With my boots, I can go anywhere
わたしには大好きな友人がいる、もう四半世紀の付き合いになる。彼女は美しく、賢く、とてつもなく働き者で、そしてとても口が悪い。ただ、同時にとてもとても愛情深い人なので、学生時代に出会ってから今までずっと変わらずに大好きだ。いい女だな、といつも会う度に思う。そしてその彼女はとても、決断と行動が早い。わたしがぼんやりと過ごしている間に、仕事を複数変え、住まいをいくつも変え、今は愛する夫がいて、大切な子供を中心にした暮らしをしている。わたしたちは全然違うな、と思うけれど、もしかしたら全然違うから一緒にいて楽しいのかもしれなかった。
そんな彼女と美味しいランチとお茶を共にした数日後、メッセージが届いた。彼女が買うか迷っていてた靴を買ったよ、という報告だった。ナイキの出しているローファーで、珍しい形と質感のそれは最近髪を明るい色に染めた個性的な彼女にはよく似合うと思った。
その日、香りのいいお茶を飲みながら、お互い靴が欲しいと話していて、買っちゃいなよ、言い合っていたのだ。わたしたちはそれぞれ、互いの行動を止めることがあまりない。やってみたい仕事も、行ってみたい場所も、欲しいものも、そんなに止めない。そもそも、どんなに酷い男の人を好きになった時だって、お互い、止めても聞きゃしなかったのだ。止めても無駄だし、自分たちがお互いに決めることだ、という暗黙のルールのようなものがお互いにあった。借金や、法に触れること以外は止める気はあんまりないし、そういった堅実さを持っていることはよくわかっていたから、それで何にも言わないのもある。だから彼女がする決断と行動を疑ったことはあまりなかった。
むしろわたしはいつも、決断が遅かったり、行動に移せないことが多いので、それを指摘されることが多かった。彼女が付き合ってくれたウィンドウショッピングののちに買わなかった商品がいくつあるだろう。引っ越しも転職もずっとしたいと思いつつずっとできなかったし、ソファを買いたいと思って候補まで決めたけれど結局買わなかったりした。もちろん、条件が自分の思ったものと合わず、動けなかったのもある。だけど行動に移すことの大切さは、ここ一年から数ヶ月、ファッションや文章を書くことと向き合っていて感じていた。行動しなければ、体験しなければ、わからないことがたくさんあるんだということ。ずっと彼女はわたしにそれを伝えてくれていたし、傷だらけになりながらでも自分の欲しいものにずっと手を伸ばし続ける姿を見せてくれていたのに、それに気づいたのは最近だった。自分のことをちょっと、というかかなり愚かだった、と思ったりしたけれど、後悔したって時間は戻らない、自分が今できることをやるしかなかった。
と、こんな壮大な話をしているけれども、今のわたしの望みはそんなに大きなものじゃない、自分にぴったりな靴を買うことだった。少し前に購入したNew Balanceのスニーカーは履きやすくどんな足場の悪い道でも、ちょっとした雨でもへっちゃらだったけれど、TPOを選ぶものではあった。だから今度は、どんなシチュエーションでも履ける靴が欲しかった。腰痛がひどく、冷え性で靴下をたくさん履いても平気なもの、好きなマキシ丈のスカートにも、いつも履いているデニムにも合わせられるもの、いろんな条件を挙げて、黒いショートブーツがいいなと思っていた。
少し前に履かせてもらったThe Rowのブーツを買う財力があれば良かったのだけれど、貯金を崩して購入したとて、わたしはあの美しい靴を維持してケアをし履き続ける力はないと思った。わたしはそそっかしく、ガサツなのだ。繊細なあの靴を迎え入れるほどの丁寧な暮らしはできないし、それをプロに任せられるだけの生活の余裕はない。わたしが好きな形と機能を持ち、今のわたしにぴったりの靴を本気で探したかった。
よし、沢山靴がある場所で、価格帯の上のものから順に履いていこう、と覚悟を決めた。ドーバーストリートに通い、さらに憧れのブーツを履いたことで、随分と図太くなったみたいだった。素敵な靴が沢山沢山集められている場所は?と考えて、新宿伊勢丹の靴売り場にきた。ここならば、様々なブランドの靴が一堂に集まっている。気になったものをとにかく履こう、と意を決して店員さんにお願いして、順々に履かせてもらった。
淡いブルーの箱すらも美しかった柔らかな皮のプラダ、留め具の形までこだわり抜かれた繊細なマルジェラ、トレンドの形を押さえながらも足にフィットして履きやすいオデット・エ・オディール、ソールの形が個性的で可愛らしく履いていて楽しいsacai、それを履くだけでグッとわたしを格好よくしてくれたY‘s、どれも素敵だったのだけれど、だけど、どれもわたしのものじゃない、そう思った。
明るい時間から試着をはじめたものの、気づけば周りは暗くなり、閉店の時間も近づいていた。困ったな、と思いつつ、上記とは別の友人に一回履いてみれば?と勧められたDR.MARTENSの路面店が近くにあることを思い出した。勧めてもらっていたものの、大学時代、愛用している先輩がいて、そのブランドは自分の中でその人のものだ、というイメージがこびりついていた。なんとなく、嫌煙する訳じゃないけれどなぜか避けてしまっていた。だけどここまで色々履いてもしっくりくるものがないのでもう、とりあえず履こう、と半ばヤケクソになってお店に向かった。なんと、店舗は歩いて3分のところにあった。
お店に入ると店内には当たり前だがずらりとマーチンの靴が並べられていた。独特なステッチを見ると懐かしい気持ちになる。平日の閉店近い時間だったこともあり、ラッキーなことに店内は空いていた。キョロキョロしていると、大柄でがたいの良いスタッフが朗らかな笑顔で声をかけてくれた。時間がないこともあり、もう試着にも随分となれたので、失礼ながらわたしはものすごく、ものすごく正直に自分の欲しいものを伝えた。極々シンプルな黒のショートブーツを探していること、マーチンは独特のステッチが特徴であることはわかっているけれどそれが目立たないものが良いこと、編み上げではない方がいいこと。マーチンの専門店で、マーチンらしくないものを出して欲しいとお願いしたので、嫌な顔をされても仕方がない、その時はさっさと諦めて店を出よう、そう思った。でも予想に反してそのスタッフはすぐに、なんの躊躇いもなくそれならこれですね、と2点のブーツを示し、サイズを出してくれた。
それは本当に飾り気のない、とてもシンプルな黒のチェルシーブーツだった。一つはソールに少し厚みがあり、もう一つはソールが薄く、その色味も少しだけ透明感がある不思議な印象のものだった。両方とも履かせてもらったのだけれど、履いてみるとすぐにソールの厚い方のブーツがスッと自分に馴染むのがわかった。The Rowを履いて、さらにはその日1日で複数のブランドのブーツを履き比べたけれど、どれも素敵なのに、違和感がどうしても拭えなかった。でも、そのブーツを履くとそういった感覚は消えた。それがわたしにしっくりと馴染んで、ああ、あなたなんだね、とそう思った。
不思議なのだけれど、わたしは自分に似合うものや必要なものと出会うと周りの音や香りや気配が消える。それを身につけてすぐ、ほんの短い一瞬なのだけれど、凪の中にいるような時間があるのだ。ちょっと前に購入したバックパックを初めて背負った時も、本当は欲しかったThe Rowのブーツを履いた時も、はじめてmiumiuのデニムとニットを身につけた時も不思議な高揚感と静けさが自分を包んでいた。バックパック以外購入していないのは、わたしの収入や現状との身の丈の問題だったり、自分がありたい姿や生活に見合っていないからだったけれど、本当に、そういうものを身につけるとなんとなくしっくりくるのがわかるのだった。
トントン拍子に購入は決まった。わたしの悩みは酷い腰痛と、運動神経と注意力不足によってよく転んでしまうことだった。転んでしまうと体へのダメージがとんでもないので、できる限り転びづらい、歩きやすい靴がわたしには必要だった。伊勢丹でブーツを見て回っていた際、雨の時はどうなりますか?と質問すると、滑ると思いますよ、とやんわり言われるか、履かないでくださいとお叱りを受けた。でも一般庶民で結構なブルーカラーの職業の身としては、雨の日に履けない靴なんて履けない、としょんぼりしてしまった。世界が違いすぎると思った。でもこれは外せないポイントなので、恐々マーチンのスタッフにも雨などで滑りやすくなってしまった床はどうですか?と質問した。雨や雪は大丈夫だけど氷の上は気をつけて下さい、というなんとも心強い回答が返ってきた。怒られなかった上に、太鼓判を押してもらえて嬉しかったし、とても安心した。
頑丈なので数年は余裕を持って履けること、サイドゴアですら張り替えは可能なことなど、バックアップ体制もばっちりであることを教えてくれた。わたしは気に入ったものはずっと使い続けるタイプなので(メモ帳はひたすらにロルバーンのA6サイズだし、愛用しているポーチは多分15年くらいの付き合いだ)、修理して長く履けるというのも嬉しかった。このデザインならばきっと、なかなかに飽きがくることはない。
さらにラッキーなことにクーポンを使ってお安く買える期間中だった。なんてことだ、これはもう運命ですね、とスタッフに言いながら、最低限のケア用品とあわせて包んでもらい、暖かな店内から暗く寒い東京の街に送り出してもらった。ちょっと興奮していて、同時にもう履くものに迷わなくていいんだとホッとしていた。これならば、雪や雨の道もへっちゃらな上に、おしゃれな高級ホテルのアフタヌーンティーにも、洒落たレストランのディナーにも行ける。本当にシンプルなデザインだから、いろんな服も似合うはずだ。このブーツがあればきっと大丈夫、そう思った。
実は、わたしは今、結構人生の大きな岐路に経っている。来年の今頃、自分がどこで、誰と、何をしているのか、本当にさっぱり予測ができないくなってしまった。こんなふうになるなんて、数ヶ月前の自分は全く想像していなかった。なんでこうなっちゃったのかな、と寂しく、悲しく、悔しく思う気持ちはある。だけどしょうがない、ここからまた、歩き出すしかないのだ。
DR.MARTENSの理念は思った以上にパワフルなものだった。このタフな思想をもとに作られた靴と、わたしはどこに行くのだろう。今はまだ、周りが暗くて、全然よくわからない。素敵な靴は素敵な場所に連れて行ってくれると、イタリアでは言われているらしい。どこにでも行けるよ、とこの黒いピカピカのブーツが、足元で言ってくれている気がしている。
わたしもブーツを買ったよと、帰り道に大好きな友人に報告すると、意外なブランドだというと同時に、似合うと言って褒めてくれた。わたしたちはきっとずっとこうやって、楽しく暮らしていくんだろう。それはよくよくわかっている。
