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止まっていた何か

終わりが来ることがわかっているのに
始めることに意味があるのだろうか。

夏の暑さを名残惜しむかのような
少し冷たい風のせいなのか
柄にもないことを考えながら
ベランダから見える街の明かりに
どこか目を奪われながら
タバコに火をつけ、ゆっくりと吸う。

吐き出した息に
言葉にならない何かが混ざる。

煙はすぐに形を失って
夜の中に溶けていく。

終わるからこそ儚いとか、美しいとか。
どこかで聞いたような言葉を思い出すが
今はうまく飲み込めない気がした。

少しだけ、自分に酔っている気もする。
それを誤魔化すように、缶ビールを開けた。

とはいえ
終わりを考えながら何かを始めるわけでもない。

何かが始まる前の、あの空気に
胸が高鳴ることもある。

終わりに違いなんてないはずなのに。

ただ——
同じようには受け止められない終わりもある。

いつから
終わりを怖いと思うようになったのだろう。

昔はもっと
始まることの方だけを見ていられた気がする。

こんな日は
世界で自分だけが取り残されているような
自分だけが足踏みしているような感覚に襲われる。

いたたまれなくなって
部屋を出て散歩に向かう

完全に暗くなった道に
ぽつりと立つ街灯の光。

その明るさが
余計に周りの暗さを際立たせている気がした。


公園のベンチに腰を下ろし
何となく空を見上げる。

雲の切れ間に見える月が
やけに遠く感じた。


「あの星ってさ」
聞き覚えのある声が、ふと頭をよぎり
すぐ消える


スマホを取り出し、画面を見る。

白い光が
夜に馴染んでいた感情まで照らし出す気がして
すぐに画面を閉じた。

今はまだ夜と混ざり合っていたかった。



どれくらい時間が経ったのだろう

誰かの笑い声で現実に引き戻される

騒いでいるわけでもないのに
静けさの中に響くその声が
ひどく遠く感じた。

気づけば
ベンチから立ち上がっていた。

大通りを避けるように
裏道からコンビニへ向かう

静かに響く来店音。

店内には
BGMと冷蔵ケースの低い音だけが流れている。

誰にも気を使わなくていい空気に
ふっと肩の力が抜けた。

弁当を一つ手に取る

温めはお願いしなかった
今は温めたくなかった。


「お箸はつけますか?」

返事したかったのに
上手く声が出せず
手振りで伝える。

恥ずかしさから軽く会釈だけして
逃げるように店から出る


背中を照らしていたコンビニの光が
数歩歩くだけで遠ざかっていく。

気づけばまた
夜の静けさだけが隣に残っていた。


来た道をゆっくりと歩いて
家に戻る

部屋の電気は
つけられなかった

窓から差し込む光だけで十分だった

冷たいままの弁当を、冷えたビールで流し込む

テレビをつけ、ただ眺めていた。

聞こえてくる笑い声が
静かな部屋にゆっくりと溶けていく。

その音だけは
なぜか嫌いじゃなかった。

「体は洗うか」

このまま寝てもよかったのに
それは出来なかった

シャワーから流れるお湯が
冷えていた感覚をゆっくりと溶かしていく。

目を閉じると
張っていたものが少しだけ緩む気がした。

シャワーの音だけが
狭い浴室に響いている。

何も考えないようにしていた。

シャワーとは違う
何かが頬をつたった気がしたけれど

きっと勘違いだろう


「出るか」

念入りに顔を拭いて
脱衣所を後にする。

熱が戻ってくるにつれて
止まっていた思考まで浮かび始める

頭の中だけが
勝手に目を覚ましていく。

それとは反対に
体はもう何もしたくなかった。
もう横になりたかった。

ベッドに入っても眠れる気配は訪れなかった

スマホを手に取り画像フォルダを開く

上の方までスクロールして
古い写真を眺める


なつかしい景色や人を眺めながら
呼吸が少しだけ楽になった気がした。

戻りたいわけじゃない
ただ、自分の生きてきた価値を感じていたかった。

一つの動画で手が止まり
ゆっくりと再生ボタンを押す

いつ聞いても慣れない自分の声。

それとは反対に
あの声だけは
昨日も聞いていたかのように耳に馴染んだ。


ずっと聞いてないはずなのに。


小さな笑い声が
静かな部屋に滲んでいく。

急に何かが溢れそうになり
動画を閉じる。

必死で強がって耐えてきたものが
壊れてしまうような気がした。


それでも

それでももう一度開かずにはいられなかった。

止まっていた何かを動かすために

自分はここにいていいと感じるために。

終わりは決して悪いことだけじゃないと
そう思えるようにするために。

見終わったところで何も変わらない。

そんなことはわかってる

でも、そんなことをしなければ
保てない日もある。

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