まいこ、社会人になる! ユカとの終わりの始まり 27

杉くんと付き合い出して、初めて感じた最悪の夜でした。
目覚めも、もちろん、よろしくはありません。
しかし、会社に行かなければ…。


朝の通勤ラッシュは、辛いです。
けど、本線のJRの混み具合なんて、まだ可愛いもんです。
会社に向かうトロッコ(笑)なんて、いったい乗車率何%なの?200いってんじゃないの?と、思う混み具合です。
しかも、いつの時代?っていう車両です。
本線で頑張って働いて定年を迎えたはずのおじさん車両の働き口にしては、この第2の人生は、過酷過ぎます。
可哀想に。
朝と夕方にしか走らないにしても、過酷過ぎるわ。

あ、トロッコに思いを馳せて、現実逃避してしまいました。


はい、今日も安定の混み具合、日常よ、ありがとう。
私がどんなに落ち込んでても、太陽は昇り、朝は来て、トロッコは私を会社に運びます。


反逆軍の、寺地さんと沢田さんの面談が始まりました。
(面談相手は、岩谷担当課長(デカのび太)だけでは収まらず、森山グループリーダーとか、所長とか、ハードの(うちのグループができる前のグループ)課長までが乗り出してくるぐらい、大きな問題になっていきます)

グループの雰囲気は、ピリピリしています。
沢田さんと仲良しっぽい山名サブグループリーダーは、いつもと変わらない感じでした。
まぁ、協力会社のピンチなんて関係ないのかな?
それとも、沢田さんの気持ちがわかるから、もう何も言わないのかな?

なんせ、グループ存続の危機だったのかもしれません。
多分、このグループは、鳴り物入りで結成された気がします。
森山グループリーダーは、うちの会社にとっては、有望株みたいで、組合の幹部もしているし、会社の内部事情も詳しいです。

以前、私、言われたことがあります。
「きりきりさん、入社試験の結果、すごいよかってんなぁ。
数学もめっちゃ解けてたし」
と。

はい、あの時は、広告業界に夢破れ、就職が決まらず、人生で1番切羽詰まっていましたからね。
公務員試験の勉強まで必死にしてましたよ!
苦手な数学すら、頑張りました。

そっか、成績よかったのかぁ。

続けて、森山グループリーダーは、言いました。
「研修のCADも、めっちゃ早く出来てたらしいやん」
いや、それは、たまたまペアになった子のアシストがよかっただけで、一人で図面とパソコン画面をにらめっこしてたら、パーツも上手く探せず、金縛りにあってたはずです。

というか、そんだけCADが出来ていたなら、CADが出来る隣の工業グループに所属するんじゃないのかい?

決して実力はないけれど、CADなら、岩谷担当課長の下には、ならなくてよかったはずだ。
いや、お局ねーさんに仕えないといけなかったかも、だし、どっちがマシだ?

私は、「なんて私って優秀なの!」説を感じていたのに、また別の日、森山グループリーダーは、私に言いました。
「ハードの信田さんは、グループの女の子を顔で、選ぶ。
工業グループの芦野さんも、顔で選ぶんや。
でも、うちは、実力重視だから」
と、森山グループリーダー。

いや、なんだ、それ!
ルッキズムじゃん!
え、何かい?私は、CADが出来たにもかかわらず、芦野さんのお眼鏡にかなわなかったってことなんだね。

で、実力がある?
何言ってんの(笑)
仕事ちんぷんかんぷんですわ。
雑用ばかりですわ。

じゃあ、ハード、工業グループの可愛いオーディションに落ちて、かしこ枠のうちのグループのオーディションにも落ちた、他グループに配属された同期の立場って、ないやん!!

ほんま、失礼な会社だわ。
て、言うか森山ぁ、あんた何様なん!!
全然、私のこと、褒めてないからね。
私、自分が賢くないことも、綺麗じゃないこともわかってて、これまで生きてきましたよ。
だから、愛想よく生きているんです。
あんたたちにこき使われようが、「女は愛嬌」の信念で生きてきました。
にこにこ笑顔を心掛けて、これからもきっと生きていきます。

森山グループリーダーのこの暴露話で私のやる気はますますなくなっていきました。

同期の永野さんならきっと、
「優秀だね」とか「真面目だね」が褒め言葉なんだろうなぁ…。
私よりも、賢い高校、短大をでているのにね。
あ、賢いから森山さんが自分の下に置いたのかもね!
あぁ、なるほどの人事だわ。
でも、ごめんなさい、私、岩谷担当課長にだけは、「愛想」よく出来ないし、「愛嬌」もふりまけません。


昨日、私は、網野さんオーディションにも、「愛嬌」部門で受かったみたいです。
網野さんが私の後ろの壁の向こうにある更衣室にやってきて、アコーディオンカーテンを開けて、うちのグループに顔を出して、私を呼びました。

「きりきりさぁん、ちょっと来てぇ!」
え?いいのでしょうか?
まぁ、私はサボれるからいいですが。
グループの男たちは、知らん顔しています。
「さらわぬ神にー」、なのかしら?

私は、網野さんの誘いを受けて、更衣室に入りました。
「なんでしょう?」
私が聞くと、網野さんは、片手に白いレースのリボンを持っていて、私にそれを差し出して言いました。
「ごめん、このリボン、髪にくくってくれない?」
と。
マジですか?!
白いリボンって、ほんと、あなたさまは、いったいおいくつなのでしょうか?

けど、もはや愛嬌だけで生きていこうとしている私は、断ることもせず、くくらせていただきました。
「あんまり、上手じゃないですけど、出来ました」
私が言うと、網野さんは、にっこり笑って、
「ありがとう、また頼むわね」
と、言いました。
まぁ、ね。
このくらい、お安い御用ですわ。

私は、どうもキャラが強い人に、憧れるクセがあります。
まぁ、高校時代に出会ったじゅうには、痛い目に合わされましたが。

なので、なんとなく網野さんのキャラは、好きになりそうです。


今日も、やる気は起こらず、定時で帰りました。
本線の駅で杉くんが(待って)いるのも、もう当たり前になりつつあります。
大喧嘩した、次の日だって、彼は、ちゃんといるのが、すごい。
私なら、向き合うのが怖くて、逃げ出すだろうに。
っていうか、せっかく出来た初彼氏なのに、どうしてこんなに喧嘩してしまうのかなぁ。
穏やかに、仲良く過ごしたいのに、どうして私は、その逆をいってしまうんだろう。

杉くんは、怒りを持続させたまま、ホームに立っていました。
そんな姿を見たら、私は急に怖くなり、媚びたくなってきました。

「待ってて、くれたんだ。
ありがとう」
私は、言いました。
「あぁ」
杉くんは、一言しか言いません。
よっぽど、怒っているのね。
でも、ここにいてくれたんだ。

「ちゃんと、謝りたいから、海に行ってもいい?」
と、私は杉くんを海に誘いました。
「わかった」
杉くんは、その一言だけ、言いました。
私も、今この場所で、何を喋っていいか分からず、黙ったまま、2人で電車に乗り、海まで移動しました。

海に着いて、少し歩きました。
海の家が並んでいる賑やかな所が嫌で、西に向かって、歩きました。
小さい頃からの私のお気に入りの場所です。
大きな岩がごろごろと並べられているところです。
友達とも何度もここに来て、いろんな話をした場所です。

私は、杉くんをここに初めて連れて来ました。
初めて、恋人同士になってから来た場所よりも、もっと西で、足場は決してよくはないけど、ごろごろと並べられた岩の上に杉くんを誘いました。
「こんなとこ、危なないか?」
杉くんは言いました。
「大丈夫よ。
私の小さい頃からのお気に入りの場所なの」
私は、岩の上を歩き出しました。
杉くんは、怒っているのに、私に手を差し出して、
「危ないから、手、つなごう。
ほら」
と、言ってくれました。

本当は、へっちゃらだけど、杉くんの優しさに甘えて、手をつなぎました。
そうしてある程度歩いたところで、1つの岩の上で座りました。
防波用の岩の上なので、岩と岩の隙間に、小さくなった波が、何度も姿を見せては消え、姿を見せては消えを繰り返しています。
岩と岩の間に足を踏み外さないよう、気をつけないといけない場所では、あります。


私は覚悟を決めて、杉くんに謝りました。
「昨日はというか、この前からずっと、ごめん、なさい」
そして、恐る恐る聞きました。
「まだ、怒っているよね?」

「ほんまに、反省しとるんか?」
杉くんは、真顔で聞いてきます。

「うん。
ひどいこと、いっぱい言ってごめんなさい。
信じなくって、ごめんなさい」
私は、謝りました。

すると、杉くんは、
「ほんまに、腹が立って、腹が立って、仕方ないから、俺、夜中の2時まで、バイクで山、走り回ってんぞ」
と、言いました。

私と付き合う前は、よく山にバイクで走りに行っていたのは、聞いていました。
私は、それを聞いて
「カッコいい!」
と、言うタイプではありません。
「危ないなぁ。
そんな危険なこと、なんでするんだろう?」
と、思うタイプです。
男のロマンがわかりません。
自分に関係する人になら、尚更です。


何もない時に走るのも、こわいと思うのに。
けど、昨日は私に対する怒りを持ったまま、走り回っていたって、ことよね…。
もし、それで杉くんが事故っていたら、私はどう償えば、いいんだろう…。
杉くんのご両親に対しても、すごく申し訳ない。

すぐ、最悪なことを考えてしまう私です。
今、ここに杉くんが怪我をせず、いてくれて、本当によかった…。

私は勝手に想像して、今、杉くんの無事を知り、泣いてしまいました。
私のわがままで、この人を危険に晒していたかもしれない。
こわい。
感情の赴くままに、わがままでこの人に当たってしまったことを、心から反省しました。

「なんで泣いとん?」
「だって、私のわがままで杉くんを危険な目に合わせたから」
「はぁ~」
杉くんは、ため息をつきました。
「別に俺はどっこも怪我してないやん」
「でも、怒りに任せて、夜中遅くまでバイクで走り回ったんでしょ。今日仕事だってあるのに。
寝不足で仕事、ミスしなかった?大丈夫だった?」
もう、次から次へ悪い事を想像して、申し訳ない気持ちと共に、涙が次から次へ出てきました。

「なぁにを、泣きよんやぁ。
大丈夫や、俺は怪我もしてないし、よく走っている山やったし、まいこに会うまでは、しょっちゅう、そんな事して仕事に行きよ
ったんやで」
杉くんは、優しい声になって、私を抱きしめてくれました。
私は、私の涙で杉くんの胸元を濡らしながら、泣き続けました。

「でも、そんな、イライラしたまんまで走らしてたなんて、本当にごめんね」
杉くんは、私の背中を軽くなだめるために叩きながら、
「大丈夫やってんから、もう泣かんとき」
と、言ってくれました。
「でも…。
私が悪かってんけど、でも、もうそんな事は、絶対せんといて。
杉くんが大事やから」
すると、杉くんは、笑いながら、
「じゃあ、もうあんな当たり方はすんなよ」
と、言いました。
「そうしたいけど、でもそれは約束出来ない…」
私は、こんな時までも、正直過ぎます。
約束して、守れなかったら、困るもの…。
嘘つきには、なりたくない。

杉くんは、私を抱きしめたまま、笑って、
「そこは、嘘でも、『もう、しない』やろ」
と言いました。
「だって、約束破ったら、嘘つきになるやーん」
私は、泣きながら言いました。
「ほんま、へんなとこ、真面目よな」 
杉くんは、笑ってくれました。

「わがままでごめんね。
なるべく気をつけるね」
私は、もう一度、謝りました。

杉くんは、やっぱりすごい。
あんだけドロドロした汚い気持ちで、溺れそうになってたのに。
自己嫌悪で、苦しかったのが嘘みたい。
今は、スッキリしている。
初めて杉くんの前で、泣いてしまったけど、
この人には、どんな弱い私や、汚い私を見せれる。

「大事にしたいな、この人を」
私は、心の中で強く思いました。

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