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自分の選んだ道を正解にする生き方——真実に向かおうとする意志

今回は、受験や就職、noteデビュー(⁉️)など、
大小さまざまな「人生の転機」を迎える/迎えた人に向けて、
「自分の選んだ道を正解にする生き方」というテーマで書きます。

これを読んだ方が、
「自分はどこに向かおうとしているのか?」
を考えるきっかけになれば幸いです。


「真実に向かおうとする意志」

最初に、あるマンガに出てくるセリフを紹介させてください。
(※未読でもわかるように簡単に状況を説明しますが、
  ネタバレ防止のため、登場人物の名前や舞台は伏せます)

登場人物Aが食事をしている近くで、
ある警官が指紋を採取するため割れたガラス瓶の破片を集めている場面。

Aは警官に尋ねます。

もし指紋が見つからなかったらどうするのか。
また、見つけたとしても、
犯人がずる賢い弁護士をつけて無罪になるかもしれない。
あんたはどう思ってそんな苦労をしょいこんでいるのか、と。

それに対する警官の答えは、こうです。

そうだな…わたしは「結果」だけを求めてはいない
「結果」だけを求めていると 人は近道をしたがるものだ…
近道した時 真実を見失うかもしれない
やる気もしだいに失せていく
大切なのは 『真実に向かおうとする意志』 だと思っている
向かおうとする意志さえあれば たとえ今回は犯人が逃げたとしても
いつかはたどり着くだろう?
向かっているわけだからな……違うかい?

私がこのセリフを初めて読んだのは、
受験(第一志望 ✕)や就職(第一志望 ✕)の経験を経て、
ちょっと人生の苦みを味わっている頃でした。

日々ノルマに追われる仕事にうんざりしていたこともあり、
「結果が全て」の成果主義に一石を投じるものに思えたのです。

「結果」に焦点を当てがちな私たち

「真実に向かおうとする意志」。
これは、人生のあらゆる場面において重要です。

受験、就職、転職、FIRE、独立、再出発、
そして、新しく始める何か。

どんな場面でも、
私たちはつい「結果」に焦点を当てがちです。

「合格できたかどうか」
「希望の会社に入れたかどうか」
「収入や成果が上がったかどうか」

もちろん、結果が出ればうれしいし、
わかりやすい評価の指標にもなりますよね。

けれど、それだけを求めると、
いつしか目的と手段が入れ替わってしまいます。

「早く成功したい」
「すぐに報われたい」
「人より先に抜け出したい」

そう思うあまり、本来、大事にしたかった価値や信念を
置き去りにしてしまうことがあります。

近道や抜け道を選んで、道を踏み外す——
よく聞く話です。

人生の岐路に立つとき、
多くの人は「変化そのもの」を求めます。

今の状況から抜け出したい。もっと自由になりたい。成功したい。

そんな思いで、新しい道を選ぼうとすると、どうしても、
「今より良くなること」
「結果がすぐに出ること」
ばかりに目がいきがちです。

でも、本当に大事なのは、
「その変化の先で、自分がどうありたいのか」を見失わないこと。

変化を起こすこと自体より、
「変化を通して、どんな自分を作り上げたいのか」ということです。

自分はどこに向かおうとしているのか?

たとえば、転職するとき。
年収が上がるとか、働き方が変わるとか、
目に見える「変化」はたしかに大きなモチベーションになります。

でも、その会社で、あなたはどんなふうに人と関わり、
どんな仕事に喜びを見出し、どんな成長を遂げようとしているのか——

そういう「自分が目指す姿」まで見据えていないと、
ただ「いい条件を探して渡り歩く人」になってしまいます。

FIREを目指すときも同じです。
自由な時間やストレスの少ない生活は、たしかに魅力的です。

けれど、「じゃあ、その自由を使って何をするの?」という問いに、
自分なりの答えがないままでは、
得たはずの自由が、かえって空虚に感じられるかもしれません。

だからこそ、自分自身に、問い続けてほしいのです。

「自分は、どこに向かおうとしているのか?」

もちろん、すぐに答えが出るようなものではありません。

でも、簡単に答えが出ない問いにこそ、
本気で向き合う価値があるのではないでしょうか。

これは、自分がどんな人生を送りたいのか
どんなふうに日々を過ごしたいのか、という問いでもあります。

そんな問いを、自分の中でうやむやにせず、
心のどこかに持ち続けること。

問い続けている限り、足元がぐらついても、
軌道修正はいくらでもできます。

進むスピードが遅くても、立ち止まっても大丈夫。

「真実に向かおうとする意志」が、あなたの道しるべになります。

それってつまり、どういうこと?

……と言ってはみたものの——
「真実に向かおうとする意志」って、いったい何でしょうね。

人それぞれ解釈があると思いますし、言葉にするのは難しいのですが、
私は、冒頭に紹介したマンガの場面を読んだとき、
こんなことを考えていました。

●「結果」よりも「過程」を重視すること
 すぐに目に見える結果を求めるのではなく、
 「自分はこれだけやったのだ」と思える行動をする。
 行動を伴わない「結果」はむしろ害になることが多い。
 行動さえしていれば、いつかそれは「結果」となる。

●「評価」よりも「納得」を選ぶこと
 誰かが用意した「模範解答」ではなく、
 自分自身が「これでいい」と思える道を歩く。
 たとえそれが遠回りでも、
 「他人の評価よりも自分の納得」を優先する。

●「目的」と「手段」を混同しないこと
 そして、最も大切なことは、
 目的地に「到達すること」そのものではなく、
 目的地に向かって「歩き続ける」という現在進行形。
 本当の「目的」を見失うことなく、
 「自分のありたい姿」を目指す姿勢を持ち続ける。

——これらはいずれも、簡単なことでなく、
ともすれば、楽な方に流されてしまう私たちにとって、
大変難しいことです。

それでも。

「真実に向かおうとする意志」を持ち続けることが重要なのだ
と、このセリフは教えてくれます。

自分の選んだ道を正解にする生き方

「真実に向かおうとする意志」
つまり——「正解に向かおうとする意志」

それは、他人には見えない、自分の中にある光です。

「たとえ遠くても、楽じゃなくても、
 自分の人生を、自分で選び取りたいと思う気持ち」

——それがあるかないかで、人生の「質」が変わってきます。

今、何かを変えようとしているあなたへ。

その選択の先に、確かな正解があるかどうか
不安に感じているかもしれません。

けれど、「正解に向かおうとする意志」、
「自分にとっての正解をこれから作っていこうとする意志」

を持ち続けている限り、
たどり着くべき場所は、ちゃんとあなたを待っています。

日々の行動や経験を「編集」し、少しずつ意味を与えていくことで、
結果は、やがて「自分にとっての正解」に変わっていく——

それが、「自分の選んだ道を正解にする」という生き方。

今、はっきりと見えていなくても大丈夫。
進んでいる限り、あなたはもう、その場所に近づいているのです。


「我々はどこから来たのか 我々は何者か
 我々はどこへ行くのか」
 ——ポール・ゴーギャン(フランスの画家)

「自分はどこから来たのか 自分は何者か
 自分はどこに向かおうとしているのか?
 ——きのころ(無名の物書き)


<自分を「編集」する生き方についてのnoteはこちら>


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