煙草の煙と珈琲の香り【なんのはなしです珈】【エッセイ】
珈琲の思い出は幼少期に遡る。
昭和時代、海に近い東京の借家で暮らしていた。家はとても狭かったのを覚えている。週末になると、父はよく僕を動物園と遊園地に連れていってくれた。
動物園は不思議なことに馬しかいない。
園内では、赤鉛筆を耳に挟んだ酔っ払ったおじさんが、一回り小さい新聞を熱心に読んでいた。でも、僕は知っている。その新聞には政治や経済、事件などは書かれていないことを。ちなみに父は『勝馬』という新聞を読んでいた。
勝馬と言えば、この馬しかいない動物園があるのは勝島だ。そして、勝島の隣には平和島がある。争い事と平和は常に隣同士なのかもしれない。
なんのはなしですか?
園内でトランペットの演奏が始まると馬たちが一斉に走り出した。馬たちが一周して戻ってくると、おじさんたちが「させーっ!」とか「そのままーっ!」などと叫び声をあげていた。
園内での楽しみは父が買ってくれるアメリカンドックだった。黄色いマスタードは辛いから、赤いケチャップだけを蛇行させながら塗っていく。アメリカンドックは手元に近いカリカリまで美味しかった。
遊園地は浅草にあった。
入園料は無料で父は千円で11枚綴りの回数券を買ってくれた。遊具に乗るには何枚かの回数券が必要で、今日は何に乗るのか回数券の枚数を数えながら考えるのが楽しかった。
でも、真っすぐ遊園地へ行けるわけではない。その前に必ず遊園地の隣にある『場外』へ行くのだ。場外には馬しかいない動物園で見かけるおじさんと同じような人たちがたくさんいた。
場外なのに大きなビルに入っていくと、なかは煙草の煙でモクモクしていた。父はたくさんの星で『7』が描かれた煙草を吸っていた。券を買い求める父と一緒に列に並んでいると、隣の列に並んでいた厚化粧のおばさんから声をかけられた。
「おにいちゃん。これあげる」
もらっていいものかどうか父の顔を見上げると、うなづいたので「ありがとう」と言ってもらうことにした。茶色い紙に巻かれたチューインガムだった。英語で『LOTTE COFFEE』と書かれていた。
「コーヒーガムよ」
珈琲?あの苦いと言われている珈琲?僕の表情を読み取ったのか、厚化粧のおばさんはまた声をかけてくれた。
「苦くないわよ。甘いのよ」
僕は茶色い紙と銀紙を開くとチューインガムを口に入れた。それが僕と珈琲との初めての出会いだった。口の中に広がる甘ったるさと鼻に抜ける珈琲の香りがちょっと大人の感じがした。
でも、僕はこの味を知っていた。そうだ、珈琲牛乳の味だ。ん?待てよ。そうすると僕と珈琲との出会いは珈琲牛乳まで遡る必要があるのか?
僕は冷たい牛乳が苦手だった。
冷たい牛乳を飲むとすぐにお腹が緩くなってしまうのだ。そこで、母は牛乳をコップの半分まで入れたあと、残りの半分は珈琲牛乳を入れてくれた。この珈琲牛乳牛乳だとお腹が緩くなることはなく、牛乳をたくさん飲むことができた。
珈琲牛乳と言えば、銭湯にある瓶入りの珈琲牛乳だ。
僕が住んでいた家にはお風呂がなかったので、毎日銭湯に通っていた。たまに父が風呂上りに瓶入りの飲み物を買ってくれた。僕は迷わずリンゴジュースを選んだ。珈琲牛乳なら家でも飲めるからだ。透明なリンゴ色のジュースは甘酸っぱくて、冷たくて、風呂上りに飲むととても美味しかった。
どうでもいいか。
銭湯には温泉があった。だがしかし、その温泉は漆黒の珈琲色で底が見えず、とても怖くて入れなかった。だから、いつも透明な水道水のお風呂に入っていた。今にして思えば、もったいない話だ。
なんのはなしです珈?
結局のところ、僕と珈琲との初めての出会いは、やはり浅草の場外で厚化粧のおばさんにもらった『コーヒーガム』なのだ。
いまでも、スーパーなどで復刻版のコーヒーガムを見かけるたびに、あの日の煙草の煙と珈琲の香りを思い出すのだ。
(おわり)
コニシ木の子さんが“TABBY's COFFEE ROASTER”さんとコラボして「なんのはなしです珈」が販売されるそうです。
ということで、今週の「なんのはなしですか」の副題「珈琲」にまつわるエッセイを書いてみました。
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