「数をやれ。」が、選手を下手にしているかもしれない。
みなさんは何事にも量は必要だと思っていますか?
野球をしている人なら、一度は言われたことがある言葉があります。
それは、
「数をやれ。」
ティーバッティングを何百球。
ロングティーを何百球。
100球連続ティー。
僕はこの言葉に、ずっと違和感を持っています。
もちろん、反復練習を否定したいわけではありません。
できないことを、できるまで繰り返す。
これは上達するために絶対に必要なことです。
でも、「反復練習」と「数をやる」は、まったく別のものだと思っています。
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僕が問題だと思っているのは、「数をやれ」という練習にはテーマがないことです。
「今日は何を身につけるのか。」
「その練習は本当に今必要なのか。」
そこが決まっていないまま、とりあえず数をこなす。
いつの間にか、
練習すること自体が目的になってしまっている。
だから僕は、「数をやれ」という言葉が好きではありません。
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ただロングティーを100球。
連続ティー10球10セット。
ただマシン打撃を1時間。
僕なら、まずテーマを立てる。
例えば、今日のテーマが
「ストレートに振り負けないバッティング」
だったとします。
それなら、
・正面ティーで体感速度を上げる。
・短距離マシンでボールを見逃し、速いボールに目を慣らす。
・バットの出し方を改善するドリルを行う。
同じ「打つ」という練習でも、目的が変われば練習方法は変わります。
そして、必要な球数も変わります。
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僕も高校時代、死ぬほど数をこなしてきました。
バッティング練習は、気付けば時計が3周回っていることもありました。
「できるまでやる。」
「できなかったことは、その日のうちにやる。」
それが僕の高校の口癖でした。
もちろん、その環境で得られたものもたくさんあります。
でも今振り返ると、
「何のためにこの練習をしているのか。」
そこまで考えられていない時間も多かったように感じます。
全てをかけて挑んだ高校野球。
僕は、全くと言えるほど甲子園には届きませんでした。
だからこそ今は、
「量をこなすこと」ではなく、
「目的を持って練習すること」の大切さを強く感じています。
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僕が思う優秀な指導者は、時間や量に頼りません。
最短で成長できるように練習を設計し、選手自身に考えさせます。
「今日、何を身につけさせるのか。」
そこから逆算して練習を組み立てる。
だから短時間でも成果が出る。
逆に、テーマを立てられないから「数をやれ。」という言葉になる。
僕はそう考えています。
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勘違いしてほしくないのは、僕は量を否定しているわけではありません。
でも、その量には意味がなければいけない。
できることなのか。
できないことなのか。
今の自分に本当に必要なのか。
そこを考えずに、ただ毎日同じ練習を繰り返す。
僕は、その時間が一番もったいないと思っています。
野球は、「どれだけ練習したか」を競うスポーツではありません。
「どれだけ目的を持って練習し、どれだけ成長したか。」
そこに価値があると、僕は思っています。
みなさんはどうお考えですか?
ぜひコメントで教えてください!
本日は以上になります。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
