「忙しさは記憶を消していく」~ 自分と向き合う贅沢な時間で仕事の質も上がる。
最近、お気に入りなのは大沢たかおさんが出ているコーヒーのCM。
じっくりと時間をかけてコーヒーを淹れ、窓の外の景色を見ながら、その一杯を味わって飲む。
飲みながら、景色を見たり、まどろんだり、ぼーっとしたり。
大人のゆとりとともに、まさに「贅沢な時間」を生きている感じがすてきだなと思いました。
行為としては、コーヒーを注ぎ、一口一口味わって飲む、ただそれえだけで、何か「仕事」ができたとか、何かを生み出したとかではありません。
でも、ある意味、こういう時間が「贅沢な」過ごし方なのかもしれません。
過去の私は、少しでも時間を有効に使おう、効率よく使おうとして、とにかく、仕事をあらゆる時と場所に詰め込んでいました。
・移動の電車の中で書類をチェックする。
・新幹線などで、スマホで検索、メモ、メモ、メモ。
・同僚のコーヒーブレイクタイムでの雑談にも加わらず、資料作り。
・インプットが大切だ、ということでトイレでもお風呂でも読書。
・散歩やジョギング中に英会話の練習、車の運転中も、英会話を聴きながら・・・。
・せっかくの家族旅行中でも、仕事のことが頭から離れず、常に、仕事の事を考えて・・・。
コーヒータイムにしても、ただ「飲めばいいや」で、味わうというより、何か体に水分を入れればいいというような何とも味気ない過ごし方。
今思えば、たしかに、真剣に寸暇を惜しんで仕事をしていたのはいいにしても、何か殺気立っているというか、余裕もゆとりもない状態。
仕事は嫌いではありませんし、働くことが生きがいというつもりで前進していたので、充実はしていたのですが、そのかわり、一言でいえば、「殺伐」としていました。
そして、ある時、気付いたんです。
忙しく働いて、よくやった、成果も出た!という感覚はあっても、その
「多忙を極めている時の記憶がない」
ということに。
また、せっかくの家族旅行の思い出も薄い、わずかなものしか残っていないことに。
別に脳に異常があっての事ではありません。
忙しすぎて(自分で忙しくして)、頭の中で記憶を整理する時間がとれず、記憶が定着しなかったからかもしれません。
仕事の成果は出せても、記憶が残っていない・・・。
正直言って、焦りました。
大げさに言えば、「これまでの私の人生って、何だったの」というところまで思い詰めました。
そして、このまま、同じような時間の使い方、過ごし方をしていては、後悔だけが残ると思い、時間の見方、考え方を変えました。
一言でいえば、
「今・ここ」の時間、自分の感覚を大切にする、味わうようにシフトしていきました。
・空や田園風景、景色の移ろいを楽しみながら散歩する。
・コーヒーを飲む時は、何かしながらではなく飲むこと自体に集中。
・お風呂時間は、読書はしつつも、出る前の10分間は、本を閉じ、しばらく瞑想をする。
・同僚との、どうとでもない「雑談」自体を楽しむ。
・・・
上記のような過ごし方が増えていくと、気付きました。
以前は、たしかに時間を有効に使っていたかもしれないけど、自分自身を大切にはしてはいなかったんだな
と。
また、以前の私は、「ぼーっとするのが苦手でした。
何も進まない、何も生み出さないというような感覚があって、時間の無駄だという思いが先行していたからです。
しかし、実は差もあらず…でした。
脳科学の本によると、このぼーっとする状態は、頭が休んでいるというより、「脳のスタンバイ状態」を作っているのだそうです。
これからの自分に起こりうることをシミュレーションしたり、過去の経験や記憶を整理、統合したりと、これからの自分のための準備を整えています。また、このぼーっとしている状態で記憶が整理され、定着してもいます。
さらに、私の経験から言うと、このぼーっとする、リラックス状態の時に、思いがけないアイデアが降ってきたり、このNOTEのネタを思いついたりしました。
不思議なことに、寸暇を惜しんで仕事をしていた時は、時間を有効に使っているはずなのに、なぜか、いつも焦りにも似た、時間に追われるような、時間が足りないような気持ちが常にありました。
しかし、このぼーっとする時間を持てるようになった今は、むしろ、自分の胸の中が満たされているというか、充実した感じがあって、何か足りないとか、がんばらなきゃといったような気持が薄まっていきて、時間に追われる感じは無くなりました。
そして、ひょっとしたら、前以上に仕事の「質」は上がっている気もしています。
人生は「時間の積み重ね」です。
でも、忙しすぎて、記憶が消えてしまっては、本末転倒。
自分に戻る時間、自分を大切にする時間(自分と向き合う、対話する時間)が多くなると、人生の充実度はより上がっていきそうです。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます
皆様の心にのこる一言・学びがあれば幸いです
