「重複≠じゅうふく」という風潮が生まれた理由を"徹底的"に説明する【慣用読み】
皆さんは「重複」をどう読むでしょうか?
本来は「ちょうふく」が正しいが、「じゅうふく」も市民権を得て今ではどちらでも良い――というのはよくある説明ですが、実は結構勘違いされていることも多く、もっとスケールが大きいです。
確かに、伝統的に「ちょうふく」が規範とされていたのは事実です。
かつて「ちょうふく」のみを認めていたNHKが、1994年に「じゅうふく」も認めたり、2004年の文化庁の調査でも「じゅうふく」と読む人が76.1%にのぼっていたりと、戦後から平成初期だけ見れば上の話は合っているように見えます。
しかし、実は漢字音の歴史を踏まえると一方だけが「本来の読み」というわけではありません。実際、「重複」が多く使われるようになった明治から昭和前期の文章のルビではどちらも使われていますし、昔から両方の読みが辞書で見られます。
では、どうして「ちょうふくが正しい」「じゅうふくが本来誤読」といった主張が生まれたのでしょうか?
世間ではこうした説明・議論は多くあるものの、限られた情報や判断だけでいい加減に結論付けているものが多いです。本記事ではそうした世間で言われる主張の問題点を指摘しつつ、「重複」の読み方事情を近代以降の資料や辞書の記述を踏まえて紹介します。
また、以前の記事を補完する内容です。
先に結論だけ
先に断りますが、あらゆる文献を参照したため"大変長い記事"ですので概要だけ書いておきます。
結論としては「ちょうふく」が正しいと言われるのは、大きく次の4つだと考えています。
辞書が明治期以降、伝統的に「ちょうふく」を主な読みとしているから
戦後、NHKが読み方を1つに定める目的で「ちょうふく」を採用するなど、規範側が「ちょうふく」を主にしているから
平成中期の日本語ブームや近年のショート動画の流行などで、こうした揺れる表現に「じゅうふく」が誤りとみだりに白黒つけられているから
「ちょうふく」と読むのが一つの教養という風潮が高まっているから
漢字音という観点で考えると「じゅうふく」でも「ちょうふく」でも妥当な読み方であり、実際多くの用例が多く現れる明治期にはどちらの読みも同じぐらい見られます。そのような中で「ちょうふく」が規範的だという風潮が高まったことか原因と考えます。
まず「重複」に2つの読みがあるのは漢音・呉音という音読みの違いです。特に江戸時代まではあらゆる熟語に対して、「変化」の「へんか(漢音)」と「へんげ(呉音)」のように複数の読み方が存在し、ルーツの観点では一方が本来・誤読といった関係はありません。
ただ明治以降こうした読み方が一つに収束する中で「重複」はずっと拮抗していて、明治期〜昭和前半の文章ではどちらの読みも同じ程度使われています。
一方、(決定的な理由は不明ながら)「ちょうふく」を見出し語にしたり、両方の読みを載せつつも「ちょうふく」を主とする辞書が増え、現在もその流れが続いていると思われます。
大正ごろから「ちょうふく」が正しいと主張する書籍が現れます。
「「重」の熟語は「重い」の時「ジュウ」、「重なる」の時「チョウ」と読み分ける」といった読み分けがあることを根拠とするものが多く、現代でもしばしばそう説明されます。しかし、本来漢音・呉音の間で意味の違いなく、「重」の場合も「重い=ジュウ/重なる=チョウ」説も多くの反例があり不十分な説明です。
戦後でもこうした風潮は続きますが、中でも日本放送協会(NHK)が1951年に「チョーフク」のみを採用した影響は大きいと思われます。その直接的な理由は不明ながら、当時、読みが揺れている熟語の読み方を統一させる動きを見せていたことや、辞書が「ちょうふく」を主としていたことが関係すると考えられます。
それ対して、民間やNHKのアンケートでは「じゅうふく」と読むが多数派であるという結果が出ており、戦後に「じゅうふく」と読む人が増えたと嘆く意見も見られます。
明治期と現代の辞書を比較すると、「重婚」「重訂」など重なるの意味で「チョウ」と読まれていた熟語が「ジュウ」に変化しているものが多く見られます。こうした単純化の過程で、「じゅうふく」と読む人が増えたと考えられます。
また、昭和末期のNHKは揺れている語の読みを無理に統一させず、複数認める方針に切り替えていました。NHKは1994年に「ジューフク」の読みも認めたのも、アンケートの結果や昔から読みが揺れている事実を踏まえたものです。
とはいえ、「今ではどちらでも良い」と簡単に結論付けられません。
特に平成中期は日本語・漢字ブームで「正しい日本語」が注目された時期でした。「じゅうふく」が言葉の乱れとして捉えられるようになりました。実際近年のWEBアンケートながら「ちょうふく」が多数派である結果が複数見られます。
また、最近は読みの正誤表やショート動画などで、文脈などを一切説明せず「じゅうふく」は誤りという説明が増え、単純化された雑学として扱われているのも影響していると考えられます。
つまり、現代で「重複」の議論が絶えないのは、どちらの読みでも良い風潮が高まる中で「じゅうふく」が誤読という考えが一つの"教養"として語られた結果だと結論づけます。
このように「重複」の読み方は、戦後の過剰な規範意識が見直されたという捉え方の方が妥当ですが、現代では安易にどちらでも良いと判断できない複雑な問題です。「じゅうふく」に違和感を持つ人が増えたのも、ある意味では言葉の変化と言えるでしょう。
前回のおさらい
冒頭に挙げた前回記事の概要を、前提知識として書きます。
漢音と呉音
音読みとは古い中国語を日本語で表現したものです。その中国語にも複数の地域・時代のルーツがあり、その違いによって「呉音」「漢音」といった区分が存在します。例えば「行」の「ギョウ」が呉音、「コウ」が漢音です。
「重」の2つの音読みもこのルーツの違いによる影響で、呉音が「ジュウ」、漢音が「チョウ」です。
漢音と呉音は揺れる
江戸時代までは音読中心で、漢籍を読む際、仏教では呉音、儒学では漢音などと、分野によって読み方が異なりました。そのため同じ熟語でも複数の正式な読み方(字音通りの読み方)があり、特に「重複」を含め中国から伝来した漢語は、漢音/呉音の違いだけでどちらかの読みが本来と判断することはできません。
一般層でも呉音/漢音の一般な読み方が変化することもありました。例えば『漢字文化辞典』によると江戸時代では「開発」は「かいほつ」と呉音で読まれていたそうです。
意味による読みわけではない
漢音と呉音が異なるのは時代や地域の差による影響であるため、基本的に漢音/呉音の差は意味の違いには直結しません。
「重」は「重い」の意味の時は「ジュウ」、「重なる」の意味の時は「チョウ」と読み分ける。そのため「重複」は「ちょうふく」が正しい。
上のような意味による読み分けがあるという説明がよく見られますが「二重」や「荘重」など多くの反例が存在します。(似たような話で現代の中国語(普通話)で「重」に「chóng」と「zhòng」の読み分けが存在することを根拠にした主張でも同じことが言えます)
漢字音の一元化
明治時代は、普通教育が始まり一般市民にも漢語が広がったり、国内で多くの漢語が生み出されたりと動乱の時代でした。
ただ、1つの漢字に複数の読みが存在するのは記憶の負担になるため、一つの音だけが使われるなど単純化する方向に変化している現象が見られます。それを屋名池(2005)は「漢字音の一元化」と呼んでいます。(ただし石山(2018)はこのような傾向は中世から起きていたことを指摘していますが、いずれにせよ漢音・呉音の変化が激しい時代でした)
また、先ほど漢音・呉音の違いでは本来は意味による読み分けは生じないと書きましたが、こうした漢字音の一元化により意味による読み分けが暗黙的に生じることもあります。
「省」の場合は、この2つの音読みは漢音と呉音の関係で、意味のちがいではありません。そこで、理論的にはセイと読もうがショウと読もうが、「完全な間違い」ではないことになります。
しかし、実際には、この2つの音読みには慣習的な使い分けがあるようです。「省」には、大きく分けて「かえりみる」「はぶく」「役所」の三つの意味がありますが、一般には、「かえりみる」の場合はセイ、「はぶく」「役所」の場合はショウと読むことが多いようです
例えば「省」も「はぶく」時は「ショウ」、「かえりみる」時は「セイ」になりやすく、「省略」は「ショウリャク」、「帰省」は「キセイ」と普通読まれています。[注1]
ただし、「重い=ジュウ/重なる=チョウ」と仮定すると「重版」や「荘重」など反例が多くあることから、「重」が「チョウ」より「ジュウ」の方が一般的な音読みとして広まっている影響を受けて、「重複」も「じゅうふく」が増えたものではないかと私の前回の記事では結論づけています。
ただ、漢音・呉音による意味の読み分けがあるという主張は実は大正から昭和前期の書籍にも存在します。そこで、本記事では昔と現代の辞書を踏まえより詳細な調査をしています。
ジュウは慣用音か?
先ほど「ジュウ」は呉音と書きましたが、20世紀末までは呉音は「ヂュ(ジュ)」であるはずと考えられたことで「ジュウ」が慣用音と見なされ、それを根拠に誤りとする意見も見られます。
重は漢音ちょう、呉音ぢゅナリ ぢゅうハ慣用音ナルモ唯一部ニ用ヒラルルノミナリ
例えばこの大正時代の書籍では慣用音を用いているから正すべきという主張していますし、『高能率事務のとり方 : 補導教科・執務参考双用』動相科学社(1941)でも「誤讀音に用ひられてゐるが、正讀に正さねばならぬ文字」として「ヂュウフク」を誤読例と示した上で「チョウフク」を正音としています。
慣用音とは?
音読みの中でも誤読や音の変化で元の漢字音を反映していない音読みを「慣用音」と呼びます。例えば次のようなものがあります。
漁(リョウ)
本来は「ギョ」(漢音)であるが「猟」の影響を受けている
輸(ユ)
本来は「シュ」(漢音)であるが「愉」「諭」の影響を受けている
雑(ザツ)
元々は「ザフ」(漢音)で「ザフ→ザウ→ゾウ」となるのが自然であるが、「雑踏」など熟語内で「ザッ」に変化した名残で「ザツ」とも読まれる
このように慣用音には別の字につられたり熟語内の音が変化したりしたものが多いです。
字音仮名遣の限界
ただ「慣用音」という用語は曖昧に生まれたもので、中澤(2019)によると字音仮名遣(反切という中国語での発音情報から、漢音・呉音を推定する方法)の流れを受けて、そこから外れた読み方を「慣用音」と呼ぶようになった経緯があるとされています。
全ての字に音読みを与える必要があったからとはいえ、機械的な推定であったために、実際の漢音・呉音の資料にある読み方さえも辞書上では慣用音とみなしてしまうことがしばしばありました。(中澤(2000)でもこうした演繹的な慣用音認定に対して国語学者から否定的に見られていることが分かります)
「重」もその一つで、かつての漢字辞典では呉音が「ヂュ(ジュ)」と判断され、「ヂュウ(ジュウ)」を慣用音と見なされていました。
しかし下記データベースによると、呉音系資料である『西方指南抄』専修寺本(1256-1257)には「重罪(チウサイ)」「尊重(ソンチウ)」と書かれるように実際の一般的な呉音は「ヂウ(ジュウ)」です。
ただ、従来の漢和辞典にいうところの慣用音は、本来正当な漢音・呉音であるものを、中国の反切資料にそぐわないという理由から、あるいは漢音・呉音を記述する直接資料を確認する手続きを経ず、やみくもに慣用音と判断したものが多い。
「重」は「鍾韻」の三等に属する字で、従来は漢音「チヨウ」、呉音「ヂユ」、慣用音「ヂユウ」とされてきた。このうち呉音については一様に「ヂウ」であるから、正しくは漢音「チヨウ」、呉音「ヂウ」とすべきものと考えられる。(中略)(沼本克明博士説)
そうしたことから、近年では実例を踏まえて漢音・呉音を判断するようにしています。特に漢字学者の沼本克明から「重い」の呉音は「ヂユ」ではなく「ヂウ」とすべきことが指摘されており、他の漢和辞典でも20世紀末を境に「ジュウ」を呉音と認めるようになっています。

「慣用音VS字音」と「漢音VS呉音」
まとめると「重複」の読み方の問題は、昭和以前と現在で、それぞれ次のように捉えらえていました。
字音に従い読むか慣用音で読むか
例:貼付(ちょうふ/てんぷ)、早急(そうきゅう/さっきゅう)
漢音で読むか呉音で読むか
例:依存(いそん/いぞん)、出生(しゅっせい/しゅっしょう)
つまり明治〜昭和期は字音から外れた読み方を許容するべきかという議題であり、現在以上にどちらでも良いと言えなかったことに注意が必要です。[注2]
揺れる2つの読み方
まず、「重」のつく熟語がかつてどう読まれていたのか見てみましょう。
「ちょうふく」の読みは450年早く存在した?
日本最大の国語辞典「日本国語大辞典」には「ちょうふく」「じゅうふく」どちらも記載があり、それぞれが初めて使われた文献も確認することができます。
ちょうふく【重複】 杜詩続翠抄(1439年頃)
じゅうふく【重複】 最暗黒之東京(1893)
つまり、「ちょうふく」は室町時代から、「じゅうふく」は明治時代ごろから使われていたことが分かります。
このことから、「重複」の本来の読み方は「ちょうふく」であり、「じゅうふく」は後世になって登場した比較的新しい読み方だと考えられます。
しばしば上のように『精選版日本国語大辞典』を典拠に「ちょうふく」は室町時代から存在したという主張があります。
また、上のnote記事が述べるように、室町時代の『雑字類書(文明本節用集)』には「重覆」で「チョウフク」と記載があります。

確かに室町期から日本で「重複」の語が使用されていたこと、「重覆」が「チョウフク」と読まれた事実は重要ですが、室町時代から「ちょうふく」の読みが一般と判断するのは性急な判断です。
そもそも『杜詩続翠抄』には「重複」を含め漢語に振り仮名がありません。[注3]
つまりこれは「重複」という語の初例にすぎず、「重複」が「ちょうふく」と明確に読まれたと分かる最初の用例ではありません。
また、『文明本節用集』も「重」のつく熟語をすべて漢音で記載しているやや異質な本であることも注意が必要です。例えば室町期の『節用集』の尭空本では「重犯」「重代」などは「チウ」、「重祚」「重畳」などは「テウ」で立項するといったように多くの『節用集』は漢音・呉音の両方が使い分けられていました。
しかし、上記の通り、「ちょうふく」と明確に書かれた実例が1つしかないこと、かつて分野ごとに漢音・呉音の棲み分けにより同じ熟語でも2通りの読み方が存在し得た以上、室町〜江戸まで「ちょうふく」が一般的と判断するのは難しいです。
また、(元となった『大正新脩大蔵経』は1924-1932年に編纂されたものであるものの)「SAT大正新脩大蔵経テキストデータベース」という全文検索サービスでも中世の仏典からも「重複」の用例が確認でき、中世に「じゅうふく」とも読まれていた可能性は大いにあり得ます。
明治期の辞書
次に明治期の扱いを辞書を中心に見ていきます。
文化庁の『言葉に関する問答集8』(「ことば」シリーズ17, 1982年)という書籍には「重複」の読みについて次のような議論を行なっています。
1886年『和英語林集成(第三版)』から1898年『ことばの泉』まではチョウフクのみ収録
1908年の『ことばの泉 補遺』では「じゅうふく」を「「ちょうふく」の誤読」と記載
1911年の『辞林』以降は両方の読みを立項しつつも「じゅうふく」は「ちょうふく」を参照するように記載している
これらから伝統的な言い方はチョウフクであり、明治から大正にかけて口語で「ジュウフク」が増えたと推測
「重」は漢音がチョウ、慣用音がジュウである。「重」はジュウと読むものが多く、特に日常語ではその傾向があるため、ジュウフクは比較的新しい読み方と思われる
これを「国立国会デジタルコレクション」を中心に明治の書籍の用例や辞書で調べると、ある程度は正しいものの、実際は「じゅうふく」も昔から広く使われていたことが分かります。
まず辞書に関しては以下のような傾向があります。特に明治前半(1890年以前)は両者の読みが揺れていたことが分かります。
明治20年代まで「ちょうふく」と「じゅうふく」が拮抗
明治30年代に「ちょうふく」に安定
明治40年代に両方の読みを記載した辞書が登場

本文から省略しますが、国立国会図書館で読める大正から昭和初期の辞書でも「ちょうふく」のみ掲載、あるいは両方の読みを掲載する傾向が見られます。
ただし、あくまで辞書の見出し上の話であることに注意が必要です。
辞書に限らなければ、国立国会図書館デジタルコレクションで用例のある書籍数を調べても、明治後期からしばらく「ちょうふく」と「じゅうふく(ぢゅうふく/ぢうふく)」の数は半々であり辞書の傾向とは異なります。

辞書が「ちょうふく」を伝統的に主とした決定的な理由は不明です。しかし、1990年代以降に「ちょうふく」を主とする辞書が大半を占めるようになった状況とも整合することから、明治中期にあたる1880〜90年代に「ちょうふく」が優勢であった事実が、何らかの形で影響している可能性はあるでしょう。
また、しばしば「最近は広辞苑などの辞書も「じゅうふく」の読みを認めるようになった」と言われますが、1904年の『辞林』のように、じゅうふく誤読論が生まれる前から一辞書に両方の読みが立項されていますし『広辞苑』の前身である『辞苑』(1935)でも「じゅうふく」「ちょうふく」両方の項目が存在します。
『ことばの泉補遺』は例外として誤読を認めたからではなく、どちらも使われていたから両方載せたのでしょう。(じゅうふく単体であれば1875年の『熟字早引』などもっと早い例も存在します。)
尊重(そんじゅう)?重力(ちょうりょく)?
よくある的はずれな意見に「貴重はキジュウ、尊重はソンジュウとは読まない」といった、別の熟語を挙げて「ちょうふく」のみが正しいとする主張があります。
それで良いのなら同じロジックで重力や重大など普通チョウと読まない熟語を挙げて「じゅうふく」だけが正しいという意見が成り立ってしまいます。
閑話休題、明治初期の辞書を見ると「重複」に限らず「重」の付く熟語で読みが不安定なものが存在することが分かります。
CHōRYOKU チヤウリヨク 重力 n. graviton
此際に於て最も端正の重力を保持するが故
例えば和英辞典の先駆けである『和英語林集成』の第三版では「重力」を「チヤウリヨク(ちょうりょく)」としており、他にも『和訳英辞書』(1869)や『改正小学読本字引』(1876)など各種辞書の他、上記引用の通り普通の文章でも「ちょうりょく」が使われていました。

やや極端な例ではありますが、この字引では「重」の付く熟語を全て「チョウ」で統一しており「重大」「重刑」「重職」など現代の感覚に反するものも存在します。
「重箱」「重縁」や「重陽」「重畳」のように、当時からある程度読み方が固定されていた熟語もあるものの、「チョウ」「ジュウ」の読み分けは現代以上に曖昧だったことが窺えます。(ちなみに途中で挙げた『西方指南抄』専修寺本など、尊重(ソンジュウ)も昔は存在した読み方です。)
「じゅうふく」誤り論の登場
「漢字音の一元化」の節の通り「重なる=チョウ」「重い=ジュウ」ではないと書きました。しかし、大正時代以降「じゅうふく」を誤りとする書籍も現れ始めます。
ヂウフクと讀み誤り、複を復と書き誤つてる人も多いけれども、
(中略)
乃で重を「かさなる」或は「たつとぶ」意に用ふる場合は「チョウ」、「おもい」意に使ふときは「ヂウ」と讀む習はしに古來なつてゐる。されば重量・重心・重罪・重病・重要等の如きは「ヂウ」と発音するのだ。但し中には重箱・重圍などの如き例外もある。
【チョウ】は(かさなる)(重複、重陽、鄭重)
【ヂウ】は(おもみ)(重力、重役、厳重)
重は「おもい」ときは「ヂウ」だが「かさなる」又は「大切なるもの」のときは「チヨウ」である。「鄭重、重陽、貴重」などとするときは皆「チヨウ」。但し例外として重圍の「重」は「かさなる」の意だが「チヨウ」とは言はぬ。又重要の「重」は大切の意が強いといふので「重要」と讀むべきだと論ずる者もあるが、これは慣用に從つて「重要」と讀むべきが穩當である。
例外はあり慣用的な部分はあるが、読み分けは存在するという説明が多く、前節で例を挙げたように、「ジュウ」が慣用音という根拠を用いている書籍もあります。それ以外に理由の記載はないものの、正誤表で「ぢうふく」が誤りと示す書籍も昭和初期に多数見られます。[注6]
冒頭で意味による読み分け説を否定したのはあくまで現代の日本語での話です。明治期の段階では意味による分化が生じた(が後に多くの語が多数派のジュウに変化した)可能性を検討する必要があります。
意味による読み分け説の再考
明治期の辞書の比較
『デジタル大辞泉 第二版』では「重」に次の5つの意味を与えています。
目方が重い
程度が甚だしい
大切である・重んじる
軽々しくしない
重なる・重ねる
本論では1・2番目と3・4番目をまとめて「重い」「重んじる」「重なる/重ねる」の3つに分類し、それぞれどのように立項されているか見てみましょう。
比較的な主要かつ項目の多い明治期の国語辞典4冊に対して、「重○」の熟語に絞り、適宜新字体や現代仮名遣に改めた上で分類すると以下の通りです。
大槻文彦『言海』(1889-1991)
重い
ジュウ(5語): 重罪、重科、重体、重病、重役
チョウ(0語)
重んじる
ジュウ(2語): 重臣、重恩
チョウ(0語)
ジュウ/チョウ(1語): 重宝(ただし「じゅうほう」を正とする)
重なる
ジュウ(8語): 重言、重縁、重代、重々、重詰、重日、重箱、重版
チョウ(7語):重九、重三、重畳、重任、重年、重複、重陽
物集高見『日本大辞林』(1894)
重い
ジュウ(4語): 重罪、重傷、重病、重服
チョウ(0語)
重んじる
ジュウ(2語): 重恩、重大
チョウ(0語)
ジュウ/チョウ(1語): 重宝
重なる
ジュウ(5語): 重縁、重代、重々、重詰、重箱
チョウ(9語): 重九、重三、重祚、重畳、重任、重犯、重百、重複、重陽
落合直文『ことばの泉』(1898)
重い
ジュウ(10語): 重痾、重荷、重科、重罪、重曹、重心、重傷、重体、重担、重量
チョウ(0語)
重んじる
ジュウ(4語): 重恩、重臣、重大、重任
※重任は意味による読み分けあり
チョウ(0語)
ジュウ/チョウ(1語): 重宝
重なる
ジュウ(8語): 重縁、重器、重肴、重台、重詰、重日、重箱、重服
チョウ(11語): 重婚、重三、重訂、重畳、重瞳、重任、重年、重宝、重複、重陽、重利
金沢庄三郎『辞林』(1907)
重い
ジュウ(20語): 重科、重患、重刑、重罪、重創、重症、重傷、重賞、重心、重体、重典、重土、重砲、重罰、重犯、重幣、重油、重量、重力、重禄
※重犯は意味による読み分けあり
チョウ(0語)
重んじる
ジュウ(14語): 重要、重恩、重器、重職、重臣、重大、重鎮、重点、重任、重宝、重物、重役、重用、重位
※重任は意味による読み分けあり
チョウ(1語): 重賞
重なる
ジュウ(11語): 重縁、重言、重肴、重代、重台、重大、重々、重詰、重日、重箱、重版
チョウ(13語): 重九、重五、重三、重選、重祚、重訂、重任、重畳、重年、重犯、重陽、重利、重囲
ジュウ/チョウ(2語): 重婚、重複
この比較を通すと次のような傾向が見えてきます。
「重○」で「重い」や「重んじる」の意味の時は「ジュウ」
※後述の通り「荘重」「尊重」「慎重」など「○重」の場合はその限りではない
「重曹」「重力」など科学用語は「ジュウ」
「重○」で「重なる」意味の場合は「ジュウ」と「チョウ」のどちらの読みも使われる
「重箱」「重詰」「重台」「重器」など重箱の派生語は「ジュウ」
「重三」「重九」「重陽」など節句関係の語は「チョウ」
特に『辞林』で「重犯」に対し、重い罪の時は「じゅうはん」、再び罪を犯す時は「ちょうはん」、「重任」に対し、重要な任務の時は「じゅうにん」、再び就く時は「ちょうにん」と読み分けていることも「重い=ジュウ/重なる=チョウ」説を顕著に示した例と言えます。
とはいえ、「重複」を含め「重なる」の意味の漢語はどちらの読み使われており、「重なる」だから「ちょうふく」が妥当という主張は明治期でも難しいと言えるでしょう。[注7]
ただ、『ことばの泉』『辞林』を見ると「重なる」で「ジュウ」と読む熟語のほとんどが重箱関連の言葉なので、それを除くと絶対的ではなくてもそのような傾向は強いと言えるかもしれません。
現代における漢字音の一元化
上記の比較として『三省堂国語辞典 第八版』(2021)も見てみます。屋名池(2005)では1字目・2字目の位置によって読み分ける例も存在すると述べているため、「〇重」のパターンも調べています。
重い
1字目
ジュウ(27語): 重圧、重課、重患、重機、重苦、重刑、重厚、重罪、重傷、重症、重職、重心、重水、重税、重責、重曹、重体(重態)、重鎮、重電、重度、重篤、重爆、重罰、重犯、重砲、重量、重力
チョウ(0語)
2字目
ジュウ(8語): 加重、荷重、過重、厳重、自重、体重、鈍重、比重
チョウ(1語): 荘重
ジュウ/チョウ(1語): 軽重
重んじる
1字目
ジュウ(9語): 重恩、重視、重賞、重臣、重大、重点、重任、重役、重要
チョウ(0語)
ジュウ/チョウ(2語): 重宝、重用
2字目
ジュウ(0語)
チョウ(8語): 貴重、自重、輜重、慎重、尊重、珍重、丁重(鄭重)、偏重
重なる
1字目
ジュウ(15語): 重囲、重言、重合、重婚、重々、重出、重唱、重奏、重盗、重任、重箱、重犯、重文、重訳、重連
チョウ(3語): 重畳、重祚、重陽
ジュウ/チョウ(2語): 重訂、重複
2字目
ジュウ(6語): 鰻重、五重、三重、四重、多重、二重
チョウ(0語)
これを踏まえると次のように整理できます。
重い、程度が甚だしい意味の時は「ジュウ」に収束
「軽重」「荘重」など少数の例外あり
重んじる、軽々しくしない意味の時、「重〇」なら「ジュウ」、「〇重」ならチョウに収束
「重宝」「重用」など少数の例外あり
重なるの意味の時は「ジュウ」と「チョウ」の両方が見られる
ただし、明治期より「ジュウ」への収束が見られる[注8]
もちろん暗黙的に生まれた読み分けのためあくまで傾向にすぎません。ただ、「貴重」や「慎重」などが「チョウ」で定着している理由が「「重」が2字目にあり「重んじる」の意味だから」という背景も見えてきたり「重なる」の意味の際に「ジュウ」と読む割合が大きくなったことが窺えたりします。

特に後者に関して、現代の国語辞典2冊にある熟語を対象に、明治から大正の辞書10冊の見出しを比較すると「重訂」「重任」「重犯」「重囲」「重婚」「重祚」で「チョウ」→「ジュウ」の変化が見られます。
また「重任」「重犯」といったかつて意味による読みわけがあった熟語が全て「じゅう」読みに収束しています。さらに近代の辞書に掲載されていない新しい熟語が軒並み「ジュウ」読みである点も、ジュウ勢力の拡大を裏付けているでしょう。

湯沢(2017)は複数の読みがある漢字に対して、読み方によって造語力の高さが異なることを述べます。また、本書では、「重」は基本的に音読み同士・訓読み同士でしか熟語を作らず、「重箱」や「鰻重」など重なるの意味かつジュウの読みの時しか音読みと訓読みが混ざらないことを指摘します。
近世に生まれたと思われる熟語が軒並み「ジュウ」であることも踏まえると、現代では全体的に「ジュウ」の方の造語力が大きくなったため、重なるの意味の熟語でも「ジュウ」への一元化が進んだと言えます。この動きによって「ちょうふく」→「じゅうふく」への変化が促されたのだと考えられます。
NHKの見解
ここまでは書き言葉での話です。次に昭和期のNHKの動向を踏まえ、話し言葉の規範形成について見ます。
大正末期から日本放送協会でラジオ放送が始まり、昭和初期には「耳のコトバ」の規範が求められました。1939年の『放送用語調査委員会決定語彙記録(一)』という言葉の揺れの整理を目的とした資料でも、アクセントの次に漢語の読みが問題として挙げられています。
NHK放送文化研究所の浅井(1997)の『放送と「発音のゆれ」』や塩田(2015)の『放送開始初期における漢語の扱い』などで当時の話がまとめられており、特に前者では「重複」の扱いを詳らかに記載しています。
先にNHKの方針をまとめると以下の通りです。
昭和10年(1935)
「じゅうふく」を優先。
昭和18年(1943)
「じゅうふく」「ちょうふく」どちらも可。
昭和26年(1951)
「ちょうふく」のみ可。
平成6年(1994)
「ちょうふく」を優先。「じゅうふく」も可。
個人的な推測ですが、特に昭和後半までNHKが「ちょうふく」のみ認めていたことは影響が大きく、ネットで言われる最近は「じゅうふく」が認められるようになったという話もこの1994年の方針転換が関連していると考えています。
現在では「じゅうふく」も慣用読み(元来の読み方ではないが広く用いられる読み方)として使われていますが、NHKでは「ちょうふく」を採用しています。
例えばこちらのインフルエンサーが著した書籍では次のように説明していますが、昔のNHKの方針を参照しているか、『NHKアクセント辞典』における放送での読みの優先関係を、正誤判定かのように解釈しているので不十分な説明です。[注9]
簡潔性が求められた放送初期
五.漢字の読み方の整理は次の原則によること。
イ 読み方の順位(第一音以下)を定めること。
ロ 第一音は、必ずしも字典が正式のものとして示す音に拘泥せず、広く常用されるものを採用すること。
【例】行 第一音(仮定) コー(漢音)
京 第一音(仮定) キョー(呉音)
重 第一音(仮定) ジュー(慣用音)
1934年の「放送用語委員会」では語彙やアクセント・発音などが議論されています。第二回では読み方が分かれている熟語に関しては簡潔化を図るため「第一音」(最も広く使われている音読み)の方を採用する方針が取られました。その具体例に「重」の「ジュー(慣用音)」が挙げられています。

「ジユウ」を第一音として、漢文風の成句の外は主として「ジユウ」を用ふることとす(「重寶な」は別の意味)
そうした流れを受けて、同年に発表された『常用漢語発音整理表』で「ジュウフク」を採用しています。
ただ、1938年に放送用語委員会では、慣用音に対して「教育の普及と字典の普及とによって、漸次、字典音に改定されつゝある」とした上で「なるべく字典音に依ること」が提案され、「絶叫(ぜっきゅう→ぜっきょう)」「満腔(まんくう→まんこう)」など慣用音を字典音に改める動きが生まれます。
「アクセント辞典」の変遷
NHKは昭和に4度『日本語アクセント辞典』『日本語発音アクセント辞典』といった放送の標準発音を示した書籍を刊行しました。その際「重複」を以下の方針で定めています。
昭和18年版(1943年)
チョーフク/ジューフク(それぞれ立項)
昭和26年版(1951年)
チョーフク
昭和41年版(1966年)
チョーフク
昭和60年版(1985年)
○チョーフク ×ジューフク
(ことばのハンドブック 第2版(2005年))
①ちょうふく ②じゅうふく
浅井(1997)ではアクセント辞典の4冊を比較し、18年版が慣用音を広く認めた傾向があること、26年版では揺れる読みを統一させた傾向にあること、41年版、60年版では複数の読みを徐々に許容させる動きがあることを述べています。「重複」もこうした動きを踏まえたものでしょう。[注10]
ただし、26年版で「ちょうふく」のみを採用した理由は、直接的な資料が散逸して不明であるものの、戦後に「用語研究会」や「アクセント辞典編集委員会」が発足したことや、字音通りに読む規範意識が高まったものと考察されています。
このように語法とか、読みに揺れのあることば、ふたとおりのものが通用していることばにおいては、放送で出しますときには、結局どちらかの形を採らざるを得ないわけです。これはこう読むけれども別の読み方もあるのだということを一々断わるわけにまいりません(笑い)ので、どちらかにやはり寄せなければいけない。
実際、1962年、NHKの講演会の内容で「チョウフク」と読むのはどうしてかという問い合わせがあったことに対して、当時のNHK所長・片桐顕智は、どちらかに統一せざるを得ないとしつつも、世間での多数派、伝統的な読みや辞書の立場、揺れが生じた時期、将来的な規範性などを総合して判断していると回答しています。
こうした複数の要素を総合して読みの統一を重視していたことを踏まえると、浅井(1997)が指摘した事項以外にも多くの辞書が「ちょうふく」を主な読みにしていたことが影響したのではないかと考えられます。
「ジューフク」許容への動き
一方、昭和38年(1963年)から「発音のゆれ」の調査で、委員会の決定と実態に乖離のある熟語を中心にアンケートが行われました。「重複」もNHKで4度調査され比較的拮抗していたことが分かります。
館山・東京調査(1968年)
チョーフク: 20% / ジューフク: 78%
放送のことば第1回アンケート(1968年)
チョーフク: 51% / ジューフク: 47%
100人アンケート第4回(1991年)
チョーフク: 60% / ジューフク: 40%
全国オムニバス調査(1993年)
チョーフク: 19% / ジューフク: 79%
なお、民間の書籍でも同様の結果が見られ、奥秋義信『ニュース原稿の書き方:その理論と実際』岩崎放送出版社(1970)の調査では18~36歳の男女120名のうち、92人の76.7%が「じゅうふく」と読んでいたそうです。
<決定>
放送では、「チョーフク」の読みを優先とするが、「ジューフク」と読んでも良い。
<注>専門用語は、その分野の読みに従う。
(中略)
<理由>
1 伝統的な読み方は「チョーフク」であるが、現在では「ジューフク」と読む人がかなり多い。
2 ほとんどの国語辞書が、昭和の初期から、「ジューフク」の読みを記載しており、「ジューフク」は、以前から一般に使われていると思われる。
3 専門用語は、それぞれの分野での読みの慣用に従った方がよい。
こうした調査を踏まえ1994年の「公開放送用語委員会」で第2の読みとして「ジューフク」を認めるようになりました。
昭和9年以降は、ほとんどの辞書が「チョーフク」を主見出しとし、「ジューフク」を語釈中に示すか、または参照見出しという扱いをしている。また昭和40年代の後半から50年代にかけて、「チョーフク」「ジューフク」の両方を主見出しにしている辞書が2〜3ある。
特に2つ目の昭和初期から読みが揺れていた事実を勘案していたことは意外と知られていないと思います。(実際は明治期から揺れていますが)[注11]
NHKが「じゅうふく」を許容したのも単に誤読を認めたからというより、言葉の実態を踏まえて簡潔性を見直したからと位置付けられるでしょう。
「じゅうふく」読みへの違和感
最後に、戦後におけるNHK以外の「ちょうふく」の扱いを見てみます。
1960年代ごろから「じゅうふく」を誤りとして紹介されるケースが再興します。
笑いがとまらないのはこのことよ!『重複』を『チョウフク』と読まないで『ジュウフク』と言ったり、『誤謬』を『ゴビュウ』と読まないで『ゴビョウ』と言ったり……残念ながら、常識人とは、チョイとお見受けかねるわ。
(中略)
『重複』を「ジュウフク」といいだした狂人、『誤謬』を『ゴビョウ』といいだした狂人たちに圧倒されて、このせつは『ジュウフク』『ゴビョウ』が正しいと信じている者さえいる世の中だから、なげかわしい次第だわ。
例えば、上記は漫才形式で仕立てた話なので多少の脚色にはありますが、「ちょうふく」への規範意識や「じゅうふく」に変化している不安感があることは言えるでしょう。
このように、漢字で書かれているコトバのうちには、間違った読みで用いられやすいものがいくつかあります。こうした漢字の読みの間違いをしますと、話の信用を失うことさえあります。次にあげるコトバは、わたしが講演や放送や会話を聞いていて、耳に残ったものです。
①発起人 ハッキニン
②発足 ハッソク
(中略)
⑪重複 ジュウフク
ただ創作でない話でも、『司会のし方・話し方』学事出版(1972)では「じゅうふく」などを挙げ、「あらたまった話しをするとき、このようなまちがった言い方をしないのはもちろんです。」とするように、「じゅうふく」を誤りとする意見が見られるようになります。
また、岡一男『現代文の完全整理』旺文社(1957)や全国国語教育協議会編『小学生力の国語5000題(昭和35年度版)』教学研究社(1960)などで「まちがいやすい読みの漢字」の「誤」の例として紹介されるほか、『中2国語(中学ばらの問題集)』旺文社(1973)での読み問題や『教師用日本語教育ハンドブック2』)国際交流基金(1975)では正しい漢字の読みに○をつける問題で「じゅうふく」を誤読とみなするなど、教育側でも「じゅうふく」を誤りとする言説が見られます。(ただし、傾向にすぎず、70年代以前の問題集で両方正解とする書籍や80年代以降で「じゅうふく」を誤りと断じる書籍も見られます。)
「わかればよい。」などと放っておいたら、ぼくらの日本語はガタガタに混乱してしまうのではないだろうか。このことは「重複」をジュウフクと読んだり、「存在」をゾンザイと読むようなことにも言えることであろう。
現勢力ワ「ジュウフク」モ「チョウフク」モ互角ノ ヨウデ アルガ、「チョウフク」ノ ホウガ 標準的ト イエヨウ。シカシ、オソラク ソノウチニ「ジュウフク」ニ 征服サレル ダロウ。
言葉の移り変わりに従って、このように辞書自体その中身を変えてきている。(中略)
こうして言語文化は移り変わっていくのであろうが、古き良きものが失われていく一抹の寂しさもまた感じる。重複も"ちょうふく"だけでなく"じゅうふく"も載っている。
冒頭の話に加え、「じゅうふく」と読む人が増えつつあることを懸念する意見も散見され、現代の感覚に近い「じゅうふく」への抵抗感の基盤が形成されつつあることも窺えます。
「重複」は、以前は「ちょうふく」でなければならなかったが、慣用的に「じゅうふく」と読まれ、現在ではどちらでも正しい。
これらは二通りの読み方があり、しかも通常どちらも正しいのだ。重複はチョウフクと読んでもよし、ジュウフクとも読んでもよし、安心して今までどおりでけっこう。
一方、1980年代ごろから2通りの読み方がある漢字や、「慣用読み」(本来誤読であるが慣例的に定着した読み[注12])として紹介する書籍が現れ、「じゅうふく」を単なる誤読から切り分ける言説が見られるようになります。
例えば、『日本語最前線-赤ペン記者ノート-』毎日新聞社(1980)では伝統的でない読みを「慣用読みが普通になり、古い読みが捨てられつつあるもの」「古い読みと慣用読みが混在しているもの」「誤り読まれやすい語」の3つに分け、「重複」を真ん中に位置付けていますし、村石利夫『日本語の正典』池田書店(1980)でも「ふつうの読み」に対して「慣用読み(=もうすっかり人に親しまれて、間違いではないというもの)」として「じゅうふく」を取り上げています。同じように山本昌弘『漢字遊び』講談社(1985)も「慣用読み」と「誤読」を区別した上で「じゅうふく」を前者に分類しています。
また、1991年の『週刊読売』では「「重複」を「ジュウフク」と読み慣れてきましたので、「チョウフク」と発音されると不快感をおぼえます。」(1991年5月19日号 108Pより)、日本経営科学研究所の『Computer report』 (1992年 50Pより)では「日常の実感としては「ジュウフク」の方がピッタリする。「チョウフク」と読む人もいる、という程度が現代のように感ずる。」とあるように、90年代にはむしろ「じゅうふく」の方が自然という意見も見られました。
このように、「じゅうふく」と読むことを無教養と非難したり「じゅうふく」が主流になることを懸念したりする規範意識があったこと、後に「じゅうふく」を慣用的な読み方として許容する動きが生まれつつあることは、NHKの調査結果や動向とある程度一致すると言えるでしょう。
本当に誤読が市民権を得たのか?
本当に「じゅうふく」派が増えた?
文化庁は毎年「国語に関する世論調査」を行なっており、平成16年(2004年)に、「重複」の読み方の調査をし、「じゅうふく」が76.1%、「ちょうふく」が20.0%という結果になりました。
ここで興味深いのは「じゅうふく」と読む割合に年齢差が見られないことです。「十匹(じっぴき→じゅっぴき)」など変化しつつあるものは若年層ほど新しい読みを使っています。前節で述べた20世紀の調査で「じゅうふく」が多数派であったように、ここでも古くから定着していたことが窺えます。

平成中期の日本語ブームと「ら抜き言葉」
少し話は脱線しますが、平成中期は「日本語ブーム」だったと言われています。
飯間(2010)は「日本語」と付く書籍の数を年代別に調査し複数回日本語ブームがあったことを述べます。特に2002年以降は、斎藤孝『声に出して読みたい日本語』のヒットを皮切りに関連書籍が増え、書籍や番組が誕生しました。また、塩野(2010)は不況に伴うお金のかからない余暇として当時の日本語ブームを位置付けます。
また、朝日新聞クロスサーチで記事を「漢字」を扱った記事を年別に調べると2007〜2009年が突出しています。単に漢字を扱った定期的なコラムが計上されている影響もありますが、常用漢字表の改定の話や、麻生元首相の誤読問題、2008年度に289万人を記録しピークを迎えた日本漢字能力検定の記事も含まれます。
2004年に初版が刊行された出口宗和『読めそうで読めない間違いやすい漢字』が2009年にヒットしたのを筆頭に同時期に教養や不安を煽るタイトルの類書も見られ「正しい日本語」「正しい読み方」が注目された時代であるでしょう。[注13]
日本語倶楽部『読めないとバカにされる漢字1500』河出書房新社(2008)
日本漢字読み研究会『読めないと他人に笑われる「漢字」 思い込み!?うろ覚え!?勘違い!?』主婦と生活社(2009)
誤読&難読漢字研究会『この漢字、正しく読めますか? KY(漢字よめない)にならないための誤読漢字1300』ゴマブックス(2009)
日本のことば研究会 『読めないと恥をかく漢字の本』三笠書房(2009)
書けない漢字研究会『書けそうで書けない間違いやすい漢字』彩図社(2009)
田畑(2015)でも「漢字ブーム」の実態の調査を考察しており、漢検の流行、書籍や番組・ゲームの隆盛などを通して「日本語ブーム」の一環として位置付けます。[注14]
そのような中で興味深い動きを示したのが平成初期〜中期にかけての「ら抜き言葉」の変化です。
日本語の可能表現の体系的な整合性を確保する方向に向かう合理性の高い変化であると言えるのであるが、一方で、この形式に対する誤用意識は依然として強い。この形式の使用率の推移に、奇妙な現象を生じている。
日高(2009)は、1990〜2000年代における文化庁の複数回の調査結果を比較し、1980年代まで「ら抜き言葉」使用率が増えていたのに対して、1990〜2000年代では年齢を重ねるにつれて「ら抜き言葉」を使わなくなる層が存在することを指摘します。
こうした背景に、1990年代には行政の世論調査や国語審議会報告が「ら抜き言葉」を取り上げ、主要メディアでも論じられたことがあると考察し、「脱・若者言葉」といった誤用意識が言語変化を抑制した事例として取り上げています。
「慣用読み」から「誤読」への転換
話は戻しますが、こうした日本語・漢字ブームの中で、2004年に文化庁が「重複」の調査を行ったことは「ら抜き言葉」と同じく「じゅうふく」誤読論を強める契機になったのではないかと考察します。
慣用句の意味に関する設問の話ではありますが、新野(2024)は文化庁の報告記事を比較し、メディアが「本来・非本来」を「正誤」の話に変換している問題を認識した上で、文化庁は正誤や本来・非本来の表現を避けるようにしていることを述べています。
文化庁の予想が大きく外れたのは「重複」。伝統的には「ちょうふく」と発音されるが、調査では圧倒的に「じゅうふく」が多かった。
「正しさ」の判断は難しい。誤読や俗用も広く通用するうちに市民権を得る。消耗(しょうこう)が廃れ消耗(しょうもう)が一般化した例もある。文化庁が04年に、読み方について世論調査している。施策(しさく)・施策(せさく)は67%対26%と本来の読みが優勢だが、重複(ちょうふく)・重複(じゅうふく)では20%対76%と伝統的読みが劣勢だ。
「重複」の調査も同じようなことが言え、文化庁は設問・報告のいずれも「じゅうふく」が非本来ともましてや誤りとも言及していませんが、メディアは「本来・非本来」の話として論じています。特に読売新聞の記事では文化庁が「ちょうふく」が多数派と予想していたと解釈を加えています。
こうした「ちょうふく・じゅうふく」の揺れを単純化して取り上げられたことの影響は大きいと考えます。
また、以前では考えられない言葉も生み出されてくる。「キモかわいい」「エロかっこいい」などが代表選手であろうか。これは、「重複」が本来の「ちょうふく」ではなく「じゅうふく」と認識される割合が多くなり、大多数の人が認識するようになったために、「じゅうふく」が間違いではなくなったように、これらの驚くような表現が正式に市民権を得る日もくるかもしれないのである。
実際、例えば上記は若者言葉の隆盛を懸念するコラムでは、「じゅうふく」の変化を言葉の乱れの一種として捉えています。[注15]
また10年代以降、Webメディア上で「読み間違えやすい漢字」や「慣用読み」といった記事が多数作られるようになり、現代でもSNSやnoteなどで「じゅうふく」を誤読や言語変化の一例として取り上げるケースは多々見られます。
その中で気になるのが「慣用的に認められた読み方」と「誤読」の区別されず全て「誤り」とされているものが多く見られることです。
実は読み方を間違えている漢字をまとめてみました。 pic.twitter.com/CF8B26hYnA
— けんたろ| 知識図解 (@kenlife202010) July 15, 2022
例えば、途中で引用した、けんたろ『見るだけことば雑学辞典』KADOKAWA(2024)は上記X(twitter)の投稿などが書籍化されたものですが、「月極(げっきょく)」「遵守(そんしゅ)」といった明確に誤読と言えるもの、「依存心(いぞんしん)」「早急(そうきゅう)」など揺れているものなどを全て「間違い」とまとめて紹介しています。
これに限らず20年代以降、YouTubeやSNSでは、漢字の読みを正誤形式で提示するショート動画やポストが目立つようになりました。
00年代の日本語・漢字本でも揺れているものは△などで分けたり、そもそもはっきり誤読と言えるものしか扱わない傾向が見られます。それに対し、言葉の揺れまで単純な正誤として捉える動きは「じゅうふく」誤読論を強めた要因の一つにあると考えます。特に、書籍やWeb記事ではある程度説明があるのに対して、ショート動画や正誤表形式では時間の尺やスペースの都合で何も説明されていないことが問題といえます。
「ちょうふく」が「じゅうふく」を駆逐する?
NHKの方針転換や文化庁のデータだけを見ると「じゅうふく」が「ちょうふく」を駆逐するように見えますが、私はむしろ逆であると考えます。
いずれもWeb上の調査であることは断りますが、実は近年「ちょうふく」が多数派に逆転している現象が見られます。
こちらもお教えください。次の文の「重複」をどう読むのが、ご自分にとって自然ですか。
— 飯間浩明 (@IIMA_Hiroaki) April 26, 2020
「データの一部が【重複】していたので削除した」
(1) じゅうふく
(2) ちょうふく
これまた、どちらの読みも辞書にあり、正誤を問うのではありません。
国語辞書編纂者の飯間氏が2020年にX(twitter)で行なった16131人のアンケートでは「ちょうふく」が74.8%を占めていますし、2014年のマイナビニュースの調査では「ちょうふく」が60.3%、2024年のAll aboutニュースの調査でも64.4%を記録しています。
それに加え、「じゅうふく」という読みへの心理的抵抗は現代でも根付いているでしょう。例えばGoogleのサジェストには「じゅうふく 嫌い」「じゅうふく 気持ち悪い」といった語が現れます。
重複を「じゅうふく」、代替案を「だいがえあん」と読む勢力に屈したくない確固たる意志を持っているので、
— どど (@2017ayalove) April 23, 2020
会議の時に誰かが「じゅうふく」「だいがえあん」と読むと、時を置いて「ちょうふく」「だいたいあん」と言い直すミッションを自分に課している。
「重複」を「じゅうふく」と呼ぶ人撲滅委員会
— おつう🐬 (@pupurucom) May 22, 2024
また、上のtogetterでは「ちょうふく」が正しいのに仕方なく「じゅうふく」と読み合わせているといった投稿が人気を博すように、X(twitter)でも「じゅうふく」への違和感をポストし共感・拡散される事象が散見されます。
「重複」が「じゅうふく」と読まれるようになったのは「漢字音の一元化」という観点では自然な変化ですが、「ちょうふく」が増えつつあるのは単純化された雑学と心理的抵抗などによって言語変化が抑制されている一例であると私は考えます。
おわりに
規範意識も言語変化の一つ
戦後の用例を数多く引用しましたが、「じゅうふく」を誤りとする理由を明確に説明したものは見られず、NHKの資料や文化庁の『言葉に関する問答集8』を見る限り、伝統的に辞書が「ちょうふく」を主にしていたこと、そしてそれを受けてかNHKが昭和後期に「ちょうふく」を規範していたことが影響していたと考えられます。
つまり、「ちょうふく」が正しいというのは明確な根拠のない、規範意識の歴史的な積み重ねです。
しかし、それを軽視しどちらでも良いとすぐに結論づけられるものではありません。
言語学・日本語学の研究の中には、言語の「規範」というものを設定すること自体に積極的でない立場もある。人間の自然な言語を客観的に観察するためには、人為的な「規範」は不要だという考えである。しかし本書の筆者は、言語を話すのが人間の自然な姿であるのと同時に、人間が社会において一定の「言語の規範」を要求する(or要求してしまう)のも、抑えることの難しい人間の修正の一つではないかと考えている。
NHK放送文化研究所の塩田は規範意識を軽視してはいけないことを上のように述べています。
「ちょうふく」が正しいという言説が一見非合理に見えても、現代人の間で「じゅうふく」に対する違和感という規範意識が形成されたからと言えば言語変化の一つと説明できます。
「ちょうふく」と「じゅうふく」の対立
井上(2008)は、文体が高いほど(フォーマルな場ほど)言語変化に保守的であることを「水槽モデル」で説明しています。[注16]また、塩田(2013)がまとめたアンケート結果でも、日本語の規範をアナウンサーに求める人が多く、文体の高い世界では伝統的に「ちょうふく」が正とされてきました。
それに対して、平成中期までの読みの一元化の影響で「じゅうふく」と読む人が増え、両者の意見が対立しています。こうした状況を見ると、「重複」の読み方をめぐる議論が絶えないのは、文体の高低による規範の違いから生じた軋轢と考えられるでしょう。
日高(2009)では「マニュアル敬語」を正規雇用者が地位を確立する「パスポート」として「脱・若者言葉」の動きが起き、「ら抜き言葉」の変化の抑制と関連付けます。00年代の日本語・漢字ブームや、文化庁の調査、10年代以降の○×で単純化された漢字マナーなど現代の潮流を踏まえると「ちょうふく」と読むのが教養高さを示す"パスポート"となっているのではないでしょうか。
もちろん「じゅうふく」と読む行為に対する個人の好き嫌いの感情は自由です。しかし、いずれにせよみだりに「じゅうふく」が誤りと断ずることはできませんし、逆にルーツの話を持ち込んで安易に「どちらでも良い」と言える問題でもありません。
ただ、誤った仮定からは好きに言える以上、実態も知らずして不十分な情報や憶測だけで他者を断罪するのは危うい行為です。そのような主張に時には異議を唱える必要があるはずです。
「重複」の読みが言語変化のテーマから離れて、教養の物差しや嘲笑の道具、読み方をめぐるイデオロギー上の争いの代表例とならないことを個人的には願います。
主な参考文献
浅井真慧(1997)「放送と「発音のゆれ」」『NHK放送文化研究所 年報1997 第42集』1-47P
飯間浩明(2010)「「日本語ブーム」はあったのか、そしてあるのか」『日本語学』第29巻第5号4-15P
石山裕慈(2018)「「漢字音の一元化」の歴史」『国語と国文学』95巻10号 50-65P
塩田雄大(2010)「「日本語ブーム」と余暇-格安レジャーとしての日本語-」『日本語学』第29巻第5号 26-35P
塩田雄大(2013)『現代日本語史における放送用語の形成の研究』三省堂
田畑暁生(2015)「「漢字ブーム」の表象と実態」『神戸大学大学院人間発達環境学研究科研究紀要』8巻2号 41-48P
中澤信幸(2000) 「漢和辞典の字音について」『名古屋大学人文科学研究』29巻 19-33P
中澤信幸(2019)「「俗音」考」『山形大学大学院社会文化システム研究科紀要』16号 70(1)-59(11)P
日高水穂(2009)「言語変化を抑制する誤用意識」『日本語学』第28巻第9号 14-26P
屋名池誠(2005)「現代日本語の字音読み取りの機構を論じ、「漢字音の一元化」に及ぶ」『国語学論集』670-692P
湯沢質幸(2017)『漢字は日本でどう生きてきたか』開拓社
また本文を書く際に、国立国会図書館「国立国会デジタルコレクション」、明治学院大学図書館「和英語林集成デジタルアーカイブス」および新聞記事データベースの「朝日新聞クロスサーチ」「ヨミダス」を利用しております。
注釈
[注1]
後で述べるようにこれも漢音・呉音の揺れに過ぎないため、昔は「せいりゃく」「きしょう」と読まれるケースも少数ながらありました。
此菌の細菌學的の事は餘り専門に渉るゆへ省略するが
父母妻子等近者重病又は死亡の爲め歸省を欲するときは父母若は親族等より
「せいりゃく」は『真草いろは節用集』(1886)など各種辞書にある他、「きしょう」は『改正徴兵事務条例』春陽堂(1884)でも見られます。
[注2]
以前別の記事でも書いた通り、「慣用読み」という言葉自体定義が曖昧で辞書的な意味の「慣用読み」と現代の一般的な解釈は異なります。
「慣用音VS字音」と「漢音VS呉音」の2つの問題もちょうどこの2つの定義と対応していて、昔は慣用音を含むから「じゅうふく」が慣用読みと見做されているのに対して、現代は長らく「ちょうふく」が規範とされていたから「じゅうふく」が慣用読みと見做されているため、昔と今で理由が異なっていることも注意したいです。
ただし、字音通り読むことが現代において必ずしも望ましいとは限りません。例えばこうしたマナーでよく言われる「早急」の「サッ」や「出納」の「トウ」は慣用音だから特殊な読み方をしていますし、「爆」「注」「批」など当たり前のように使っている音読みも慣用音です(以下、舘野(2017)で幅広く検討されています)
[注3]
国立国会図書館の会員登録など必要ですが、清文堂出版『続抄物資料集成 第3巻』に複製があり、11Pで確認可能です。
三省堂が刊行した『時代別国語大辞典』の室町時代編を見ても、見出しにあるのは「ちょうふく」だけです。さらに、「ちょうふく」の項には、中世から近世にかけての字引である、広本『節用集』(1474年頃)にある記述として、「重覆(チヨウフク)」の用例が記されています。
先ほどのnoteでは三省堂の『時代別国語大辞典 室町時代編三(さ~ち)』(1994)を参照して書かれたものと思われます。同書では『広本節用(雑字類書/文明本節用集)』の「重覆」、『応永本論語抄(憲問)』の「重復」、『史記抄(十八巻)』の「重複」の3例を紹介しています。残り2例も振り仮名はないことに注意が必要です。(それぞれ国立国会デジタルコレクション(要手続)と京都大学貴重デジタルアーカイブで確認可能です)
読み方は確定的でなくとも、室町期までに「重複」の語が伝来していたことは確かでしょう。
[注4]
「重複 ちようふく」「重複 ぢうふく」「重複 ぢゆうふく」などのヒット数で集計しています。大文字・小文字の違いや「じ/ぢ」の違いは吸収されるため「ぢゆうふく」の検索に「ぢゅうふく」「じゅうふく」も含まれます。
「ちょうふく」系「じゅうふく」系は単なる合算値ではなく、「じゅうふく」と「じゆうふく」を含むものは二重に計上しないよう適宜外しています。
また「複数語は200文字以内にある場合のみヒット」としているため、たまたま近くに同音異義語が存在しているだけのケースが含まれている可能性もあり、厳密な数でないことは断ります。(目視する範囲ではそのようなものはほぼありませんでしたが)
[注5]
「鄭重(丁重)」の「重」は重んじるの意味であるため、重なるの意味に当てはめるのは誤りです。
「じゅう」と読む時、「重」という漢字は「重さ」を表し、「ちょう」と読む時には「重なっているさま」を表します。「自重」とは、物理的な重さを意味するのではなく、己を重ねてしっかりと保つことなので「じちょう」なのです。
現代でも「慎重=慎みを重ねる」「自重=己を重ねる」といった自己援用するような誤った解釈が散見されます(慎重、自重の「重」も重んじる・軽々しくしないの意味です)
[注6]
例えば以下があります。
研文社編輯所『大正日用字鑑』研文社,1916年
久保天随『誤り易き漢字の読み方と正しき用字法』精文館書店,1917年
『受験前の準備と巡査より警部への近道』受験の指針社,1937年
帝国教育学会『帝国百科全書』帝国教育学会,1938年
新語研究会『現代常識新語辞典』大洋社出版部,1938年
ここだけ見ても、本文で引用した『正誤字新辞典』や、「捏造」の記事でも取り上げた『誤用便覧』など解説付きのものに目を通してみると面白いと思います。(ただし、字音重視の内容であり現代で求められている日本語の実態とは乖離していることには留意する必要がありますが)
[注7]
途中の節で『雑字類書(文明本節用集)』以外の室町期の節用集には読みわけがあると記載しましたが、具体的には以下のとおりです。
チウ(ジュウ)
重科、重罪、重病、重言、重説、重恩、重厄、重脹、重訴、重宝、重盃、重々
テウ(チョウ)
重陽、重宝、重科、重言、重畳
チウ(ジュウ)
重書、重代、重箱、重科、重犯、重罪、重識、重畳、重病、重言、重慌、重厄、重脈、重怠、重々
テウ(チョウ)
重宝、重畳、重祚
意味ごとの分類はしていませんが、同じ「重なる」意味でも「重言」「重恩」が「ジュウ」、「重畳」「重祚」が「チョウ」であることから、室町期でも「重なる」の意味の場合はどちらとも読み得たと言えるでしょう。
[注8]
今回の調査では日常語彙に着眼点を当てるため小型辞書を採用しました。一方、中型国語辞典や漢和辞典は、漢文の語彙や歴史的な語彙も幅広く取り入れています。結果的に「じゅう」「ちょう」の両方の読みを掲載している語が多くて傾向を把握しづらくなるため今回の調査では省きました。しかし、そうした辞書では「九重」や「万重」など「重なる」の意味で「○重」の形をとる熟語は存在します。
[注9]
辞書の主従関係を正誤関係と拡大解釈してしまうのもよくある間違いです。
例えば『明鏡国語辞典 第三版』で「じゅうふく」の項目には「→ちょうふく」とあり、「ちょうふく」の項に説明があります。しかし「→」は「〇〇を見よ」の記号であり「じゅうふく」が誤読とまでは言及していません。他の『大辞林 第四版』『三省堂国語辞典 第八版』『広辞苑 第七版』などでも参照記号で主従関係が示されているだけで「じゅうふく」が誤りとまでは言っていません。([注2]の通り辞書の慣用読みの扱いには留意する必要がありますが、辞書が慣用読みと判断している熟語には、「〇〇の慣用読み」などと明記されています)
一方、〈「ちょうふく」が本来の言い方で、「じゅうふく」は比較的新しい形〉とする『新選国語辞典 第九版』や「じゅうふく」を「「ちょうふく」の新語形」と記載している『新明解国語辞典 第八版』のように新旧関係を述べている辞書も存在します。しかし、これまで述べたように原理や実例のどちらの観点でも「じゅうふく」が新しい形と判断するのは誤りです。
[注10]
浅井(1997)では昭和60年版を「①ちょうふく ②じゅうふく」としていますが、あくまでNHKが許容したのは1994年であり、現行方針と取り違えた記載ミスと思われます。ここでは原文に合うよう「○チョーフク ×ジューフク」と改めています。
菅野謙 「漢音・呉音・慣用音のゆれ(1)」(『文研月報』29-10,日本放送出版協会 ,1979)でも指摘されるように、慣用音を排斥する動きは見られないため、昭和26年度版で「ジューフク」が慣用音を含めため採用されなかったと判断するのは不適切でしょう。
[注11]
NHKが「専門用語は、その分野の読みに従う」としたように専門用語では伝統的に「じゅうふく」が規範となる場合が多いようです。
例えば、生物学用語の「重複受精」は伝統的に「じゅうふくじゅせい」ですし、日本医学会の『医学用語辞典英和第3版』(2007)では「重複切痕」「重複感染」など「重複」を含む語を「じゅうふく」に統一する方針を示しています(ユーザ登録して確認済です)
ただ、生物学系と医学系では「じゅうふく」が一般的と汎論できるものではないと思われます。例えば以下の厚生労働省のサイトでは「重複投薬」を「ちょうふくとうやく」と記載しているように、他の医学系学会の用語集でも「ちょうふく」と記載されている例が多くあくまで当時の日本医学会が統一したと判断する程度に止めるべきでしょう。
植物学者の塚谷は以下の記事で、重複受精の研究者の間でも「ちょうふくじゅせい」の読みが一般的になりつつあることを述べています。
[注12]
注2にも書いた通り「慣用読み」の定義は結構曖昧です。
70年代ごろまで「慣用読み」は「字音通りに従った読み」と「慣用音を用いた読み(=慣用読み)」の対立の話だったのに対して、80年代ごろから「単なる誤読」と「誤読だが広まり市民権を得たもの(=慣用読み)」の対立として「慣用読み」を用いる議論が見られるようになります。
昔の読み方が、いわゆる慣用読みにとってかわってしまった、あるいは、かわりつつある例を、いくつか挙げてみます。( )の中が慣用読みです。
消耗 ショウコウ(ショウモウ)
読書 トクショ(ドクショ)
矜持 キョウジ(キンジ)
早急 サッキュウ(ソウキュウ)
重複 チョウフク(ジュウフク)
こうした「慣用読み」の意味の領域が変化した背景もあり、例えば「消耗」「矜持」のように慣用音の違いの議論も、「読書」「重複」のように漢音・語音の違いの問題も、「慣用読み」として取り上げられるようになりました。
[注13]
「読めそうで読めない」というキーワード自体が、加納喜光の『読めそうで読めない漢字2000』講談社+α文庫(1994)を皮切りに、複数の本が存在するため、『読めそうで読めない間違いやすい漢字』もこうした類書と思われます。
なお、出口氏の本では「重複」を扱っていないため、このヒット自体がマナー形成に直接影響していないことは断ります。
[注14]
田畑(2015)は、本文で挙げた事例のほか、漢字パズル雑誌や白川静の関連書籍、クイズ番組・ゲームなども取り上げ、漢字ブームを日本語ブームの枠内の動きとして社会学・メディア論の観点から位置付けようとしています。
本文では「常識」や「教養」としての漢字を強調しましたが、他方で当時こういうものに目を輝かせた身からすると、クイズ番組『クイズプレゼンバラエティー Qさま!!』などで漢検とコラボして漢検1級が最後の砦として機能したり、『ネプリーグ』で2005年に始まった「ファイブツアーズ」で難読漢字が出題されたりするなど「博識」を示す装置としても機能していたと考えます。
[注15]
ところで、言葉が生きているという意味では、漢字の読み方も時代で変わっています。たとえば、NHKでは「早急(さっきゅう)」を「そうきゅう」、「重複(ちょうふく)」を「じゅうふく」という言い方も認められるようになりました。
言語変化の一例として「重複」を挙げている言説は、本文で引用した『EP report』(1991)など90年代以降に見られます。
現代語としては「ジュウ」の方が優勢であり、「チョウ」と読むのは伝統的な言い方であるといえる。NHKでは「チョウフク」をとっているようである。
またこれらに加えてNHKの方針を参照して主張する意見も見られ、民間の言説に影響していたと考えられます。
[注16]
井上(2008)の話は「普及のS字カーブ」が有名です。「言いまちがい」→「誤用・乱れ」→「ゆれ」→「慣用」→「正用」の5段階に分け、時間経過を軸に使用率をグラフにすると、「ゆれ」の時期に差し掛かると急に多くの人が使うようになってS字カーブを描くというものです。「水槽モデル」はそれに文体差を取り入れた3次元のグラフの話です。
数式モデルにする話がメインですが、以下の国立国語研究所の動画がわかりやすいです。
また同氏の「言語変化と社会環境」という発表内容(の4章までに)この辺りの話が簡潔にまとまっています。
また「ら抜き言葉」の話になりますが、以下の中山(2018)の紀要論文でも「普及のS字カーブ」や国語審議会の話などが出てくるため、こちらに興味がある方にはオススメです。
