「心技体」の『心』とは何なのか。
みなさんは大切な議論を、人間性という言葉で終わらせたことはありますか?
「心技体」。
スポーツをしている人なら、一度は聞いたことがある言葉だと思う。
しかし、私は最近、この言葉に違和感を覚えるようになった。
もちろん、「心」は大切だと思っている。
試合で緊張した場面でも自分の力を発揮すること、失敗を引きずらずに次のプレーへ切り替えること、苦しい場面でも冷静に判断すること。こうしたメンタルは競技力に大きく関わる。
だから私は、「心」は必要だと考えている。
ただ、私が疑問に思っている「心」は、そこではない。
大学の野球部でよく耳にする「心」とは、
「練習態度」
「日頃の行い」
「欠席連絡」
「挨拶」
「人間性」
こういったものを指しているように感じる。
もちろん、それらも社会に出れば必要な力だ。
否定するつもりは一つもない。
しかし、それを競技力と同じ土俵で語ることには違和感がある。
例えば極端な話をしてみたい。
メンタルがとても強い小学生と、メンタルが弱いプロ野球選手が試合をしたら、勝つのはどちらだろう。
ほとんどの人が「プロ野球選手」と答えるはずだ。
なぜか。
技術と身体能力に圧倒的な差があるからである。
どれだけ気持ちが強くても、150km/hのストレートを打つ技術がなければ打てない。
どれだけ根性があっても、身体能力の差は埋まらない。
私はここから、「心だけでは勝てない」ということが分かると思っている。
もちろん、実力が拮抗している勝負では話は変わる。
プロ同士。
全国大会常連校同士。
大学の同レベルのチーム同士。
こうした試合では、最後の最後に勝敗を分けるのは集中力や判断力、プレッシャーへの強さといったメンタルの部分だろう。
つまり、「心」が大きく影響するのは、技術や身体能力がある程度そろった後の話なのではないだろうか。
だから私は、学生野球において、勝つための優先順位を考えるなら、
まず技術。
次に身体。
そして最後にメンタル。
そう考えている。
そして、さらに別に考えたいものがある。
それが「人間性」である。
先日、こんな出来事があった。
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