バトンを受け取る
書く人の幸福論 山王かおり著
私がいつかものを書きたいと思うようになったのは、いつの頃からだったのだろう。
書いたものを人の目に触れる形にまとめられるようになったのは、高校の文芸部でのことだが、その前の記憶を辿ってみる。
小学生、それもまだ低学年の頃、学年の最後に制作される文集に何を書いていいかわからず、母に勧められて詩を書いたことがあった。あまり思い入れなく書いたような気もするが、褒められたことが記憶に残った。
一度だけ、将来の夢として「作家になりたい」と書いた記憶がある。たった一度だけ。その一度を除いて「学校の先生」や「獣医」、まったく違う将来を思い描いていた。子どもながらに「作家」とはまるで遠い夢であり、実現には遥かに遠いと考えていたのだ。
その代わりに学校のクラブ活動で参加した創作クラブで物語を書き、手作りの絵本を製作、展示したことを覚えている。
中学に進み、少女小説、私の場合は集英社コバルト文庫に出会って、一気に「書くこと」が近いものになった。背伸びして読んでいた歴史小説と違って、漫画のように自分に近しい小説世界だと感じれた。友達とノートを交換しながら、小説らしいものを懸命に書いていたこともあった。他愛ないけれど、楽しくて夢中だった。
高校で出会った恩師は、当時出始めのワープロで私たちが手書きした原稿をタイプし、冊子にしてくださった。その同人誌を学園祭で手売りしたりもした。手書きの原稿が活字になり、冊子となったことは単純にうれしかったが、それ以上に、読者の評価が得られることに緊張と喜びがあった。
特に、掌編小説を提出した時のこと。先生が真剣な表情で読まれた後、
「こういうのは初めて書いたの?」
と尋ねられた。
そして、
「書き続けるしかないんじゃないですか。締め切りは自分で作るものですよ」
と教えられた。
不肖の教え子の私は先生のご期待に応えられず、今も決して“もの”になる書き手ではないけれど、耳元で聞こえてきそうなその言葉があればこそ、書き続けている私がいる。
就職活動の失敗だけが原因ではないが、それを引き金に沈み込んだ鬱の只中、閉じこもった部屋で頭に思い浮かぶことを、ノートに書き殴っていた。自分を責める言葉を書いて書いて、書き連ねて吐き出すしかなかった。
休学の後、再び大学に戻った時に、高校の恩師がキャンパスにおられた。その恩師のゼミ室を訪ねながら、卒論を書き、同時に小説を書いた。ある賞の選考に残ったこともあった。
その間に、友達に声をかけてもらい、学習教材の編集を手伝うアルバイトもした。一方で自分の創作として長い作品を書いたりもしたが、書き終えた後、燃え尽きる自分に気が付いた。打ち込んだぶん、壮絶な鬱に苛まされた。
このままでは生きていけない、生活が成り立たない。
ドクターに、ほどよく続けられるものの方がいいと勧められたのが、ブログだった。ブログなら、はじめもなく終わりもない。
そのブログで書き始めたエッセイを、恩師にメールで送り、また大学時代の仲間に読んでもらうようになった。
そうしたことをじんわり思い出しながら、読んだのが本書である。先月行われた「文学フリマ京都10」で、ぜひお目にかかりたかった方のお一人、山王かおりさんの初著書だ。
山王さん、と書くとほんの少し遠く感じてしまう。私にはnoteで出会った、“Kaori”さんだ。
初めて読んだのがどの記事だったのかは、覚えていない。たぶん、本屋大賞のノミネート作品について取り上げておられた記事だったと思うが、確信はない。というのも、Kaoriさんの記事には相当な吸引力で引き込まれてしまい、遡って一気に読み進めたからだ。
お仕事の取材でのエピソード、旅先の日記のような記録、そして、治療中の記録であっても、山王さんの文章には惹き寄せるものがある。これを書いている今も、記憶を辿るためにKaoriさんのnoteのページに飛び、いくつかの記事をそのまま読み耽っていた。
なにがそんなに惹きつけるのか。
おぼろげに気付かされたのは、本書の第二章「取材って、本当に楽しい!」の章に収録された「今からは客として飲みます!」の元になった記事だ。
山王さんがまだ駆け出しのフリーライターでいらした頃、自身の足で見つけた取材先で、文字通り相手の懐に飛び込むようなインタビューから書いた短い記事が、「ライターとしての矜持を持たせてくれた」というエピソードだ。そのマスターとの再会へと至る場面も素晴らしくて、胸を打たれた。
「どんな小さな記事でも全力で、取材した相手が喜んでくれるものを書けば、それは大きな価値がある」※
この「全力」の熱意に、私は文章を通して胸を打たれたのだ。そしてその「全力」に触れたからこそ、取材相手の方は、自身のうちにある「物語」を明かされたくなったのだろう、と想像した。
そしてそれを読み解き、自分を入れずに「客観的」、「神の視点」から「物語」として書く。
「私が目指す記事は、これまでもこれからもずっと、取材した人のドラマだ。」※
こんなふうに取材を受けられ、記事を書かれた方は、なんてお幸せなのだろう。
山王さんは、書くことの経験と秘訣をまとめた本書の題名を、『書く人の幸福論』と名付けられた。
職業として、またお仕事以外で書き続けてこられた結論として、「ただ、書きたかった」自分に気付かれる。
「私が生きて、やりたいことは、書くことだ。」※
この真剣さに胸が熱くなる。0から生み出す創作の喜び。「書くこと」そのものを幸せと感じておられることに、心が震える。閲覧数を稼ぐだけの書き手に、この真剣さが伝わるだろうか。ましてAIに、この熱と喜びを伝えられるものか。
文学フリマ京都10の会場で、ついにお目にかかった山王さんは、想像していたよりずっとたおやかで、優しい雰囲気をたたえた方だった。
駆けつける旨をコメント欄でお知らせしていたので、ご本を受け取るのと同時にお手紙をいただいた。
きっとお忙しいにも関わらず、準備してくださっていたのだ。とてもうれしかったのにお礼をちゃんとお伝えできていただろうか。お身体のことももっと気遣えたかどうか。舞い上がっていて、残念なことに記憶がない。
会場を出た後、帰り道の電車の中でカードをそっと開くと、ふんわり温かく、それでいて熱が伝わる励ましの言葉が柔らかな筆致で綴られていた。
遡ってこれまでを思い返すと、どうしても書くことをやめられない自分がいた。人目に触れるものであろうとなかろうと、書き続けてきたのは私もそうだった。
ああ、私の書くものが、伝わっているんだ。アマチュアのささやかな文章すら、noteのおかげでどこかへと届いていることは、いいねの数で可視化されているようでも、半信半疑なところもあった。
真実、読み手に届いている。山王さんの言葉は、その実感が湧いた瞬間だった。私も、書き続けていいんだ。この先も書くことを諦めないでいいんだ。プロであろうとなかろうと。
お手紙を折り畳みながら、そっと深呼吸した。本書を通して、山王さんから静かにバトンを受け取ったような気持ちだ。
※ 山王かおり著 『書く人の幸福論』 より
