「上手」じゃないから美しい。フジファブリックに教わったこと
フジファブリックを知ったのは、私が産後1か月くらいの時。実家で、慣れない授乳と子育て、睡眠不足と戦っていた頃。
特に夜中の授乳は、暗いし、寒いし、孤独を感じるから、よく音楽を聴いていた。少しでも暗い気持ちにならないように。
そんなとき、フジファブリックの「若者のすべて」が私の中でヒット。
(ラジオで流れていたのをふと思い出して、ちゃんと聴いてみたらハマった)
※「若者のすべて」は夏の終わりの曲だから、今の季節とはちょっと違うけど…。そこは目をつぶってください(笑)
「若者のすべて」
もう若者でもなんでもないのに、若者だったころの空気感を感じる不思議。
若者だったときも、花火大会に行ってドキドキする経験なんてしたことないのに、歌中に登場する人物の気持ちが伝わってくる。
不器用さが歯がゆくて、それがキラキラした美しさになるメロディ。
「もう彼はいない」という衝撃
「若者のすべて」を飽きるくらいまで聴いて、他の曲も色々聴いた。
「フジファブリック」自体にだいぶ興味が沸いてきたころ、ボーカルの志村さんはもういないということを知って衝撃を受けた。
生きているうちに知りたかった。
「上手ければいいわけじゃない」
数多のカバーを聴いて気づくことは、
「上手ければいいわけじゃない」
ということ。
決して上手いとは言えない歌声、不安定なバランスだとしても、フジファブリックの楽曲に関して言えば、志村さんの歌声は「完璧」なのだと思う。
あの歌声が唯一無二の楽器。ひとつの楽器として絶妙なバランスだから、どんなに完璧な音程と声量で誰かが歌い上げたとしても、あの「不器用で美しい世界観」を表現できない。
「上手」じゃないから美しい
歌に限ったことではなくて、生き方についても同じだなと思った。
「上手」ではないからこそ、それは「美しさ」になるかもしれない。
自分の生き方が不器用だと感じるから、心を打たれるのかもしれない。
フジファブリックの歌を久しぶりに聴いて、ふと産後の頃のことを思い出したので、今日はその思い出に浸りながら、あれこれと考えてみたのでした。
