一流の人、運がいい人は、なぜ、悪口を言わないのか?
「言葉は身の丈」ということわざがあります。
その人から出てくる言葉(話すこと、書くこと)には、性格やこころ模様、もっと言えば品性があらわれるといった意味になります。
でも、言葉と思考(頭の中)がつながっていることを考えれば、頭の中のことが言葉として出るのと同様に、出てくる言葉を変えれば、逆に思考(頭の中、考え方)、ひいては、性格すら変えることができるともいえます。
マザーテレサの有名な言葉に、
言葉に気をつけなさい。それはいつか行動になるから。
行動に気をつけなさい。それはいつか習慣になるから。
習慣に気をつけなさい。それはいつか性格になるから。
性格に気をつけなさい。それはいつか運命になるから。
があります。思考が言葉をつくり、その言葉(思考)をもとにした行動につながります。
反対に、行動(何を言うか)を変えると、思考も変えられます。
そう、使う言葉によって、その人の品性が磨かれますし、反対に、卑しくなることも出てきます。
脳にはまだまだ解明されていない謎や仕組みがたくさんあります。
その中で有名な説として、「脳は主語が理解できない」があります。
脳の中では私とあなた、私とみんなが一緒になっています。
脳は自分が口にしたすべての言葉を、「自分のこと」として受け入れようとします。
なので、自分が人の悪口を言うと、脳の中では自分が悪口を言われたのと同じ状態になります。つまり、相手を傷つけているようで(もちろん、傷つけていますが)、自分も同じように傷ついています。主語を理解できないので、「相手への言葉」とは理解していない、自分の事と受け止めるからです。
ということは、悪口を言えば言うほど、自己嫌悪に陥ることにもなります。
相手を非難することは、自分を非難することになります。
相手にダメ出しばかりしていると、自分を責めることになります。
でも、逆もまた然り。
例えば、友達を「やればできるよ。大丈夫」などと励ましていると、脳の中では、自分自身が「できるんだ!」と応援されている、暗示をかけている、そして刷り込んでいるような状態になります。
よって、友達の成功や結婚などを祝福することと、自分自身を祝福すること同じです。イコールでつながります。
人の悪口を言っていると、自分にも悪口と同じような経験が寄ってきます。
逆に友達の事を一緒に喜んでいると、自分にも同じような「喜び」の経験が近づいてきます。
喜びが喜びを引き寄せる、って感じでしょうか。
悪口を言っているときは、相手の価値観を理解することができず、自分で「勝手な判断・決めつけ」(ジャッジ)を行っていることが多いです。
それぞれの事情があるとか、生い立ちが違う、背景がちがうなどなど、相手の事(価値観)を理解しようとせずに、「自分の価値観」しか頭にないので、その価値観から外れる人(考え方)に対して、悪口(文句)を言いたくなってしまいます。
視野が狭い、あるいは、相手の事を受け入れられない状態だとも言い換えられます。
そして、この悪口が出る状態=自分の価値観しかない、視野が狭い状態だと、「運ばれてくる」と書く「運」を見つけられない、受け止めきれない、見逃してしまう、チャンスを捕まえられなくなる状態とイコールになります。
つまり、運が見えていない人ほど、悪口を言っている。
チャンスがやってきても気づかずにつかみ損ねています。
他にも、人の悪口を言っていると友達が離れていくのは、自分が今いるグループや話の輪を抜けた時、陰で、自分がいないところで、悪口を言われているのではないかと疑心暗鬼になってしまうから。
話を合わせて、表面的には笑っていても、心のどこかで、相手の事が信頼できなくなっていきます。
しかし、悪口を言わず、裏表がない、いつでも、だれに対しても同じ態度でいる人だと、それだけで安心感や信頼度が増していきます。だからこそ、心を許せるようになるのかなあと思います。
人づきあいがうまいということは、人を許せるということだ。
ピューリッツァー賞を4度も受賞したアメリカの詩人ロバート・フロストの言葉です。人を許すということは、広い心を持つと同時に、他人の価値観を認める事にもつながります。多様な価値観を認められてこそ、本当の意味での人づきあいが上手と言えるのではないかと思います。
運がいい、一流だから悪口を言わないのではなく、
悪口を絶対に言わないから、運が良くなるし、一流にもなっていく。
そして、友達も増える。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます
皆様の心にのこる一言・学びがあれば幸いです
