寓話、すべてが思い通りになる男
むかしむかし、あるところに、
すべてが思い通りになる男がいました。
男が欲しいと思ったものは、必ず手に入りました。
男が成功したいと思えば、成功しました。
男が誰かに認められたいと思えば、人々は男を認めました。
男が何かを始めれば、必ず誰かが協力してくれました。
男が困れば、必ず誰かが助けてくれました。
男が失敗しそうになれば、必ず誰かが失敗を防いでくれました。
男は、自分には特別な才能があるのだと思いました。
それは間違いではありませんでした。
男は頭がよく、努力もでき、人の心を読むこともできました。
人が次に何をするのかも、だいたいわかりました。
この人は、こう言えば喜ぶ。
この人は、こう褒めれば動く。
この人は、こう叱れば頑張る。
この人は、こう頼めば断れない。
男は、人間を理解していました。
すべてが思い通りになりました。
⸻
やがて男は、社会的にも大成功しました。
会社を作れば、会社は大きくなりました。
人を集めれば、人は集まりました。
何かを発言すれば、人々は称賛しました。
男が歩けば、人々はお辞儀しました。
男が笑えば、人々も笑いました。
男が怒れば、人々は黙りました。
男が困った顔をすれば、誰かが心配してくれました。
男は、すべてを手に入れました。
お金も。
名誉も。
地位も。
そして、自由も。
⸻
ある日、男は大勢の人間に囲まれていました。
みんな、男の話を聞いていました。
みんな、男の言葉に頷いていました。
みんな、男を尊敬していました。
男は、その光景を眺めながら思いました。
次は、この人が頷く。
その次に、あの人が笑う。
そして、誰かが私を褒める。
その後、みんなが拍手をする。
男の予想通りになりました。
拍手が起きました。
男は笑いました。
みんなも笑いました。
⸻
男は、突然、気持ちが悪くなりました。
男には、それが全部わかってしまったのです。
この人間は、私がこう言うと思っている。
この人間は、私がこうすれば喜ぶと思っている。
この人間は、私を尊敬している。
いや、尊敬しているように振る舞っている。
男は、周囲を見渡しました。
すると、そこにいる人間が、すべて同じように見えました。
入力すると、反応する。
命令すると、動く。
褒めると、喜ぶ。
怒ると、怯える。
助けると、感謝する。
男は、ふと思いました。
「これは……人間なのか?」
⸻
男は、それから人間を見るたびに、その先にある反応を予測するようになりました。
そして、予測は外れませんでした。
誰かが男を裏切りました。
男は、裏切られることを知っていました。
誰かが男を愛しました。
男は、愛されることを知っていました。
誰かが男を憎みました。
男は、憎まれることを知っていました。
誰かが男を騙しました。
男は、騙されることを知っていました。
男には、何もかもがわかってしまいました。
そして、わかってしまうと、何も面白くありませんでした。
男は、世界で一番成功した人間になりました。
しかし、世界で一番孤独な人間にもなりました。
なぜなら、男の世界には、自分以外に人間がいなかったからです。
男以外の人間は、すべてプログラムされた機械に見えました。
笑う機械。
泣く機械。
怒る機械。
愛する機械。
裏切る機械。
男は、自分だけが本当に生きているのだと思いました。
そして、そのことが、男には耐えられませんでした。
「私は何をしているんだ?」
男は、誰もいない部屋で呟きました。
もちろん、誰も答えません。
もし誰かが答えたとしても、男にはその答えがわかってしまうからです。
⸻
男は、人生を振り返りました。
成功も。
名誉も。
金も。
愛も。
友情も。
すべて、男の思い通りでした。
だからこそ、男は気づきました。
「私の人生には、何も起きていなかった」
すべてが起きていたのに、何も起きていませんでした。
男は、死ぬことを考えました。
死ねば、少なくとも、この退屈な世界から抜け出せる。
そう思いました。
⸻
そして、男は高い場所へ向かいました。
誰かが止めに来るかもしれない。
男は、そう考えました。
しかし、誰が来るのかも、何を言うのかも、すべて想像できました。
「やめてください」
「あなたには生きる価値があります」
「あなたを必要としている人がいます」
男は、その言葉を想像して、笑いました。
そして、一歩、前へ進もうとしました。
⸻
そのときでした。
「おじさん」
男は、振り返りました。
そこには、小さな子供が立っていました。
男の知らない子供でした。
もちろん、男はその子供のことを知りません。
だから、次に何を言うのかも、わかりませんでした。
子供は、男を見上げました。
そして、少し心配そうな顔で言いました。
「おじさん、大丈夫?」
男は、何も答えませんでした。
ただ、その言葉を聞いて、初めて、自分の予想が外れたことに気づきました。
男は、その場から動けなくなりました。
そして、久しぶりに、人間を見た気がしました。
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