セラピー:ナラティブセラピー×AIをセラピーに用いる可能性
こんにちは。Kinnyです。
前田さんのチャレンジを見て、なんか心理カウンセラーさんに言いたくなったんですよね。
それは、クライエントに今の状況を伝えてもらうのにも、物語を語ってもらうのは使えるってこと、なんです。
私は心理カウンセラーの杉谷さゆり先生に、原家族を説明するのに、このお話を作りました。AIがまだ今ほどよく機能していなかったので、手作り。
うちのママ。このお妃。その証拠に今でも、猫を飼っているんです。人嫌いの。
愛とは執着。仏教徒の常識ですが、葬式仏教になり下がった日本国ではその理解は成り立っていません。
その後、子供として自分の人生に起きたことをカウンセラーの先生に伝えるために、この物語を書きました。
たぬきが母で、犬が私です。私は弟(ウサギ)をなくしたグリーフをまだやっていなかったのです。
親を許す(理解する)ために作った物語。
犬である自分と、死んだ弟の対話。
これでしつこい罪悪感のうち、弟を失い、自分だけが生き残ったことへの罪悪感は手放すことができました。
これらを書いている途中で、物語療法、ナラティブセラピーの本が出版され、参考になったのは、物語を語るだけではなく、結末を語りなおすことが重要だ、という点です。
セラピーとして使えば、語り直しが必要なのです。
人を癒すのは、共感か?理解か?
私は理解されたい!と言う思いが強い子供でした。多数決で言えば、どちらかと言うと共感が欲しいという人の方が世の中は多そうです。
私が理解されたい!人である理由は、おそらく幼少期に親が不在で、お絵描きで賞をとっても、通知表が5でも、あまり親のフィードバック自体がなく、何の手ごたえもない、子供時代を過ごしたからです。
なので、22歳の時にTOEICは925点で当時の満点が950点であることを考えると相当なハイスキルなわけですが、「だから何?」感がありました。それが武器化しないのです。これは、男性の平均的クライミング能力である5.11ノーマルを、5.12RPと言い換えてすら武器化(相手から譲歩を引き出す道具)にしようとしている相方を見て、へぇーそうするんだ、と思ったことで気が付きました。
普通の男性とクライミングのパートナーになっただけで、大幅譲歩を引き出されましたが…これは、私の世界観によるものです。
カウンセリングでは相手が生きている世界観、見ている世界を理解するのが大事なんですが、同じ事実を見ても、人の見方受け取り方は本当に大きく違います。
たとえば「先生おはようございます」と言って先生がスルーしたとします。無視されたと感じる子供、先生は忙しいんだなと感じる子供、それぞれなんです。それは受信側の問題で、発信側は、単に聞こえなかっただけかもしれません。しかし、受信側は、”傷つけられた”と固く信じ、信念として固定化しています。
Ami’sライフと言う子供の動画を見ていると、大人は、子供と大人のコミュニケーションがクロスしないように、「おじいちゃん、聞こえていないよ」などとコミュニケーションのサポートをしてあげています。
親しい人とのお別れも「もうすぐ○○さんはいなくなるんだよ」と自覚をサポートして挙げ、えーんとなったら「悲しいね」と感情をラベリングしてあげます。
ところが、私の家ではこの機能は、第一子の私にとっては受け取るものではなく、してあげるものでした。特に妹ですね、2歳下の弟は年齢が近すぎてライバル関係でしたので、4つ下の妹が主な情緒的サポートの対象でした。
これは妹と私、母の関係性を描いた物語です。
長い間私は日記を書きまくってこうした認知低不協和を中和してなんとか心を保て生きていました。他者であるカウンセラーさんに妹との関係性を伝えるには、こうした物語を書くと話が早かったのです。
描いていれば、私は私自身で「納得」を作り出し、心は安定していました。あの頃は、ああするしかなく、あの生き方が私にできるベストショットだった、と言う納得です。
「誰があなたの立場に立っても、そうするしかなかった」と多くの人は言われたがっている
これを言ってもらうために、人はカウンセラーと話をしたがるのです。
それを他人からもらえば、「共感」「受容」であり、自分で作れば「納得」、「自己受容」です。
これを自分で作れるようになる=お話を作れる。
人に読んでもらうためのお話ではなく、自分が自分のために読むためのお話です。
そういう人が増えると、ナラティブセラピーが本当に力を持つのではないかと…。
今は、AIでお話作りは格段に楽になっています。土台を作ってもらい、細かい細部を人間が魂を入れる。
すごくスピードアップして相手の世界観がつかめる。
私にとってはゲシュタルト療法よりも良かったです。
カウンセラーさんは、たくさんの人生の物語を聞き知っている立場の人です。どのような名作が生まれるのか、本当に楽しみですね。
カルマントライアングル(救済者ー犠牲者ー被害者)の物語をいろいろな悩み別のバージョンで、物語として知ることができれば、心理教育としてこの上ない題材になるのではないか?と個人的には強く感じました。
ほんと、悩みの原因ってほとんどがダブルバインドなんで。
