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義理の父と、弟の不仲から学ぶコミュニケーションのコツ。

年末年始、妻の実家ではいつも口論が起こる。

妻の弟(義弟)は、父親のことが好きではありません。一方、父親は「好かれていない」事実をわかっておらず、むしろ仲がいい親子と思っています。この二人の関係は、はたから見てもズレているのがわかります。なぜなら、あきらかに、ことばが噛み合っていないことがわかります。

観察すると、以下のようなことで噛みあっていないことがわかります。

①あきらかな説明不足 
②唐突な会話のきりだし
③相手の反応を確認しない

「初詣の予定」を確認する流れを、3つにあてはめてみましょう。


①あきらかな説明不足

父「初詣はどうする」
弟「1日でいいんじゃないかな」
父「いや、どうやって行くんだ」
弟「車でいいじゃん」
父「どっちの?俺のか」

これは、父が初詣について「何を聞きたいか」の説明が不足していることによるズレです。

②唐突な会話のきりだし

父「初詣はどうする」
弟「1日でいいんじゃないかな」
父「そういえば、〇〇ちゃんにお年玉は?」
弟「何の話だよ」

これは、直前まで初詣のはなしをしていた父親が、「初詣」→「正月」→「お年玉」から連想して、急に話題の舵をきったことによるズレです。

③相手の反応を確認しない

父「初詣はどうする」
弟「1日でいいんじゃないかな」
父「いや、どうやって行くんだ」
弟「んー」
父「じゃぁ、俺の車だな」
弟「・・・」

これは、義弟が移動手段について考えていたにもかかわらず、一方的に決定したことにより、義弟が会話をあきらめたパターンです。


3つの会話をみると、あきらかに父親側が「トラブルのたね」を作っています。しかし、このようなズレが起きたとき、「たねをまかれた側」がなぜか責められるということはないでしょうか?

わたしも、社会人になりたてのころ上司と話が噛みあわないことが多くあり、そのとき「なんで、これがわからないんだ」と言われつづけてきました。「いや、言っている意味がわからない」と、心のなかで愚痴を言っていました。

最近思うのは、「丁寧に話をあわせてくれる人」のほうが珍しいということ。妻の父親や、当時の上司はわざと通じないコミュニケーションをやっているわけではありません。彼らの頭では、会話が成り立っているからです。

しかし、おなじような経験を繰り返しているうちに「言わなくてもわかるだろう」と、言語化を拒む思考がはたらきます。これが「ズレのたね」です。これは、大人になるにしたがって生まれるものだと考えています。

わたしの両親のコミュニケーションを見ていても「母さん、あれってどうなっている」と父が言っています。父のなかでは「来週、親せきの家にもっていくお土産」のことを指していても、母は何のことかわかりません。

反面教師から学べるのは、いつまでも「思いやり」のあるコミュニケーションが大切ということです。話す方も、聞く方も足並みをそろえる思いやりがあって「会話」になると思います。

今年は、そういう「会話の思いやり」も大事に考えてみる年にしたいと感じました。

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