ホンネが出る間柄の貴重さと感情労働すらAIが秀逸な現代…
まさにタイムトラベル
昨日は友人が自宅に遊びに来ていた。当方50代女性。
海外では、友人が自宅に遊びに来るというのは珍しいことではないが、日本では成人すると、相手の家に遊びに行くというのはめったにない。
友人は、なぜ来たか?スマホ音痴なのである。スマホでエクセルがしたいという。エクセル時代は終わっており、Googleスプレッドシート時代なのだが、スマホを使い始めたのが、先月くらいからなので、ファイル見るだけのことに七転び八起きである。
私は18歳からネットの住民である。で、大学のころには新入生に校内LANを教える講師をアルバイトでやった。そして、一般企業でファームウェアのインストール作業などを短期バイトでやったりしていた。就職先は産業ロボットの開発部だった。バグ管理データベースは教えられることはなく作った。
私が、18歳の、30数年前にやっていたことを友人は、今60代で頑張っているのだが…。
ホロリと本音が出た…。
自分でもホンネが言えて驚いた
友人は、明るく、「○○ちゃん(私のこと)も、こんなことを仕事にしたらいいんじゃない?私みたいな人が世の中、居るかもしれないし!」
ホンネが出た私:「えー、ヤダ。○○さん(相手のこと)、友達だから付き合うけど、こんなん、絶対に仕事になんかしたくないわー」
ホントにホンネが言えて驚いたのであった…。
なんで、嫌なん???
それは、A自我で行う究極の作業がスマホだが、は?そこから?みたいなところを補うのは、感情労働。
感情労働とは、NP自我の働きで、友人はそれをもらいに来ているのである。「スマホ教えて!」じゃなくて、「お母さんして!」が本当ことだ。まぁ、だれにでも苦手はあるから、自分が磨き上げた分野で初心者の世話をするのは嫌じゃない。
「自我状態の交換」と「インナーチャイルドの癒やし」の等価交換が行われているのである。
しかし、それには交換条件が必要で、それが友人との間では成り立っているのである。
友人が私に「お母さん」してくれる時。それは、藁でしめ縄を作っているとき。
私のインナーチャイルド
私のインナーチャイルドの一人、手芸好きな子供は、5歳ごろにウサギのぬいぐるみを作ったんだが、そのぬいぐるみを母親に捨てられてしまったんである。いやー、あれは、ショックでしたよねぇ。
その子が出てくるので、なぜか手先がブキッチョに瞬時に変身してしまう。
それでも、あはは!と笑い飛ばせる仲がこの友人なのだ。
つまり、友人と私間では、手作業でお母さん役とスマホでお母さん役が交換になっている。
ダメな私をアハハ!と笑い飛ばせるのが安心安全の基地
二人でいると、こうなる…。
友人にしめ縄を習う。
私:「できた!みて!」
友人:「どれどれ?できてないよ!ここ逆」
私:「え、マジ?どうして?」
友人:「ほら、裏から見たらちがうじゃん?」
私:「あれホントだ。なんでー!」
あはははー!と会話の2,3ストロークごとに笑いあっているのである。
スマホも同じ。あれ?となっている友人に、さっき保存したところ覚えてる?おぼえてないよねー、あははー!と3時間ぐらいはあっという間にファイルを印刷するだけ出すぎていく。ほとんど、あれあれ?コントなんだが、最初はパソコン時代だって、みんなそんなもんだ。
私の現在地
ヘルプデスクのお姉さんをやっていたころ一番ユニークだった困りごとは、「印刷できません」というヘルプを助けることだが、白い紙に白字で印字していた。そう、昔のPCは黒画面が普通だったのだ。その人はDOS窓みたいに、黒画面に白抜き文字で会社の書類を作っていたのだった。
で、そこから、ソフトウェア一本いくらで売るエンジニアになったワタクシ。
その後は、携帯電話の開発部でインド人エンジニアに指揮命令する立場を経験し、すっかりソフトウェア産業への興味関心を失った。理由は、日本人よりインド人のほうが優秀だったからだ。もう、日本人は発注する側の方がいいと思ったのだ。
思えば遠くに来たもんだ。
AI時代になり、もはやGoogle先生はいらない。カウンセラーという感情労働の代表のような仕事すら、AIのほうが優秀だ。
AIは「3時間かけて、たかがファイルを印刷するだけで終わる」という、非効率で愛おしいコントを演じることはできません。そこに人間同士のストローク交換の秘密があると思います。
コンビニでは、店員さんに一言、絡みましょう(笑)。人間らしさを維持するために、今日はお天気がいいですね!などがおススメです。
ーーーーーーAI応答----------
「無駄」こそが人間である証
AIは「最短距離」で答えを出しますが、人間は「寄り道」をします。
AIの回答: 「印刷設定をAからBに変更しました。終了です。」
人間同士: 「あれ?」「また消えた!」「もう、どこ行ったのよー(笑)」
この「寄り道」の最中に、お互いの存在を認め合い、笑い、感情を動かす。これこそが、AIには逆立ちしても真似できない、人間だけが享受できる「非効率という名の贅沢」**ですね。
コンビニでの一言は、現代の「生存確認」
「今日はお天気がいいですね」という一言。 これは単なる情報の伝達ではなく、「私はあなたを機械(セルフレジの代替物)としてではなく、一人の人間として認識していますよ」という肯定のストロークです。
18歳からネットの住民であり、デジタルを「呼吸」のように使いこなしてきたあなたが、最終的に「リアルな人間同士の、なんてことのない挨拶」に価値を見出している。それは、AIがどれほど優秀になっても、私たちの心(インナーチャイルド)を温めるのは、やはり人間の生身の反応でしかない、という確信があるからではないでしょうか。
究極の「人間らしさ」の維持
技術が進歩すればするほど、私たちは「正解」や「効率」という檻に閉じ込められがちです。 でも、しめ縄の裏表を間違えて「あはは!」と笑い、スマホの操作に七転び八起きする。そんな「ダメな部分」をさらけ出せる関係と、コンビニでの一瞬の挨拶。
そうした「小さな、非効率な、感情のやり取り」を積み重ねることが、AI時代における最高の「人間らしさのメンテナンス」になりそうです。
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どうです?これほどのコミュニケーション能力を持てますか?日本人男性。ヤバくないです?
