いつか、小さい缶コーヒーを迷わず買える大人になりたかった――自販機と10代、そして50代の私
時代は平成、しかも、まだヒトケタだった頃のお話です。
当時、缶コーヒーのサイズは、大きく分けて2種類ありました。
細長い250gの缶と、それより小さい約180gの缶。
小さい缶は今でもよく見かけます……
というより、今ではすっかり主流になりました。
一方、あの細長い缶は、最近ではめっきり見なくなりましたが、
当時の高校生たちにとっては、それが定番。
暑い日には350gの炭酸飲料をガブガブと飲んでいた年頃なので、
缶コーヒーを選ぶのは、それ自体がちょっとした背伸びでした。
自分のなけなしの100円玉で、あえて小さい方を買うなんて――
どう考えても「もったいない」気がしたのです。
ある日、友人がこんなことを言いました。
「いつか、小さい缶コーヒーを、躊躇なく買える身分になりてぇ!」
……「身分」って。
笑いながらも、その言葉はなぜか胸に残りました。
小さい缶コーヒーを買えるのはブルジョア――
そんな感覚が、たしかにあったように思います。
意外と早くやってきた「いつか」
その「いつか」は、案外すぐにやってきました。
大学生になって、一人暮らしを始めた頃。
気がつけば、自販機で買うのは小さい方の缶コーヒーになっていました。
なぜ、急に小さい缶コーヒーを買うようになったのか。
その理由は、正直なところ、もう覚えていません。
「甘すぎるのはちょっと……」
と感じ始めたことはあったかもしれません。
でも、それが本当に“味覚の変化”だったのかどうかは、
今となっては、少し疑わしい気もします。
それよりも、むしろ、環境や心の変化――
なんとなく大人びたい気分や、
小さい缶をあえて選ぶという見栄。
そして、バイトでお金を稼いでいることによる謎の自信。
それらが、私の指先を、
小さい缶のボタンへと向かわせていたのではないかと思います。
部屋に並ぶミニチュアコーヒー缶
当時は、各メーカーが競うように「小さい缶コーヒー」を発売していて、
ラインナップのバリエーションもどんどん増えていました。
とりわけ楽しかったのが、各社の缶コーヒーのデザインの違い。
期間限定やバージョン違いにめっぽう弱い私は、
完全にメーカーの術中にはまり、まんまと踊らされていました。
当然、踊りは、見るより踊る方が楽しいに決まっています。
私は、新商品や普段見かけない缶を見つけるたびに、
自販機に躊躇なく100円玉を投入しました。
そして、飲み終えた缶をすぐに捨てるのが忍びなくて、
部屋の棚の上――SONYのドデカホーン(CDラジカセ)の周りに、
きれいに並べたりみたり……。
デジカメもSNSもない時代、できることといえば、
部屋の棚に並べるくらいしかなかったのです。
とはいえ、飾って満足できるくらいのコレクションは、
しっかりと構築できていました。
それはさながら、ウィスキーの愛好家がミニチュアボトルをコレクションするのに似ていました――
……いや、もちろん、似て非なるものだったのはわかっています。
私は、ブルジョアでもなんでもない、
しがない貧乏学生に過ぎませんでした。
でも当時、100円の缶コーヒーを躊躇なく買えるくらいには金銭的な余裕がありましたし、
その缶が並んでいく様子を楽しめる、心の余裕も持っていたのです。
そう。
大学生になって得たのは、「余裕」でした。
自販機の前に立つ、その時々の自分
高校生と大学生。
たった1年、されど1年。
そのわずかな時間差で、
自販機の前に立つ自分の感覚は、たしかに変わっていました。
小さい缶コーヒーを選ぶようになったというのは、
おそらく、ただ飲み物を変えたのではなく、
「選び方の基準」が変わった、ということなのだと思います。
大人になるということは、
自販機の前で、迷い方が変わることなのかもしれません。
そして、ほんとの大人になった今では、
その小さい缶コーヒーすら、ほとんど選ばなくなってしまいました。
自販機で買うのは、もっぱらお茶。
健康が気になるお年頃なので、健康素材が多ければ多いほど嬉しい……
「迷わず買える身分」どころか、
もはや、「迷うという概念」さえなくなってきました。
けれど――
仕事で疲れた日の帰り道。
人通りの少ない駅のホームで、
何気なく缶コーヒーを見つめてしまう瞬間があります。
自販機の前に立つ時間は、いつの時代も、ほんの数秒。
でも、そこにはたしかに、“その時々の自分”が立っていました。
そう思うと、自販機はいつも、
「その時代の私」を映してくれる鏡のような存在だったのかもしれません。
自販機、エバー、迷いと選択。
自販機、フォーエバー!
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