上司ガチャに外れた友人
「俺、転職するから」
友人の山本は、追加のオーダーくらいサラッと言った。その一言を遮るように、やたらと声が通る女性店員が2杯目のハイボールを山本の前に置いた。
10年前までは、転職というフレーズは「逃げ」の代名詞のように扱われていた。口に出すことすら、どこかタブーに近い雰囲気があった。
でも今では、転職は“選択”であり“戦略”だ。言葉の重みは薄れたかもしれないが、それは自由度が増したという意味でもある。
転職理由は、上司ガチャの失敗だった。
上司ガチャは、配属された部署で当たる上司の良し悪しは運次第であるという状況を、カプセルトイのガチャガチャに例えて表現した言葉だ。山本はガチャガチャで外れを引いたということだ。
彼は都内の印刷会社で働いている。社員は200名ほどで、平均年齢は45歳と高めだ。3年前に子会社として買収された。話を聞く限りは仕事自体にストレスを感じることはなく、親会社に紐づいて労働環境は整えられているので、割と定時には帰宅できていた。
問題は、直属の上司だった。
直属と言っても52歳、山本とは20歳近く離れている。何を依頼しても作業が遅く「あとは頼んだよ」「あれ、どうなっている」「どうしたい」といった、抽象的な指示しか出してこない。
挙句の果ては、社内決済の遅れで顧客に迷惑をかけたにも関わらず「私は事前に確認してるけど、君が出すのが遅かったんじゃないか」と責任を押し付けてくる始末だそうだ。
一刻も早く上司の元から離れたいと、部長に申告したが「もう少し我慢して頑張ってもらえないか」と言われたそうだ。それに腹を立てた山本は、転職を決意したという。
直属の上司が外れる経験は私もある。
私の場合は、とにかく心配性な上司を相手にしていた。しかも、自分が関わるときだけ心配性になっていた。
例えば、納品予定の商品が製造遅延となり、客先から少しでも予定を早めてほしいと催促が来た。上司に報告すると、
「なんでそんなことになったか、経緯をまとめて報告して!」
と、経緯報告書を書かせてきた。しかし、遅延になる可能性も含めて事前に上司には報告していた。そのとき上司は「まぁ、遅れたらその時に対処すればいいんじゃないか」と他人ごとだった。
経緯をまとめるほどでもないうえに、事前に説得材料は揃えていたので、客には事情を説明して納得いただいた。それでも上司は、部長に報告するために経緯が知りたいと報告書を求めてきた。
このような上司に限って評価は雑だ。管理しているつもりになっているので、私がどのような業務をしているかを理解していない。そのような人の評価に昇給が関わっていると考えると悲しくなる。
山本も同じ気持ちを味わっていたのだろう。
2回の転職を経てわかったことがある。残念ながら、どの会社にも外れ上司がいることだ。しかし、それは仕事の出来とは別の相性的な外れも存在する。
つまり、周りから仕事が出来てバリバリ働き尊敬されている上司と、たまたま相性が合わずにコミュニケーションが取りにくいということもあるということ。
だから、「直属の上司が苦手だから」という理由だけで転職しても、また似たような壁にぶつかるかもしれない。
そんな時、私が取るのは「直属の一つ上」を狙う戦略だ。
例えば、直属の上司が課長であれば、仕事の報告等はしっかりとしつつも、普段から部長と小まめにコミュニケーションをとっておくことだ。
もちろん、直属の上司を飛び越えての報告はご法度。段階は焦らずしっかりと踏み、あくまでコミュニケーションをとることに注力する。
私の場合は、重要顧客に対して部長に同行営業を依頼し、外回りの機会を利用してコミュニケーションをとっている。業務に関連する話から、徐々に価値観や考え方まで共有できるようになると、直属の上司以外からも評価を得られるようになった。
このように周りから固めていくことで、信頼度は格段に上がる。それまで、課長(直属の上司)からの視点しか見えなかった私を、直接部長に見せることで評価も変わってくるのだ。
山本に足りなかったのは、直属の上司とだけコミュニケーションをとっていたことだった。だから、部長から見れば「まぁ、山本君もまだ若いだろうからな」という評価になってしまう。
社内の立ち回りで最も大事なのは、味方を作ることだ。
仕事の成果はもちろん大切だが、誰と組んで、誰に見られているかによって、その評価は大きく変わる。直属の上司との関係がうまくいかないときこそ、社内に別の視点を持つ「味方」を増やすことが、働きやすさを大きく左右する。
転職は、環境を変える有効な手段のひとつだ。ただ、転職を決意する前に「自分の見せ方」を少し工夫するだけで、状況が変わることもある。
山本のように、上司に恵まれずに悩んでいる人にこそ、「一つ上を狙う戦略」と「社内に味方を作る視点」を、思い出してもらえたらと思う。
いいなと思ったら応援しよう!
もしよろしければサポートをお願い致します。頂いたサポートは、みなさまの有料記事購入に使用させていただきます。