『【推しの子】』の愛と嘘#13 〜アイは殺されることを知っていたのか?④〜
【ネタバレ厳重注意】
※原作漫画全16巻読了されていることを前提にしています。
❹アイは殺されることを知っていたのか?(4)
★極秘出産
仕事のタイミングを見計らって、アイはひとまず体調不良を理由とした活動休止に入った。
産科受診のため、アイと壱護が極秘で向かったのは、九州・宮崎の山間部にひっそり佇む病院だった。
もちろん人目を避ける目的もあったのだろうが、近くに芸能の神様が祀られていることで有名な荒立神社があったことも理由の一つだったのかもしれない。
診断の結果、アイのお腹の中に双子がいることが判明する。
アイは産むことを決意。
そのまま入院し、出産準備に入ることになった。
担当医の雨宮医師は、アイのお気に入りだった。
雨宮からは「昔、患者に君のファンがいた」ということしか伝えられていなかったが、アイはそれだけでは説明のつかない雨宮の親身な姿勢に全面的な信頼を寄せていた。

それはそうだろう本当は彼自身がアイのファンなのだから、と思うかもしれないが、実はそんな呑気な話でもない。
雨宮医師こと吾郎は、生まれた時に産科危機的出血で母親を亡くしており、妊婦を無事出産させることに人一倍責任感を感じていた。
なんなら、妊婦の身に何かあった場合、自身のトラウマが再発しかねないという爆弾を抱えていた。
4年前に、さりなの死を看取ったとき吾郎のトラウマは悪化していた。
さりなに自分の母親が重なり、まるでフラッシュバックのように母親の死が眼の前で再現されたような感覚を覚えたのである。
それ以来、小さい頃からの強迫観念がより一層強くなり、母親の死に対する罪悪感や自責の念に頻繁に悩まされるようになっていた。
彼は妊婦の出産を助けることを通じて、何より自分自身のトラウマと戦っていた。
アイの出産予定日の夜、病院に現れた不審者を深追いしてしまったのも、もしかしたらそんな彼の過剰な責任感のなせるわざだったのかもしれない。
吾郎の尽力の甲斐あって、アイは元気な双子を無事出産することができた。
母子共に健康だった。
ただ、そこに担当医である吾郎はいなかった。
不審者リョースケに崖から突き落とされ、すでに死亡していたからである。
担当医が行方不明になったまま、アイは退院した。
★闇に落ちる神木
リョースケとニノにアイの入院先を教えたのは神木だった。
神木がどのようにしてその情報を得たのかはわからない。
神木と別れたばかりのアイが教えたとはちょっと考えづらい。
だとすれば、恐るべきリサーチ力だ。
いや、恐ろしいほどのアイへの執着心というべきか。
神木にはアイの拒絶を受け入れられるだけの強さがなかった。
精神の崩壊をかろうじて避けるためには、アイに執着するしかなかったのだ。
なんらかの方法でアイが宮崎の病院にいることを突き止めた神木は、自分が以前アイと付き合っていたことを匂わせたり、いろいろな情報をダシにしてリョースケとニノの心を操った。

このとき神木は、アイを殺そうとしていたのだろうか。
どうもそうではないような気がする。
このときの神木はアイが本当に妊娠したのかどうか半信半疑で、それを確認するために彼らを使っただけなのではないか。
神木には理解できなかったのだ。
ふつう女は妊娠したら男に責任を取ってもらおうとするはずなのに、アイはなぜ妊娠して別れようとしたのか。
しかもその時のアイの説明は今ひとつ要領を得ず、様子も何だかおかしかった。
付き合っていることが事務所にバレたのか。
それともなにか彼女自身に重病が見つかったとかーー。
もし妊娠しているとすれば本当に産むつもりなのか、あるいは堕ろすような口ぶりだったようにも思えるのだがーー。
よくわからないが、アイは何かを隠している。
まずは真実を突き止める必要がある。
アイは僕のものだ。
僕はアイのすべてを知らなければならない。
アイは僕から決して逃げられないーー。
神木はアイのストーカーと化していく。
そのとき神木の脳裏をよぎったのは、つい先日の成功体験だった。
神木は自分では何もしていないのに、言葉一つで上原清十郎の感情を動かし、姫川愛梨を自分の目の前から消し去ることに成功した。
あの時と同じように、誰かを利用してアイを調べさせられないだろうか。
そういった発想から、神木はニノとリョースケに近づき、彼らの心を操作していったのである。
相手の考えていることを忖度するのは得意中の得意だった。
その能力を、今度は相手に奉仕するためではなく、相手を自分の思い通りに操るために使えばいい。
やってみると、彼らはいとも簡単に神木の操り人形になってくれた。
神木は快感に痺れる。
そうだ、今度は僕が支配者になるんだ。
僕はみじめな存在なんかじゃないんだーー。
神木は二人を宮崎へ向かわせ、アイの妊娠について事実を確かめさせることにした。
そのときリョースケがアイの担当医を殺してしまったのは想定外だったが、彼が殺人犯になってくれたおかげで、結果的に神木は彼らをさらに手玉に取りやすくなった。
ーーこれが、恐ろしい連続殺人教唆犯・神木ヒカルの第一歩となった。
★アイが生きていた世界
吾郎が急に姿を消したことを、アイは不審に思っただろう。
約束していた担当医が出産の現場に現れず、そればかりか退院するまで一度も顔を見せなかったのだ。
当然アイは病院に事情を尋ねたはずだ。
病院としても、そこは正直に回答するしかない。
ーー自分の担当医が、出産当日に行方不明。
アイはその事実をどう受け止めただろうか。
アイはもともと人間関係が苦手だった。
小学校時代も友達はできず、アイドルになってからもメンバーとうまくいかない。
何も悪いことはしていないのに、いつの間にか周りから反感を持たれてしまう。
「私はこの世界から歓迎されていない」
そんな違和感を感じながらアイはずっと生きてきた。
「世界は私を排除したがっている」
それでも自分は世界の意思に逆らうように、アイドル活動を続けている。
いずれ、そのツケを払わされることになるのだろう。
いつかきっと破滅の時が来る。
それでもいい。それでも前に進みたい。
ーーひとを愛せるようになりたいから。
ーー本当の愛を知りたいから。
神木と別れたとき、アイは神木のことを思って嘘をついた。
しかし上手に嘘がつけず、神木を傷つけてしまったかもしれないという後悔が心の奥に残っている。
「嘘は愛」だと考え自分の中で無理やり整理をつけたものの、神木が自分を恨んでいる可能性も否定できないと思っていた。
その場合、自分は姫川愛梨と同じ立場になるのだろう。
他人に危害を加えるようなことが神木にできるとは思えないが、彼が精神的パニックに陥った結果、何が起きたかアイは知っている。
そして、人目につかないはずの山奥の病院で、出産当日、担当医が行方不明になった。
破滅の時は近づいている、とアイは思った。
四面楚歌の城の外堀が埋められたような感覚。
今度は、いつ天守閣が攻められてもおかしくない。
アイは、来るべきときが近づきつつあることを知った。
そんな精神状態で、アイはずっとアイドル活動を続けている。
ただ、今のアイには一つだけ希望があった。
アクアとルビーの存在だ。
アイはもう孤独ではなかった。

幼い子は無邪気に母親の愛情を求める。
そして二人はアイの100%の味方だった。
育児を通じて、アイは自己肯定感を取り戻していった。
アクアとルビーの存在がアイを母親としても人間としても成長させ、アイを強くしてくれた。
彼女がアイドルとしてトップにまで登り詰めることができたのは、アクアとルビーがいたからなのかもしれない。
考えてみれば、アクアとルビーに会えたのは神木のおかげだった。
アイは改めて神木に感謝する気持ちになる。
そして、この幸せを神木にも味わってほしいと思った。
この子たちと触れ合うことで神木の心も癒されるのではないか、そして自分と同じように、子供たちの不思議な力で神木の心も強くなるのではないか。
神木の心が強くなれば、責任の重さに押し潰されることもなくなるのではないだろうか。
そうすれば、将来的に4人で一緒に住めるようになるかもしれない。
そんな虫のいい願望も、どこかにあったのだろうかーー。
あるとき、アクアとルビーが自分たちの父親について話しているのを聞いたアイは、迷うことなく神木に電話をかけていた。
アイは自分の父親を知らない。
それがコンプレックスだった。
できれば二人に同じ思いをさせたくないという気持ちが、ずっとどこかにあった。
自分はいつ死ぬかわからない。
そうなる前に、父親が気になっている二人を父親に会わせてあげなきゃいけないーーそんな気持ちになったのだ。

しかしまさかその一本の電話こそが自らの死を招くことになるとは、アイは夢にも思わなかった。
(続く)
引用:【推しの子】/赤坂アカ・横槍メンゴ 集英社
⬇︎ マガジンにまとめました。最初から読みたい方はこちらへ。
いいなと思ったら応援しよう!
応援していただけるとモチベーションが上がります。
