ぶらり散歩〜矢上川と橘樹神社
今年4月に渋川を歩き、途中で合流した矢上川の
続きを歩こうと日吉駅に降り立ちます。
4月に歩いた時は、残りの桜の花や新芽の緑があちこちに芽吹いていた。
あれから8ヶ月経ち今年も冬がやってきて、紅葉の木々も葉を落とす季節になった。
1年があっという間に感じる12月



矢上川
矢上川(やがみがわ)は、神奈川県川崎市の西南部を流れる一級河川。鶴見川水系の支流である。
その源を多摩丘陵に位置する宮前区水沢から発した後、東名高速道路付近から、下末吉台地を開削してほぼ東南東に流下、川崎市高津区野川付近の五反田橋手前で、南側から来た有馬川を合わせ、子母口で多摩川低地に入り、以後、下末吉台地北縁を南東に流れ、川崎市幸区矢上で、慶應義塾大学理工学部(矢上キャンパス)の載る矢上台の縁を回り込むように90度近く向きを南に変え、矢上台と加瀬山の間を抜けて、鷹野大橋で鶴見川に合流する。

ひらがなで、なかよしばし
のどかだ。と思いながら歩いたが
中吉だった。


川を上流に向かって歩く左手は小高い丘




南武線鉄塔No.31



左側の小高い丘
帰ってきて調べると、井田城跡とあり、神庭と呼ばれる里山に古墳(蟹ヶ谷古墳)が三基あるそう。里山へ虫たちに会いに夏に行ってみたい。
井田城跡
古墳の周溝と見られる溝状遺構が確認され、埴輪片なども出土したものの
城郭関連遺構が発見されたという報告はなく、城郭遺構の存在は考古学的方法では確認されていない。


江川は矢上川の支流
渋川も江川も、もともとは二ヶ領用水









矢上川はここまでで、右手側の子母口地区へ行きます。



この景色
昭和な感じ
柿の木のある光景をみていて思い出した絵本。
やまのこどもたちとやまのたけちゃん
という石井桃子さんの書いた岩波の絵本が大好きで今も大切に本棚にありますが、こんな景色の中のたけちゃんの日常が幼少のころからの憧れ。

春は梅の花でおままごと,夏には梨の実とり,秋の楽しい運動会,そして深い雪の中で迎えるお正月――東北地方の農村の素朴な暮しと自然を,いたずらっ子のたけちゃんを中心に描きます。 岩波こどもの本より引用
矢上川を反れて向かうは橘樹神社

創建は不明ですが、「立花社」として古墳にも記載されている神社です。
ご祭神は日本武尊、弟橘媛の二神
現在の社殿は嘉永4年(1851年)に建て替えられました。

たちばな神社HPより引用
ヤマトタケルとオトタチバナヒメ
日本のあちこちに伝承が残っていて
赴いた先で由縁に出会うたびに興味深く心惹かれます。
以前、偶然お参りした横須賀の走水神社でオトタチバナヒメが夫ヤマトタケルの東征の際に荒れる海を鎮めるために入水したことを知りました。
熱田神宮では、ヤマトタケルの草薙神剣の物語を知りました。
伝承されている土地に行ってみると
神話の世界が実世界のことのように感じられます。お話もあれこれつながりがあり、もっと知りたくなります。


通常の獅子と有角の狛犬一対ではなく
子犬を抱く犬の親子一対の姿
古代からこのあたりは、たちばなと呼ばれた地域であるが、橘樹郡という地名が神奈川県(武蔵国)にもでてくる。
実家は300年ほど前の御先祖様から横浜のとある土地で代々受け継がれてきていたのだが、古地図でみると橘樹郡にあったようで、橘樹という名のこの神社に興味があり一度来てみたかった。







Gazaniaの名は、アリストテレスなどのギリシャの古典書物をラテン語に翻訳したギリシャ人”ガザ”の名前に由来するそう。




古墳はお墓だから、のぼったらいけないのかもしれない…




さきほど矢上川と合流していた江川はきれいな遊歩道になっています。
一番近い南武線の武蔵中原駅まで歩きます。
途中でパンを買い、中原街道を歩きます。

通り過ぎてしまいましたが、
砲弾を抱えた狛犬がいるそうです。
だいぶ歩きました。歩数13508歩


グラタンコロッケバーガーとモンブランクロワッサン
江川せせらぎ遊歩道から武蔵中原駅に向かう途中のパン屋さんで買ったパン。
ふたつともとても美味しかった。
駅からだいぶ歩くのだけど、また食べたいので再訪確定です。
