり言える。
逃げてよかったのは最初の職場。本当に転職が正解だったのは、特養に来たこと。
最初の職場から逃げなかったら、私は本当に自殺か過労死になっていたか、再起不能なレベルまで壊れていたと思う。今のような家庭を築くこともできなかっただろう。あの時の「逃げ」は、自分の命を守るための逃げだった。
そして特養に来てからの7年は、最初は人間関係の構築で疲弊し、職員から排除される時期もあった。そのたびに上司を頼って、少しずつ関係を築いていった。気がつくと、私を排除しようとしていた人たちは、それぞれの理由で職場を去っていた。今は、いろいろな職員から頼られる立場になっている。やりがいもあり、残業もしていない。
「働く」という点では、特養への転職は本当に正解だった。
「逃げてもいい」という言葉は、世の中にあふれている。私もそう書いてきた。でも、応募作だからこそ、もう一段踏み込んで書きたい。
逃げる前に、確かめておくべきことがある。
それは、**「あなたがしんどいのは、本当にあなたの課題なのか?」**という問いだ。
しんどさの原因が自分の能力や経験にあるなら、それは自分の課題で、改善や撤退の判断ができる。でもしんどさが他者からの理不尽なら、それは他者の課題であり、上司や周囲を頼って解決できるかもしれない。会社の構造的な問題なら、労基署に相談する道もある。
社会人1年目の私は、何も知らなかった。労働基準法も、課題の分離という考え方も、頼り方も知らなかった。だから、逃げるか壊れるかの二択しかなかった。
でも今は違う。心は弱いままだ。でも、誰の課題かを見極める知識がある。状況を整理する技術がある。労働基準法も少し知っている。
こうした知識は、自分を守るための盾になる。
「しんどい、何もしたくない」で問題を先延ばしにする前に、まず一度、「これは誰の課題か」を考えてみてほしい。それだけで、見える景色が変わる。
逃げることと、戦略的に撤退することは、似ているようで違う。逃げる前に確かめておく。それが、健やかに働き続けるための賢明さだと、私は思っている。
原則3. 課題の分離。他人の機嫌まで背負わない
13年前、アドラー心理学に出会った。「嫌われる勇気」だった。
その中の「課題の分離」という考え方が、私の人生を変えた。
職場で、理不尽に絡んでくる職員がいた。私一人では対処しきれず、上司を頼った。覚えていることを全て話して、整理してもらい、上司から相手に伝えてもらった。
その後の結果を待つ時間は、本当につらかった。仕事をうまくやっていけるかという不安もあった。でも、結果として、私の働きやすさは大きく改善した。
アドラー心理学の本来の教えでは、「他者を変えることはできない」とされている。それは正しい。でも、社会という枠の中で、組織の構造を使って自分を守ることはできる。相手の本性は変えられない。でも、私への攻撃は減らせる。「また上に報告されるかもしれない」という抑止力が働くからだ。
それでいい。完璧に相手を変える必要はない。自分が呼吸できる状態を取り戻せれば、それで十分だ。
課題の分離は、家庭でも使っている。
娘の宿題、こども園や学校での出来事、習い事。これらは基本的に、娘の課題だと捉えている。「行きたくない」と言ったときは、なぜ行きたくないのかを丁寧に聞いた上で、過剰に介入しないようにしている。
「冷たい」と感じる人もいるかもしれない。でも私の中で、課題の分離と冷たさを分けるラインは明確だ。
自分が嫌だと思うことは、相手にも押し付けない。
私はOTとして「プロセスレコード」という技法を学んだ。利用者様とのやり取りを記録し、相手がどう受け取ったかを振り返る技法だ。これを家庭でも瞬間的に使う。自分が言葉を発する前に、相手の表情や反応を予測する。「これを言ったら、相手はどう感じるか」「この言葉の先に、何が起きるか」。数秒だけ予測して、相手にとって難しい課題なら、押し付けない。
繊細な方なら、この感覚は分かるかもしれない。判断のポイントは、自分が同じ課題を出されてクリアできるかどうかだ。
課題の分離は、相手を突き放すことではない。自分が背負わなくていいものを、ちゃんと相手に返すことだ。それは結果として、相手のためにもなる。
原則4. 身体から整える。心の前に身体を見る
メンタル不調で休職する人を、何人も見てきた。
その人たちには、心が折れる前に必ず、身体にサインが出ていた。
表情が乏しくなる。ため息が増える。姿勢が丸くなり、肩が内側に巻く。声が小さくなる。問いかけに対して挙動不審になる。自分に自信がなさそうに見える。
これらが揃ってきたら、私は「危険なサイン」だと感じる。
なぜ、心より先に身体を見るのか。
理由はシンプルだ。心は実体がなく、コントロールが難しい。でも身体は、物理的に介入できるからだ。
メンタルが削られている時に「ポジティブになろう」「考え方を変えよう」と心に直接アプローチするのは、HSP気質の方にとっては「できない自分」を責める引き金になる。さらなる消耗を招きかねない。
でも、身体のリセットは違う。意志の力に頼らず、今すぐ、確実にできる物理的な介入だ。OTが患者様の生活を「具体的な動作・作業」から改善していくのと同じように、抽象的な精神論ではなく、再現性のある行動からアプローチできる。これが身体から入ることの最大の強みだ。
働いている人が今日からできる、3分でできるリセット術を紹介したい。
1分目:視線のリセット
個室に入ったら、スマホは見ない。少しだけあごを上げて、天井をぼんやり見上げる。可能なら目を閉じて、こめかみを軽くほぐす。
職場で過緊張状態にある時、人は無意識に首が前に出て、視界が狭く固定されている。物理的に視線を上げるだけで、頸椎の過度な湾曲がリセットされ、脳に「今は警戒しなくていい」という安全のサインが届く。
2分目:呼吸の器を作る
背中で両手を組み、組んだ手を斜め下に向かってグーッと引っ張る。左右の肩甲骨を中央に寄せて、胸を大きく開く。10秒キープして、一気に脱力。これを2〜3回繰り返す。
精神的なストレスは、無意識に胸郭を硬く収縮させる。胸郭が硬いままでは、深呼吸をしようとしても肺に空気が入らない。心を落ち着かせる前に、まず物理的に「呼吸が入るスペース」を広げてあげることが先決だ。
3分目:ため息呼吸
鼻から3秒で息を吸い、口から「ふぅーっ」と6秒以上かけて、ため息をつくように吐き出す。これを5回繰り返す。
「気にしないようにしよう」と念じるよりも、息を長く吐いて副交感神経を優位にする方が、はるかに確実だ。「ため息をつく」という言葉を選ぶことで、「ちゃんとしなきゃ」というHSP特有の心理的ハードルが下がる。
3分。トイレの個室でできる。これが、心が折れる前に身体を整える、私のOT的処方箋だ。
原則5. 一人の時間を死守する。それは贅沢ではなく必需品
私は今でも、家族とは別室で眠っている。
きっかけは、娘が0歳から1歳の頃の夜泣きだった。一緒に寝ると、どうしてもすぐに目覚めてしまい、寝不足のまま仕事に行く日が増えた。
私の仕事は、利用者様にケガをさせるリスクと隣り合わせだ。当時は特養に来てまだ1〜2年で、職場での信頼もこれからという時期だった。だからこそ、できるだけベストコンディションに近い状態で出勤したかった。
妻には申し訳なかったが、別室で眠ることを提案した。たぶん妻は寂しかったと思う。それでも理解してくれた。
夜の散歩も、私にとっては大事な一人の時間だ。1時間ほど、ポケモンGOをしながら歩く。妻は何も言わない。むしろ「健康にいいから」と支持してくれている。ただ一つだけ、「夜は暗いから、反射タスキをつけてね」とお願いされている。
完全な分離ではない。譲れる部分は譲る。
娘から「一緒に寝よう」と言われたことは何度もある。そういう時は、娘が眠ってしまうまでは一緒にいることにしている。眠った後で、自分の部屋に戻る。
家族と過ごす時間を尊重しながら、自分の充電も守る。これがHSPの父親としての、私なりのバランスだ。
一人の時間は、贅沢ではない。生きていくための必需品だ。
仕事で他者の感情を受け取り続けて。家庭でも、家族の機微に寄り添って。そのどちらでも神経を使い続ける人間には、完全に外からの刺激が遮断された時間が必要だ。
その時間があるから、翌日また動ける。家族にも穏やかに接することができる。
完璧な父親、完璧な夫、完璧な社員でいようとしなくていい。長く穏やかにそばにいることの方が、ずっと大事だ。
原則6. 「意味のある作業」を1日10分でも持つ
作業療法の世界に「意味のある作業」という大切な概念がある。
人は、ただ動かされているだけでは元気にならない。誰かに言われてやらされる動作には、心が動かない。でも**「自分にとって意味のあること」に触れた瞬間、人の表情は変わる。目が輝く。身体が動き出す**。
私は特養の現場で、何度もそれを目撃してきた。
忘れられない一人がいる。
パーキンソン病が進行した、釣りが好きな男性の利用者様だった。自力での歩行は困難。夜は幻視であまり眠れず、職員に対して暴言を吐くこともあった。日中は比較的穏やかだったが、声は小さく、表情もあまりない。仮面様顔貌と言われる、パーキンソン病特有の症状だ。
私は提案した。「釣りに連れて行きませんか」と。
ご家族に釣り道具を持ってきてもらい、職員が一緒について、海まで行った。車椅子で連れて行き、桟橋から釣り糸を垂らした。
その方は、あまり話さなかった。
でも、手は確かに動かしていた。リールを握ろうとし、糸を引き上げようとしていた。表情も、少し楽しそうに見えた。
仮面様顔貌で表情が乏しいはずの人が、海の前で、釣り竿を握って、楽しそうにしている。
その瞬間に立ち会えたことは、私のOT人生の中でも忘れられないシーンの一つだ。
利用者様だけの話ではない。
働く人にとっての「意味のある作業」とは何か。
それは、仕事の頭や、家族というコミュニティを完全に「無」にできる時間だと、私は思っている。
私にとっては、テニスがそれだ。週に数回、テニスのコートに立っている時、私は仕事のことも家族のことも忘れている。ボールに集中するだけ。それが脳をリセットしてくれる。ゲームもそうだし、夜の散歩もそうだ。
そして「意味のある作業」という観点では、娘との将棋やカードゲームもここに入る。役割や責任から離れて、ただ娘と向き合う時間。
働く人にとって、こうした時間は1日10分でいい。生産性のためではない。誰かに評価されるためでもない。自分が「これをしていると少し自分に戻れる」と感じるものを、一つでも持っていてほしい。
それが、心が折れる前の防波堤になる。
原則7. 最期から逆算する。健やかに生きるための視点
最後の原則だ。
100人近くを看取ってきた。穏やかに逝かれた方も、最期まで何かを抱えていた方もいた。だからこそ、「最期から逆算する」という視点を、私は大切にしている。
利用者様の中から「あの人のように生きたい」と一人挙げるのは、正直に言うと難しい。利用者様と接するのは、その方の人生の最後の1%だけだからだ。それまでの99%を私は知らない。
でも、もし「この人のように生きたい」と心から思える人を一人挙げるなら、私は祖父を挙げる。
祖父は95歳。2年前に祖母を亡くして、今は一人暮らしだ。要支援1。それでも今も自分で車を運転して、将棋の大会に出ている。最近は自炊にも挑戦して、ごはんを炊いたり、簡単な料理を作ったりできるようになった。
もともとモノづくりが得意で、神棚を昇降させる装置を自作したり、屋根裏部屋までウィンチで物を運ぶ仕組みを作ったり、はんだごてで溶接をしたり。そして、温泉に行きたいという理由だけで、関西から九州までフェリーに乗って、別府まで行く。
「やりたいことを、自分で選んで、自分でやり続けている」
これが、祖父を見ていて一番尊敬するところだ。誰かに「これをやりなさい」と言われてやっているのではない。将棋が好きだから将棋をやる。温泉が好きだから旅行に行く。何かを作りたいから装置を作る。
95年間、ずっと「意味のある作業」で人生を埋めてきた人。それが祖父だ。
歳をとっても、ああでありたい。心からそう思う。
私自身が自分の最期に望むことは、シンプルだ。
娘の成長を見届けたい。
それが一番大きい。7歳の娘がこれからどう育っていくか。10代になり、20代になり、30代になり——できればその全部を、見届けたい。
そしてもう一つ、現実的なことも言っておく。私が先に逝くのなら、家族が衣食住で困らないだけのお金は残したい。これは精神論ではなく、生活者としての本音だ。きれいごとでは家族は守れないから。
「最期から逆算する」というのは、悲しい話ではない。
「自分にとって本当に大切なものは何か」を見つけ、それを今日の働き方に反映させるということだ。
働くことが、しあわせを奪っていないか。 家族との時間を、削りすぎていないか。 自分の好きなことを、後回しにしすぎていないか。 誰かに評価されるためだけに、自分をすり減らしていないか。
最期から逆算すると、答えはシンプルになる。
100点を目指す働き方ではなく、最期まで穏やかでいられる働き方を選ぶ。それが、健やかに働き続けるための、最後の原則だ。
エピローグ
ある日、仕事から帰宅した私に、娘がこう言った。
「今日はダディの誕生日だから、絵を描いたよ」
5歳の頃だった。家族3人の絵と、100均で買ってきた造花を束にして、包装してくれた花束。妻が手伝ってくれたのは、もちろん知っている。それでも、私の手にそれを渡してくれたのは、娘自身だった。
毎年、誕生日にはプレゼントをくれる。
絵が、年々上手くなっていく。手紙が、年々長くなっていく。
そのたびに、私は思う。
この時間を奪わないために、私は働き方を選んできたんだな、と。
朝、坂道を駆け上がってくる娘を、バックミラー越しに見る。 夕方、玄関で「おかえり」と迎えてくれる娘に、「今日は何したの?」と聞く。
それだけのことが、こんなにも尊い。
働くことは、しあわせを奪うこともある。でも、働くことは、しあわせを守るためのものでもある。そのどちらに転ぶかは、自分で原則を持っているかどうかにかかっている、と私は思っている。
健やかに働き、しあわせに生きる。 完璧でなくていい。少しずつでいい。
7つの原則のうち、たった1つでも「これは試してみよう」と思えるものがあれば、それで十分だ。
あなたの今日が、少しだけ呼吸しやすくなりますように。 あなたの最期が、少しだけ穏やかでありますように。
作業療法士16年目|特養・ユニットケア勤務|元認知症ケア指導管理士|HSP・ISFJ
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