妄想日報 8月7日「スターリン批判」
8:48出勤。
昼休憩時、アヤさんが小声になって課の皆に昨今のお悩みを報告する。先日「LINEを聞かれて立場上しゃーなしに教えた」ソノお相手、そのかたからの「追いLINE」がコレマタとかくヤカマシイとのことで。
「べつに興味ないからほっとくじゃないですか。ちょおっと返信しないとすーぐ追ってくるんですよ!『おーい』とか『どしたん?』とか。『体調わるいの?心配です』なんてヘタに親切ぶりやがって。
あげくに『あれ?おこらせた?なんか気にさわること言っちゃったかな?』とか一人でこんがらがりやがって。もー、ホントうす気味わるいったらありゃしない!」
と、気持ちよいほどお口大暴れのアヤさん。
「あー、アレこわいよね!家族とか恋人とか、友達になってからならいいけど、よく知らない人があれやってくるのってホントこわい」とユミさんも同意見。
アヤさんの話をさらによく聞くと、それもお相手は自分よりかなり歳上の男性だというのだからなおさら。「歳上なのに余裕がない人だねー」「ぜーんぜんコッチの都合考えてない」「それでウツワのほどが知れるわね」などと公然たる批判をしていると。
「あれネー。余裕がない人っているんだヨネー」と、いつからいらしたのか、いかにも耳聡くハナシに入ってこられたのは総務のフルシチョフ部長。社の重要会議全般につき、その議事録の書記の長として名を高め、派閥争いバチバチの社長と副社長のあいだをも巧みに渡り歩くという評判の、ある種の才覚ぬけめなきソノ部長は
「かつてのわたしの上役だった、前任者のスターリン元部長。これがまたいたって余裕のないお方でねー。部の『ボルシェビキ』っていうLINEグループがあったんだけど、そこに夜中でもばんばんメッセージ飛ばすわけ。
みんなの返事が遅れると『あれれ?』『皆さんどうしたん?』『寝てんのか?』『おーい』なんて連投!おまけに、他でみんなが自分を除いたLINEグループを作ってるんじゃなかろうかなんてことまで疑い始めたりしてね。
そんなことが続いたある日、またみんなの返事が少し遅れたらピコーンなんて突然の表示があって『すたーりんがグループを退出しました』。
うわあ、ボスがまたヤケになってるよー!なあんて思ってるうちにピコーン『すたーりんがトロツキーを粛清しました』ピコーン『すたーりんが党幹部を粛清しました』。
うそだろ⁈おいおいおい!なんて慌てるも、時すでに遅しで『メンバーがいません』。
そんなふうに、次から次へと、勝手に自分から疑いだして『ブロック』したり『粛清』したりしちゃうんだから。3年足らずで100万人以上が『粛清』。これ『銃』の絵文字の『粛清』ね。コレされちゃったあ!ってコトだよね」
皆が、ヒトの猜疑心ってコワイねえ!と口々に言い合ってひたすらオノノく。青ざめたアヤさんも、ソノ身をすくめてぎゅうっと硬くする。そんな立て板に水のモスクワ怪談師と言った風情の部長のお話はなおつづき
「でもね、わたしが堂々と『スターリン批判』をやったのヨ!わたしがやらなかったら、いまだにあのヒトは間違って英雄扱いだったからネ!わたしのお手柄。ま、あの方のお亡くなりになったあとの『批判』には、コレなっちゃったんだけんどもサ」
皆が正直なトコロ「え⁈亡くなったあとでの『批判』なの⁈」「それもご自分だけちゃっかり『粛清』を免れてるしなあ」とイササカ釈然とせぬ思いを抱く。そこはかとなく、ソノお調子の良さの知れるフルシチョフ部長。
ああやってうまいこと世渡りするんだなあと半ば感心していると、退社ぎわになり、これまた耳聡い次長が皆を呼び集めてするのはその部長に関するナントモ驚きのご報告。
「…フルシチョフ部長、今日付けで退社!しっ、しっ。解雇、解雇。重大なコンプラ違反で解雇。…ブレジネフさんのコンプライアンス委員会の調査だと、かつての『粛清』への関与、現在の部下へのセクハラ、パワハラ、モラハラ。セパモぜんぶ!…結局、前任者さんとおんなじだったってコトみたい…」
それにしても、まるでどこかの国の秘密警察なみのお手ぎわで、矢継ぎ早の失脚劇。皆が青くなりまとめて震撼していると、一人だけ先ほどとは打って変わって頬に赤身のさしたアヤさんが
「よっしゃあ!キモイんじゃあアイツー!」
と勝鬨をあげた。
おのおの遅ればせに「あ、あのLINEって?…ああ。そかそかそか」と心づくも、こわくて何も言えなくなった皆々。そんななか
「お口チャック警報、お口チャック警報発令中!粛清されないように静粛に。だね!てへっ」
と次長がチョケるも誰一人笑わず、まさに鋼鉄のようなスベリかたをしていた。
#創作 #短編小説 #ショートショート #日記 #3行日記 #ヨシフ・スターリン #スターリン批判 #鋼鉄の男 #ニキータ・フルシチョフ #ボルシェビキ #なんのはなしですか
