母が亡くなって、新しい信念をゲットした。その名も「この世はおままごと」
お久しぶりの投稿です。
こんにちは
みなさま、いかがお過ごしでしょうか。
私は、先週、沖縄の母の三回忌で、沖縄に行ってきました。
親戚のみの小さな法要でした。
自分が、自分らしく居られる程度の規模で開催しました。
今、もうなんやかんや言ってくる親戚もいないので、私としては楽でした。
母が亡くなった当初は、繰り上げ法要を採用する方向性でした。
私は沖縄ではなく、神奈川に住んでいるので、沖縄にいる姉に負担がかかるなら、このあとのは全部繰り上げ法要でもいいかなぁと思っていました。
しかし、それは、本音ではありませんでした。
私は、文化的なものを大事にしたい思いがありました。
母は、法事は、生きている人のためのものだ。という考えでいました。
その考えを採用すると、残された私たちの心が喪に服すことで、その悲しみを癒していくための儀式 と捉えることができます。
一方で、見えない世界や存在のあれこれに支えられていることを実感する私。
残された者だけのためではなくて、あちら側の世界に旅立った人と、こちら側をつなぐ「儀式」なんだという認識が私の中で育まれていました。
なにより、やってみたい という思いが生まれていたのです。
法事をやってみたい だなんて、不謹慎でしょうか。
でも、母が向こう側へ旅立った後、「世界の捉え方」に大きな変化が生まれたのです。
どんな風にかというと
「この世はおままごと」 です。笑
あんなに世界の中心で、私にとっては、法律であり、選択基準であった、母が亡くなった時、あれ、母は一体何に縛られていたんだろう?と思いました。
母を縛っていた「信念」や「考え方」「~すべき」という法律のようなものは、母が死んだ瞬間に消えてしまいました。
例えば、「人に迷惑をかけてはいけない」「お金に正しくあれ」「仕事ができて一人前」「人に頼るな」「清廉潔白であれ」などです。
これらの「考え方」が、母と一緒に消えてしまいました。
母が消えたと同時に、いっしょに消えてしまいました。
母だけでなく、私も一緒に縛っていたのですが、それが消えた。
あれ、これは、絶対的な「真実」ではなかったんだ! と衝撃をうけました。
ああ、あれは、母が、大切だと思って採用した「信念」だったんだ。もちろん、ご先祖さまから受け継いだ課題もあるでしょう。
私にとって母が偉大だった分だけ、母が抱えていた「信念」も偉大で、それが、この世の真実 ぐらいの大きさに感じられていただけということがわかったのです。私はそれを「この世の真実」としてとらえていたのです。
母が亡くなったら、それが母と一緒に消えた ということは、この世の真実でもなんでもなかった。母が、自分で取り組んでいた、課題でしかなかったんです。
そこでは私は、ああ、人生はしょせん、おままごとなんだなぁと思いました。
「役」を決めて、その「役」を生きて、体験して味わっていたんだ。と。
そう思うと、私に残された人生、このおままごとをどう生きるのか?
が問われた気がしました。
自分が生きたいように、生きる
自分が選びたい役を、選ぶ
そうやって生きる人生で、私は、何を体験したがっているのだろう。と。問われた気がしました。
これだ!というのは、まだ模索中ですが、いや、もうすでにしているかも。
「普通はこういうもの」というどこかの誰かが考えた「セオリー」からできるだけ脱出して、「私がやりたいものをまずやる。 これが基本的な生き方だ」というところに行きついたのです。
そこから、冒頭の、法要をやりたい という気持ちにつながっていくのです。(長かったですね💦)
姉を思う気持ちがあるから、法要を行うのをあきらめる のではなく、
私がやればいいのです。
妹の私がこういった行事を進めると、姉が嫌がるだろうか。親戚の目を姉は気にする場にひっぱりだしてしまう。とも思いました。でもやっぱりやりたいんです。
これまで、見えているモノにしか価値を置かず、見えないものに対して、たいしたことないものと、軽んじていたその姿勢を変えていきたいと思っていたからです。
その姿勢を正していくレッスンにもなると思って。
誰かが、あーしろ、こーしろ 言ってくるような状況だったら、どうなっていたかはわかりません。
しかし、今は、そんな親戚もおらず、だいたい優しいおじさんとおばさんたちに囲まれています。母の代は、いろいろな思いがぶつかり母は大変だったと思いますが。
姉は、法要といったら、ちゃんとやらねばならない という負担感に押しつぶされてしまう傾向があります。
母の「ひとさまに出してはずかしくないものを」という信念を受け継いでいます。私も、その信念を持っていますが、同時に「この世はおままごと」という新しい信念をゲットしました。
この新しい信念は、フットワークを軽くしてくれます。
私を縛る他の信念を書き換えることができそうな予感すらします。
「この世はおままごと」だとしたら、あなたは何役を選びますか?
お父さん役?
お母さん役?
お姉さん役?
末っ子約?
その役を担いながら、どんな経験をしたいですか?
人生が終わるその時までは、その舞台を楽しむことができます。
三回忌が終わったら、次は、七回忌です。しばらく間があきます。
父のことはまだ心配で心穏やかではありませんが、
少し、ほっとしたところで、秋風を感じているところです。
それでは
また✨
