人生は「観光」旅行~「光を観る」積み重ねで幸せになっていく
どんな哲学書にも「これが人生の目的だ」という答えは書いてありません。
だから、何のために生きるのかと、「自分探しの旅」に出てしまうと、様々な教えの中に自分が納得できる答えを見つけるか、自分なりの答えを見つけるかしないとさまようことになってしまいます。
そして、探し回っている内に、あるいは、未来の幸せのために、今を我慢して、犠牲にしているうちに幸せを感じないまま、人生が終わってしまいます。
そこで、発想を変えてみます。
人生の目的を見つけるために生きるのではなく、「ただ、生かされている」と自覚して、その中で、今の一瞬、一瞬、私の命を輝かるために生きるようにしてみるのはどうでしょう。
本当はありもしない「目的~例えば、出世、お金持ちになること、有名になること、皆に認められること、愛されること・・・のために、多く我慢や犠牲を強いて生きてしまっては、たとえ、目的が達成できたとしても、そのために、同じくらい失って、得られなかったものがあることに後悔が生まれかねません。
逆に、楽しいこと、嬉しいこと、感謝したくなるような幸せな「いま」を積み重ねていけたら、人生の最後の日に、「いい人生だった」と後悔なく、終えられるような気がします。
お釈迦さまは、人生とは目的のある旅ではなく「観光旅行のようなもの」と言ったそうです。
観光とは、文字通り「光を観る」ことで、光とは楽しい事、嬉しい事、ありがたいこと・・・等です。
なので、楽しい事、嬉しい事、快適な事、喜べる事・・・「光」となることに目を向けて、経験して生きる、その連続が「私の人生」となります。
もちろん、生きていれば、病気や事故や思うようにいかないことも経験しますが、「観光旅行」ですもの。そんな「影」の部分を見る必要はなく、「光」の部分をたくさん見ていけば、心も満たされます。
そして、そんな光の経験に感謝できたら、日々、最高な人生になっていく気がします。
人生は「解釈ゲーム」という側面があります。
同じ出来事でも、その中にいかに「光」を観ていくかは、私たちに任されています。
みなさんは、どんな「観光旅行」にしていきますか?
ここまで読んでいただき、ありがとうございます
皆様の心にのこる一言・学びがあれば幸いです
