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あこがれ止まりで終わらなかったnote

noteのビューが70万を超えた。

最初は、記事を投稿してもビューが100未満、スキが10未満だったのが、いつの間にか大きくなっていることが嬉しい。そして、続けてよかったと心から思っている。

10万ビューを超えているユーザーに、すごく憧れた時期もあった。「これだけ注目されるということは、何かしら有名な人なのだろう」と、自分との差を違いを言い訳に、憧れ止まりにしていた。ただ、いつかは自分もその景色を見たいと思いながら、模索しながらnoteを更新してきた。

さらに、文章が売れる未来にも憧れていた。自分は作家でもなければ、普通のサラリーマンだ。昼間は外回り営業で、都内をひたすら歩いている。そんなぼくが、文章を書いたところで買ってくれる人が現れると思わなかった。ぼくの文章を買うより、有名な作家さんの本にお金をかけたほうがいいと思っていた。

それでも、文章が売れる姿に憧れていた。そして、「収益がいくら達成しました!」という報告記事は、ぼくに夢を与えてくれた。ここで次に進もうとするか、それとも自分には出来ないと諦めるかどうかで、憧れ止まりで終わるか決まってしまう。

「憧れ止まり」で終わるパターンは、最初から無理と断念するか、試しに足を踏み入れてみたものの、結局「もういいや」と投げだすパターンがあると思う。たとえば、エベレストに登頂することは、瞬発的に断念するはずだ。しかし、富士山であれば少し挑戦している姿が想像できそうだ。イメージが湧きやすいものに、まず踏み入れてみるのが人間だと思う。

英語の勉強もそうだ。何度挑戦したかわからない。勉強をはじめる前は、すでに頭の中で、巧みに英会話を楽しむ姿が想像できていた。参考書を購入して、通勤中の電車の中で眺めては、勉強している自分に満足しながら投げ出していた。

英語の勉強は続かなかった。でも、noteはなぜか続けることができた。労力的には、英語の勉強よりもnoteの方が大変だ。毎日ネタを探しては、1000字以上の文章を書きつづけるのは、修行僧のような気分になりそうになる。それでも、続けることができたのは「noteに限らない、続ける条件」のようなものがあると思う。


それは・・・・

・今の場所を知ること
・憧れに一歩だけ近づくこと
・何でもいいので「楽しい」と思える理由を見つけること

だと思う。

ぼくは、一度だけnoteをやめた時期がある。その時期は、仕事やプライベートが忙しく、noteを後回しにしていた。しかし、復帰して有料記事の販売に挑戦したことをきっかけに、noteを毎日書く習慣が生まれた。この、販売に踏み切ったことが、自分の場所を理解するきっかけになった。


「やっぱり、まったく売れなかった」

そこで、誰かの有料記事を購入した。すると、自分の文章との「質の差」を感じた。読んでいるだけで買いたいと感じさせる構成と文章力に、カフェで読みながら感動したのを覚えている。そこから売れる文章について勉強をはじめた。これが、憧れに一歩だけ近づいた瞬間だった。

その成果として、ぼくの文章をはじめて買ってもらうことができた。あまりに嬉しかったので、すぐ妻に報告した。その文章を見せたとき、「面白い文章を書くようになったね」と言われて、はじめて楽しいと感じた。

その小さな積み重ねの先に、気づけば70万ビューという景色が待っていた。最初に憧れていた「10万ビュー」の人たちと同じ場所に、自分も立てている。あの頃の自分に「憧れ止まりで終わらなくてよかった」と伝えたい。投げ出していたら、この景色は見られなかったはずだ。

そして、はじめて100円noteが売れてから、気がつけば大型家電製品が買えるくらいの収益を生み出せている。作家ではない、ただのサラリーマンがnoteで収益を生み出せているのだ。

続けてこられたのは、数字を追いかけるだけではなく、学びを得たり、誰かの反応に励まされたり、そして「楽しい」と思える瞬間があったからだ。そういったことも含めて、ぼくのnote人生はこちらの記事にまとめている。

70万という数字は、通過点にすぎない。けれど、ここまで歩んできた道のりは、間違いなくぼくにとって大切な宝物だ。これからもnoteを書き続け、まだ見ぬ景色をひとつずつ確かめていきたい。


おかげさまで、70万ビューを突破!! いつもありがとうございます!

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