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「ラオスにいったい何があるの?」学びの旅 後編

さて、好奇心に誘われて、ついにラオスにやってきました。
このラオスでの学びの旅では、どんな学びや意外な気付きが得られるでしょうか?

尚、このnoteでは、学びの旅として書きたいので、一般の旅行エッセイとは異なる観点で書きたいと思います。

海外での社会貢献

私は、人生の目的、自分自身の存在意義として、「社会貢献」を密かに掲げています。
私自身は民間の営利企業に勤めてはおりますが、その意識は変わりません。
海外でもその思いは大切にしていきたいと思っています。

普段から社会貢献の意識を胸に秘めて過ごしておりますので、時折、似たような思いを持った人や組織が放つ匂いに自然と引き寄せられることがあります。
そこで、今回のラオスでの学びの旅では、社会貢献に関する気付きを得た経験をお話したいと思います。

すぐ、そこ ラオス

バンコクから飛行機で1時間20分。離陸し機体の高度が上昇して、本を数ページめくったら、機窓から眼下に緑の大地が広がり、昼寝をする間もなくラオスの首都ビエンチャンに到着します。

首都ビエンチャンはここ。外務省ウェブサイトより

ラオスと日本との友好の証

空港を出ると、日本の国旗とラオスの国旗が並んだ碑文がありました。

ビエンチャン国際空港の外、日本とラオスの友好の証(筆者撮影)

碑文にはこう書いてあります。
「ビエンチャン国際空港拡張計画 ラオス人民民主共和国と日本との間の友好と協力の象徴として 日本のODAの基金による」(筆者訳)

日本ODAによるビエンチャン国際空港拡張計画

このODA「ビエンチャン国際空港拡張計画」とはどういった計画でしょうか。調べてみました。

当該ODAの背景と必要性
・ラオスは、ASEAN唯一の内陸国であり、国土の8割を山岳部が占めるため、航空交通が観光振興、外貨獲得の重要な手段
・2010年当時、航空旅客数の急激な航空需要の増加に、既存の空港施設では対応できないことが予想された
・空港の安全性と航空保安水準の向上が求められた

JICA ウェブサイトより

雄大なメコン川が国を流れ、物流を担っているけれど、ほとんどが山に覆われるラオスを移動するには確かに空路の整備が欠かせないのですね。
実は、この空港拡張計画の後も整備計画が進行中であり、現在も日本とラオスの協力関係は継続しています。

エアポートバス

空港から市内までは、車で20分ほどの距離があります。タクシーの移動も値段は高くはないのですが、公共交通機関が好きな私はエアポートバスを利用してみました。片道250円くらい。
このバス、車体に日本の国旗が描かれています。こちらも日本からの贈り物のようです。

綺麗な緑のバス。運転手さんが気持ち良さそうにお昼寝されていました。(筆者撮影)

入国審査で

飛行機が着陸して、入国審査を通る時の話です。
私は、入国審査で他の外国人の後に付いて行き、外国籍のレーンに何気なく並びました。
一緒に並ぶ見知らぬ外国人達と「ここでいいんだよね?」なんて話をしながら、壁に「Arrival Visa $50」と書かれた看板があったのを見て、いそいそ現金を用意して、列が進むのを待ちました。
いざ、自分の番になって入国審査官にパスポートと現金を渡そうとすると、「違う。あなたはあっちのレーン。ビザいらない」と言われました。初めはなんのことだか分からなかったのですが、先ほどおしゃべりしていた外国人に「日本人はビザいらないんだね。あなたはラッキーだね」と言われました。

観光ビザの要否

ところで、どういう場合に観光ビザが不要なのでしょうか。
入国管理行政の一般論上、外国人観光客の入国時のビザの要否は、入国者の国籍によって異なる対応を取っており、対象となる国家間の外交関係や入国管理上のリスクなどを総合的に判断して決定されるようです。

ラオスにおける観光ビザの免除について調べてみました。

まず、ラオスが観光ビザを免除している対象国は、周辺のASEAN諸国の他に日本、韓国、欧州の一部の国が認められています。
次に、どういった背景で、ラオスは、これら諸国のビザを免除しているのか調べてみましたが、公式に開示されている明確な根拠は見つけられませんでした。

明確な根拠は見つけられませんでしたが、国家間の信頼関係、人的交流、ASEAN外交、ODAによる国の発展に対する貢献などの複合的な要素が総合的に判断され、入管管理制度にも反映されているのではないかと感じました。
あくまで私個人の印象ですが、ラオスと関係する多くの国々の中で、日本もまたラオスと協力関係を築いてきたことも背景の一つにあるのかもしれません。

ですから、このビザ免除の恩恵は運の良さで得られたものではなく、これまでの両国間の先輩方の努力によって得られた関係性のもとに成り立っているのだと思います。そのことを忘れてはならないし、今自分もその精神を引き継ぎ発展しなければならないと思いました。

ラオスと日本の外交関係

では、この空港拡張計画ODA以外に、日本はラオスとどのように関わってきたのでしょうか。
調べて見ますと日本のラオスに対するODAは、実はたくさんの種類の協力が長年継続して行われています。

ODAの歴史に合わせて外交の歴史もご紹介します。
ラオスと日本は、戦後1955年に正式に外交関係を樹立しました。
外交樹立70周年になる2025年は、節目を記念して様々な文化交流イベントや友好事業が両国で開催されました。
みなさまもニュースで、愛子さまがラオスをご訪問された様子をご覧になられた方も多いかと思います。

具体的な協定としては、ラオスと日本の外交関係は、2010年に政治・経済協力の強化を目的に「パートナーシップ」が結ばれ、2015年に「戦略パートナーシップ」への格上げを経て、節目の今年に「包括的・戦略パートナーシップ」に格上げされました。

尚、これまで世界中で開発援助を行ってきたJICA(国際協力機構)の協力隊を世界で初めて受け入れてくれた第一号の国がラオスだったようです。1965年、60年前のことです。

そして現在も、ラオスと日本は外交上良好な関係が築かれております。
これまで両国の発展にご尽力された両国の方々に敬服の念を感じております。

補足

日本がラオスの発展に貢献してきたことは間違いない事実ですが、日本以外の多くの国も当然ラオスの発展にたくさん貢献されており、資金・技術提供も日本以外の国からも行われております。ここでは紹介できませんが、その点を補足します。
また、戦後、日本が経済援助、技術支援を通じて貢献してきた事実を認識する一方、戦中に日本がアジアで行った歴史が東南アジアの方々の記憶にあることも忘れてはいけないことを補足しておきたいと思います。

首都の見学

話は変わりますが、私は海外旅行で初めての国に訪れる時は、なるべく首都を歩いて回るようにしています。
その国の権力構造、立法・行政・司法の三権分立を肌で感じるため、各権力の活動拠点である国会・官庁・裁判所を訪問するようにしています。
今回も、首都を歩いて、国会・官庁・裁判所を見て回りました。

国会議事堂 広場では子供達が凧揚げをしていました(筆者撮影)

三権分立の話題になりましたので、少しだけラオスの政治体制を紹介します。
ラオスは、社会主義共和制国家です。ラオス内戦を経て1975年、王政が廃止されるとともに「ラオス人民民主共和国」が成立。以後「ラオス人民革命党」の一党支配体制が続いております。
三権分立の制度はありますが、政府の政策決定は、党の政治局と中央委員会でなされることから、事実上は党の意思決定によっています。
東アジア、東南アジアに見られる社会主義国家に共通した特徴も見られます。

司法制度 法制度支援プロジェクト

三権分立の内、司法に関しては、日本とはその性質が異なるものの、ラオスの民法をはじめとした法整備には日本の法務省とJICAによる支援がなされています。
ラオスは社会主義体制を取りつつも、市場経済化を促進しています。市場経済化に必要な民法典整備の過程においても、日本は支援の一端を担ってきました。

暑いラオスで、冷たいマンゴージュースが飲みたい

さて、私の訪問した7月は暑さと湿気もすごく、首都を歩いて見て回った後、暑さに弱い私は疲弊し切っていました。
こんな時は「涼しいカフェで冷たいマンゴージュースを飲んで、休みたい!」
というわけで、癒しを求めて首都ビエンチャンの路地をふらふら歩いていたら、良い感じのカフェを見つけました。
冷たくおいしそうマンゴージュースにありつけそうです。


何気なく入店したオシャレなカフェは、インクルーシブなカフェだった

その良い感じのカフェに早速入店してみました。
店名は、“Minnano Cafe”。
冷房が効いて快適な空気が、滴る汗を乾かしてくれて、気分は爽快です。

入店してから分かったのですが、実はこのカフェ、障がいのある方に就労の場を提供する目的を持ったお店でした。インクルーシブなカフェで、様々な特性を持たれる方が働いておられます。
店内には、ラオスの手話が掲示してありました。この手話で耳の不自由な店員さんにオーダーも問題なくできるし、何より「おいしかった、ありがとう」と感謝の気持ちを伝えることができるのは嬉しいですね。
暑さでへばった体の疲れも慣れない旅の心の疲れも、このカフェですっかり癒されて、最後は手話でお礼を伝えてお店を出ました。

店内は綺麗でおしゃれ。手作りクッキーも。(筆者撮影)

ところで、このお店の名前”Minnano Cafe”ってどういう意味なのだろう?と調べてみたら、なんと普通の日本語の「みんなのカフェ」でした。
もう少し詳しく調べてみると、実はこのカフェ、日本人が運営する国際NPO”アジアの障害者活動を支援する会(ADDP)”という団体の活動でした。
誰もが仕事を通じて、それぞれの社会的役割を果たすことは、大切なことですね。趣旨に賛同します。

ODAに限らず、日本人が社会のために各地で活動されていることを知ると、感銘を受けます。
こうした献身的な活動を目の当たりにすると、私自身も利他的な視点で活動していかなければと思うに至ります。そして自分に何ができるのだろうかと感じずにはいられません。

*本記事は取材や依頼によるものでなく、筆者個人の体験に基づいています。

終わりに

旅での学びは、枚挙にいとまがありません。
今回の旅では、noteに書いた内容以外にも、たくさんの学びがありました。
観光で得られた歴史、文化的な学びもありました。
また旅で一緒になったラオスの方や外国の方との会話など印象に残る思い出もたくさんあります。異なる価値観に触れることもできました。

部屋で本を読むのも大好きですが、時には旅をして未知の世界に身を投じてみると、これまで知ることができなかった新しいことの学びが得られることを実感します。
旅は、現代におけるSNSのアルゴリズムでは決して得ることができない、新しい領域を知るチャンスと捉えています。

私は本来インドアな性格ですが、休みの日には気持ちを奮い立たせて、これからも学びの旅を続けていきたいと思います。

みなさま、最後まで読んでくださってどうもありがとうございました!

悠久のメコン川 ラオスの生活、文化の動脈をなす(筆者撮影)