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12/22 十二大従星が十二支の質を帯びる、十二支の質とは四季であり動的な時間の幅

昨日の続きです。
陽占の捉え方について説明している続きです。
昨日は、十二大従星が十二支の質を帯びる、蔵干の外観を得る、ということについて説明いたしましたが、本日はその続きです。

基本的ながら、たいへん重要で、かつ、「十二支の質」というおことについては、あまり書いたことがなかったので、ちょっと丁寧に説明いたします。

人体星図が命式から現れている、という構造を前提としてみれば、
〇十大主星が「器(十干・蔵干)の質を帯びる」というのと、
〇十二大従星が「地支の質を帯びる」というのは、
その構造としては同じ話で、

十大主星であれば、同じ十大主星でも、その10の異なる質をもつ十大主星があるということであり、合計 100 種類(10×10)の十大主星がある、ということになりますし、
十二大従星であれば、同じ十二大従星でも、その12の異なる質をもつ十二大従星があるということであり、合計 144種類(12×12)の十二大従星がある、ということになります。

100種類、144 種類…と、書くと、その膨大な量に多少、ひるんでしまうのですが、
十大主星の理解と合わせて「十干の理解」がしっかりしていれば、質の異なる十大主星を100種類も覚えずともよいですし、
十二大従星の理解と合わせて「十二支の理解」がしっかりしていれば、質の異なる十二大従星を144 も覚えずとも問題ありません。

とはいえ、十干や十二支というのは、どれだけ学んでも終わりがないほど奥深いもの。

…というのも、そもそも十干十二支というのは、
連綿と広がる森羅万象の世界、脈々と循環しながら刻一刻と変化を続けるこの多様性の世界を、
『人間の便宜のために切り分けた』ものであり、
本来、この世界に存在していているモノは、いかにそこに静的に在るように見えたとしても、
「存在している」のではなく「起こっている」、「出現し続ける」何かであり、

「現実=地支」とは、時間とモノが結びつて初めて「現実」となるものである、
私たちが「現実」といっている状況や、「そこに現実に在る」と思っているモノというのは「一定のプロセス」であることを指しています。

これは、昨今の量子物理学的見地からみてもそういえますが、
十二支というのも「12分した期間」を指すのだと思い出せば、
十二支というのも「時間の幅=一定のプロセス」であるといえ、

そうだとすれば、
一言で「十二支」と言っても、例えば一言で「卯木」と言っても、
それは「単調な一定の変化のない時間(期間)」であるわけではなく、
「変化や動きのある複雑な時間(期間)」であるのが当然で、

その「複雑性を内包している、“春”という時間のプロセス」がまるっとすべて「卯木」の質であって、
その「卯木」から出てくる十二大従星があるならば、その十二大従星は「卯木という春のプロセスをまるっと帯びている」状態でもって発揮される力量であるのだといえます。

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