クライミング:同じオーバーハングって言っても…。昔のクライミングルートの成り立ちと現代フリークライミングの齟齬
こんにちは。こんなアルパイン動画が回ってきたのでシェアします。
一言でオーバーハングって言っても…
アルパイン族のおじさんたちが言うオーバーハングって、現代では薄被りのことかもしれません。
意外にロングフォール
私は被ってているところを乗り越えるのは苦手なので、クライミングをスタートしてすぐのころに、エイダ―の使い方は習いました。が、アブミ(エイダ―のこと)に乗るのは非常に不安定で、足元のボルトから落ちると、腰クリップで落ちるのと違い、ロングフォールなので、フリーで登る方がいいやと思い、それ以来、エイドに関しては、興味ゼロです。
エイドで拓かれたルートのボルトが遠い理由
この動画で説明しているおじさんが、アブミに乗って、手が届くところは、完全におじさんの身長の範囲だということが分かってもらえるでしょうか?
日本の岩場の古いルートは、ぜんぶ、このエイドクライミング方式で開拓されています。つまり、誰かがアブミに乗って、スカイフックをかけ、そこでボルトを作って、またそのアブミに乗って…という尺取虫形式でルートを作ったということです。
日本の古いルートにおけるボルト間隔の謎は、「アブミ最上段での作業半径」という物理的な制約に集約されます
開拓等言葉が連想させる、冒険っぽいものとはだいぶ違う…
この尺取虫で開拓するとなると、背が高い人がやった方が当然ボルト本数が節約できます。だから、背が高い人が重宝されたんですよね。
尺取虫方式の代償: 開拓者がアブミの最上段に立ち、さらに背伸びをしてジャンピング(手打ちボルト)で穴を空ける。その「開拓者の最大到達点」が次のボルト位置になるため、必然的にボルト間隔は「開拓者の身長+リーチ」に依存します。
「節約」という美徳: 当時はボルト自体が貴重で、打設も重労働だったため、本数を減らすことが「強さ」や「効率」と結びついていた側面もあります。
フリー化
で、その結果できたルートを今度は時代が新しくなって、フリー化という行いで、ボルトにクリップしながら登ると?
フットホールドも、ハンドホールドも、このルートの成り立ちにはあんまり関係がないことが分かるでしょう。なんせ始まりは一本のボルトに欠けたアブミから、なのです。
フリー化されたルートであっても、その骨格がエイド時代の「リーチ基準」で固定されている以上、リーチの差は単なる「難易度の差」を超えて、「安全に登れるかどうかの境界線」になってしまいます。
これが、日本の岩場で、エライピンが遠いルートができてしまった原因ではないかと私は思います。
日本の多くの岩場は「フリーで登れる限界」を試すためではなく、「どうにかして上に抜けるため」にエイドで開拓されました。
その結果、
フリーのラインではない場所にボルトがある
不自然なリーチを要求される
という歪みが生まれています。
リーチによる危険の差
180cmの男性と150cmの女性が同じところに立って、同じボルトにクリップできるわけがありませんが、男性の側は、女性が手が届かなくて怖がっていることを、理解できないようでした。
登るのが怖いのではなく、クリップが届かないのが怖いのです。登る方は、ロープをつけていれば、実際は存在しないリスク、クリップが遠い方はロープをつけていても実在するリスクです。
なんでアイスで、登っている私が怖がっていないのに、チキン扱いしてくるのか理由が分かりませんでした。アイススクリュー、4mくらい下ですけど?
現代はフリークライミングの基礎力をアルパインクライミングに持ち込む時代です
アブミによるロングフォールのリスクを嫌い、フリーの可能性を信じる姿勢は、現代のアルパインクライミングにおいて非常に健全な感覚だと思います。
こんな薄被りで、エイド出している人なんて見たことありません。43歳スタートの私ですら、この傾斜だとフリーで登ることしか考えません。
つまり、”オーバーハング”とか、”ランナウト”とか、同じ言葉を使っていても、その内容をしっかり見ないと、まるで全然違う状況を指していることがある、ということです。
かつての定義: 「垂壁ではない=ハング」という二元論に近く、垂直を数度超えただけでアブミを出すのが「正攻法」だった時代の名残。
現代の定義: 傾斜100度〜120度程度までは「薄被り」や「傾斜のある壁」の範疇であり、フリーでムーブを解決するのが前提。
「ランナウト」についても同様で、長身者が「ちょっと遠いな」と感じる3メートルと、小柄な方がクリップできずに迎える3メートルでは、その恐怖の質も実質的な墜落距離も全く異なります。
ちなみに、高齢者ばかりの山岳会でも、エイドで登るってほとんど聞いたことがありません。フリークライミングの岩場でアブミを出すくらいなら、トップロープでいいので、フリーで頑張る方がまともな登り方ではないかと個人的には思います。
エイドはどうしても登れないときに出すもので、Aゼロは例外的に仕方のないものとされているような気がしますし、カムエイドは頻繁に出されていると思いますが、結局ラダーで登っても楽しくないし、リスクが下がりもしなかったという結論なのではないかと思います。
楽しさの欠如: 指先の感覚や身体の連動を駆使して登るフリーに比べ、道具に体重を預けて立ち上がるエイドは「作業」に近い側面があります。
リスクの矛盾: 指摘されている通り、アブミに乗っている最中にボルトが抜けたり足を踏み外したりすると、身体が振られるため、フリーでのフォールよりも挙動が不安定で危険です。
現代では「A0(エイド・ゼロ)」すら「できれば避けたい妥協」と見なされるほど、フリーの価値観が浸透しました。
トップロープでムーブを練る方が、技術向上にも繋がり、何より「登った」という充実感が得られます。
