余白とnote
数ヶ月前から空き時間に、独学で経営やビジネスの勉強を始めました。
起業宣言しながらも、まだまだ目に見える形では何も動いていませんが、コツコツと地道に積み上げていきたいと思います。😁
まだほとんど形になっていないのですが、ここまで自分が来られたことを嬉しく思っています。
何年も前に心が病んでしまった時からずっと、がっつり仕事をしていくことに抵抗がありました。
また心が病んでしまうのではないかと、仕事に関してはずっと程々に働いてきました。
生活できて、好きなこと、たまに旅行に行けるくらい稼いでいければいいのでないかと。
しかし去年あたりでしょうか、やりたいことや欲もいろいろ出てきて、働き方や収入についても考えるようになってきたのです。
それでもまだ心の奥では、一歩踏み出せない何かがありました。
また疲弊して、暗黒時代に戻ってしまうのではないかという不安。
そして、大きな変化があったのが今年の春。
今の状態に不満はないけれど、また何かに挑戦してみたいという気持ち。
その頃から、私の中のストッパー、また全力で仕事に向き合うことへの恐怖が消えつつありました。
そこから少しずつ、挑戦への準備、経営やビジネスの独学を始め、やってみたかったことの構想を練りながら..…気付いたらnoteで起業宣言までしていました(笑)
また何かにチャレンジしたいと思えるところまで復活できたのは、余白のおかげだと思っています。
この数年間、パートタイムで仕事も程々に、大きな挑戦をすることもなく、だた一日一日、普通の日常を大切にしてきました。
多くの予定のない休日を過ごし、散歩して、好きな漫画を読んで、大好きなIPA(ビール)を飲んで、オットと夕食を囲むだけの日も。
そういう日々を過ごす中で思ったのは、
「何かを成し遂げなければいけない。」
「生産的であるべき。」
ということに、過剰に囚われ過ぎていたのかもしれないと。
「生きる意味」
なんていうと少し大袈裟なんですが、私は心の奥底で、生産的であることや、大きなことを成し遂げなければ、生きてる意味ががないと思ってた節があったと思います。
今思うのは、そういう考えが自分を苦しめ、疲弊させていたのかもれません。
最近はですが.…
「生きてる意味」
なんて..…
どーでもいいなあと思います(笑)
毎日の日々を、自分の周りにいる大切な人達と楽しむ。
その中で、やってみたいことがあったらやってみる。
そのチャレンジが成功しようが、失敗しようが、大して意味なんてない。
そもそも、成功も失敗もないのかもしれない。
ただ人生でやりたいことをやり続けるだけ。
人生は思っていたよりもシンプルでした。
そんな明確な気付きがあったのも、noteで自分の想いや考えを言語化するようになってからだと思います。
自分用に書くジャーナリングと違い、誰かに伝えるという前提で書く文章は、
「自分の経験を客観的な視点で再度考える」
というプロセスが加わり、その過程で新たな気付きがあるのです。
noteを始めて一年経ちましたが、始めて良かったなあと思うことの一つであり、余白の時間と言語化(note)を経験しなかったら、今の新たなスタートラインに立てていなかったでしょう。
最後になりましたが.…
私のnoteでちょこちょこと出てくる暗黒時代の話、
その話に触れる度に、
「またかー!」
と思われているかもしれませが(笑)、ずっとお付き合いいただき、スキやコメントをくださる方々には感謝でいっぱいです😆
皆さんのスキやコメントがnoteで言語化を続けていく原動力になっています♪🤗
いつも読んで下さって、ありがとうございます✨️
