見出し画像

足元のゴミを拾うことから始まる成功への階段~大谷翔平選手、鍵山秀三郎先生、斎藤喜博先生 

地域の読書会に参加しています。
先日、参加して「修身教授録」(森 信三著)の「第12講 捨欲即大欲」を読みました。
 
私が印象に残った森先生の言葉は次の通りです。
 
・真の道徳修養というものは、意気地なしになるとどころか、それとは正反対に、最もたくましい人間になることだと言ってもよいでしょう。すなわちいかなる艱難辛苦に会おうとも、従容として人たる道を踏み外さないばかりか、この人生を、力強く生き抜いていけるような人間になることでしょう。
 
・言葉というものは、単に外側からながめている程度では、決してその真相の分かるものではありません。すなわち言葉の真相は、どうしても、自分の体をそれにぶつけてみないことには、真の意味というか味わいはわからないものなのです。
 
・自ら積極的に欲を捨てるということは、意気地なしになるどころか、わが一身の欲を打ち超えて、天下を相手とする大欲に転ずることともいえる。
 
・人間が真に欲を捨てるということは、実は自己を打ち超えた大欲の立場に立つということです。すなわち自分一身の欲を満足させるのではなくて、天下の人々の欲を思いやり、できることなら、その人々の欲をも満たしてやろうということでもあります。
 
・人間は、自分一人の満足を求めるちっぽけな欲を徹底的にかなぐり捨てる時、かつて見られなかった新たな希望が生まれ出るものです。これ果たして弱者の道でしょうか?

 
 今回の講の中に、森先生が教室に入ってこられた時の描写があります。

教室の後ろの入り口辺まで行かれた。そして、そこの紙屑箱の外に落ちていた紙屑を拾って、箱の中へ入れた後、教壇に立って礼・・・

 読書会参加者の一人が、関連して次の言葉を教えてくれました。

紙屑一つ拾えぬ人に、どうして教師が務まるか。

森先生の言葉だそうですが、同じく「掃除の神様」と言われたイエローハット創業者の鍵山秀三郎先生は

足元のゴミ一つ拾えない人間に、いったい何ができるのでしょうか

とも言っていました。
 ゴミは、ある意味、「トラブルの象徴」です。
 
ゴミを見逃したり、見なかったことにしたりで素通りするということは、その人のマインドが、「問題の先送り」であったり、「自分がしなくても、誰かがしてくれる」という人任せマインドであったりする事とつながります。

 だから、「足元のゴミひとつ拾えない」ということは、「気づけない人」であり、「気づいても、行動を変えない(問題に近づかない、対処しない)人であることを表していて、そのままのマインドでは、仕事の質も上がらない、最後まで責任をもってやりきれない、ということを言っているのだと思います。だから、「何ができるのでしょうか~いい仕事はできない」なのだと思います。
 
 また、読書会の参加者から、かつて、群馬県の島小学校で日本一の学校と言われるような実践を積み重ねた方として、斎藤喜博先生の紹介がありました。
 齋藤先生は、授業を大切にされ、「ゆさぶり発問」「授業で勝負する」など、今の教育界にも受け継がれている言葉を多数残されたそうです。
 そんな授業に厳しい斎藤先生ですが、著書「授業入門」で「ごみが見えない教師は落第だ」と言っています。ごみが見えない(ごみを拾えない)教師は、学習や授業の流れ、子供の心の動きに鈍感であり、見えていないことを体現している。だから、いい授業ができるはずがないということが真意のようです。
 
 そういえば、大谷翔平選手も、インタビューで「なぜ、落ちたゴミを拾うのですか?」と問われると、

 誰かが捨てた運を拾っているんです

と答えたエピソードがあります。これも、「気づく力を上げる」「問題に対処する力をつけている」と読み替えると、違った景色が見えてきます。
 
 実際、2010年に春夏甲子園連覇を成し遂げた沖縄県の興南高校の我喜屋監督は、選手たちに宿泊したホテル周辺のごみ拾いを毎朝させていた(自身もしていた)そうです。すると、エースの島袋選手が

大人の捨てた煙草の吸殻や缶ビールの空き缶などのごみを、なんで朝早くからぼくたちが拾わないといけないんですか

と聞いてきたそうです。きかれた我喜屋監督は一言
 
「まあ、いずれ分かるときが来るから、黙って続けてみろ」
 
と答えました。
 甲子園が終わってしばらくすると、島袋選手から 

 ごみ拾いなどのおかげで、観察眼がつきました。
 どうやら、ゴミを拾う気付きが、野球の観察眼や洞察力、配給の組み立て方、打者を打ち取るこつにつながりました。ありがとうございました。

と言われたそうです。
 
 気付きや学びは人それぞれなので、ゴミ拾いをすると必ず運が良くなるとか、成功するとか、何を得られるかはその人にかかっています。

 でも、教育、ビジネス、スポーツ界と業界や時代は違っても、「一流」「成功者」と言われる人たちが、同じように「足元のゴミを拾うこと」を大切にしていた、実践していることを知るにつけ、その効果や実践の意味は大きいなあと感じた今日この頃です。
 
 
 
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
皆様の心にのこる一言・学びがあれば幸いです。