心理学の悪用とマーケティング:無意識にプロパガンダを送る方法
こんにちは。無意識研究家のKinnyです。
私は無意識について興味を持ち、7年ほど研究中です。気になるようになったのは、フリークライミングに進んでからです。フリークライミング業界は、本当に本音と建前の解離がすごいんです。それも説明してはいけない感じがあります。お前、秘密をばらすんじゃねえぞ、みたいな感じ。
次の写真を見てください。
このクライマー女性、どう見ても明らかに超難しいクライミングに取り組んでいます。
そして、この写真が採用されるということは、かっこよさ、すてきさのアイコンとして取り上げられているわけです。

これは、『Climbing』というアメリカの雑誌のFBページです。
アメリカと言えば、ステルスマーケティング先進国。マーケティングで人心を操作して、大金をせしめることが、大企業でも平然と行われているお国柄です。
心理学を商売に悪用した心理学者としては、エドワード・バーネイズが知られています。
エドワード・バーネイズの経歴


私は煙草を手放せない男性を見ると、幼児のおしゃぶりを思い出すのですが。
まぁ、コーラとか、マクドとか、ケンタッキーとか、大手のチェーンはすべてCMでなにがしかのポジティブな理念と商品を結び付けようと頑張ってきたわけです。



さて、このクライミングプロパガンダに戻りますが、このクライミングの画像に付けられているメッセージがねぇ…
No One Cares What Grade You Climb—And Neither Should You
「あなたがどのグレードを登ろうと、誰も気にしない — そしてあなたも気にするべきではない。」
って書いてありますが、この画像とセットでこのメッセージを送っても誰もこのメッセージ道理には行動しません。
なぜなら、心理学では、非言語メッセージは言語メッセージより強力であるということが常識として確立しているからです。
この女性クライマーを見て男性が思うのは
女性ですらこんな難しいクライミングをしているのだ…
です。それで、その後に続くのは?
普通は、「なのにおれは…」でしょう…。比較です。
「だから、おれも」になったら…?同調です。
1. 心理学の常識:非言語メッセージの優位性
コミュニケーションにおいて、視覚情報(非言語)は言語情報(言葉)よりも脳に瞬時に、かつ感情的に強く訴えかけます。
言語メッセージ(建前): 「グレードは関係ないよ。楽しさが大事だよ。」→ 意識へのメッセージ(リベラルで健全なクライミング文化の演出)
非言語メッセージ(本音): 「この難しいクライミングこそが『素敵さ』の象徴だ。」→ 無意識へのメッセージ(困難=価値という既成概念の再強化)
認知的不協和=印象強さ
この二重のメッセージは、読み手に矛盾を感じさせ、それは「認知的不協和(Cognitive Dissonance)」を引き起こします。
「グレードは気にしなくていい」と頭では理解しようとしますが、目の前の「難しいクライミング=かっこいい」というビジュアルの強烈なインパクトが、それを許しません。
お母さんが「どれでも好きなのを食べていいよ」と言いながら、目は一番安い、かけうどんを見ているときと同じです(笑)
本当にこのメッセージ通りのことを伝えたかったら
弱弱しい男性が、ごくごく簡単なところを登っている画像
を出すはずですよね?
でも、そうなっていない。エルキャピタンも70代の女性が登っていますが、それは取り上げられない。
無意識のメカニズム:比較と同調の強制
映像とメッセージが矛盾するので、自然に
「なのにおれは…(比較)」と「だから、おれも(同調)」
が引き出されます。
男性クライマーの無意識に訴えかける最も強力なトリガーです。
A. 社会的比較理論の利用
クライミングは、垂直方向の挑戦という性質上、「強さ」や「支配」といった男性性の価値観と結びつきやすい活動です。
「女性ですらこんな難しいクライミングをしている」という非言語メッセージは、無意識の層で「ジェンダー的な優位性/劣位性」の比較を発生させます。
「女性に劣ってはいけない」という潜在的な競争意識が刺激され、「なのにおれは…」という自己否定感が生まれます。
この自己否定感を解消するために、彼らはグレードの追求という、雑誌が非言語的に示唆する行動(「だから、おれも」)に駆り立てられます。
権威性による文化の維持
この雑誌は「グレードは気にしなくていい」と親切なフリをすることで、高グレードを追求する文化そのものを批判から守っています。
A)もし「高グレードを追求しろ」とストレートに言えば反発が起きます。
B)しかし、「追求しなくていいよ、でも見て、これが理想だよ」という形で提示されると、読み手は「追求しないことを選ぶ自由」があるにもかかわらず、無意識の比較と承認欲求によって「追求しなければならない」と感じるようになります。
これは、「命知らずを美徳として祭り上げている」文化を維持し、クライミングギアやトレーニング関連の市場を回転させ続ける、巧妙なバーネイズ的な戦略です。
どうみても、わざとやっているとしか思えない。
一貫性のない広告による戦略ですね。
これで素直に騙されてくれるような人がクライミングに集まってくることになるのです。
実際は、クライミングは、ロープで確保されて行い、その確保が確実なものであれば、一般の人が思うほどのリスクはありません。バンジージャンプと同じです。落ちてもびよよん、となるだけです。
しかしロープへの軽視があると、この「落ちてもびよよんってなるだけ」の前提が崩れるので一気にリスク100%。
グレードを気にするより、ビレイヤーを気にしろっていうのが、健全なクライミングに対する、正常なプロパガンダ、正論ですね。
それは雑誌は言わないで、グレードを気にするな、は言う。そこに本音は現れているわけです。
肝心のモノに目をつぶり、グレードという枝葉のことは強調する。
バーネイズの手法で本音の在り方を宣伝するには?
非言語メッセージ(視覚と感情の操作)
ビジュアル:
写真: 極限の難所を登るクライマー(挑戦)と、その下で落ち着き払った、しかし真剣な表情でビレイデバイスを握るビレイヤーのクローズアップを組み合わせる。
色調: クライマーの挑戦を強調しつつ、ビレイヤーの周りには穏やかな青や緑(安定、信頼)の光を当てる。
構図: ビレイヤーの手元と、ビレイヤーから伸びるロープ(命の線)を強調する構図を多用し、彼らの存在が不動の土台であることを示す。
シンボル操作:
ビレイヤーを「お目付け役」ではなく、「クライマーの成功を陰で支える真の支配者(Master of the Rope)」として描く。
2. 言語メッセージ(キャッチコピーと「同意のエンジニアリング」)
クライマーの「強さへの欲求」を、「信頼できるビレイヤーになること」へとすり替えます。

行動誘導(継続的な習慣化)
啓発活動: 「安全なビレイのためのチェックリスト」を「最高のクライマーの儀式」としてブランド化し、実行しないことは「成功の儀式を怠っている」というメッセージを埋め込む。
コミュニティ形成: 「私は信頼できるビレイヤーです」というバッジやステッカーを流行させ、安全意識の高いビレイヤーをコミュニティ内のヒーローとして祭り上げる。これにより、安全意識を「所属するためのステータスシンボル」にする。
この戦略により、読者は無意識のうちに「グレードを上げる」ことよりも「ビレイの信頼性を高める」ことこそが、クライミングコミュニティで尊敬され、真の成功を収めるための道だと認識するようになります。


この写真は、氷が薄いので、ちょっとこのマーケティングに使うには良い写真ではないのですが、シーズンが早かったので12月中旬だと八ヶ岳でもこの程度しか凍っていないのでまだまだ寒さが足りないのです…。すいません。
しかし、マーケティングにクライマーたちは踊らされている、というのが私が言いたかったことです。
タバコにも、砂糖にも、そして戦争にも、人類は踊らされてきましたよね。
踊る阿呆に見る阿呆、踊らにゃソンソン、というのは、阿波踊りだけ。グレードに脅さされると、楽しいクライミングが、グレードを追いかけるためにいつまでやっても「もっと上がある」「さらに上がある」というきりのない活動になってしまい、99.99999%の人の自尊心を下げる活動になってしまいます。
だから、5.7とか、5.8のルートのリボルトはされず、リボルトされるのは、5.12から上なんですよ。
建前:No One Cares What Grade You Climb. (誰もあなたのグレードを気にしない。)
本音:Everyone Cares How You Belay. (誰もがあなたのビレイを気にしている。)
建前:(無言のメッセージ) 命知らずになれ。
本音:Trust isn't Given. It is Belayed. (信頼は与えられるものではない。ビレイによって築かれる。)
建前:(無言のメッセージ) 弱い自分を否定しろ。
本音:The Master of the Rope is the Master of the Climb. (ロープの支配者こそ、クライミングの支配者だ。)
以上です。
あー、また、タイプ1の欺瞞に敏感だという特性に動かされてしまったなぁ。まぁ、今日は良いってことにします。
