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お金のことを考えると休めなくなる──小さな我慢が増えていく日の整え方

買い物かごに入れたものを、最後にひとつ戻す。

本当は少し寄り道したかったのに、今日はやめておこうと思う。

誰かに誘われても、予定が合わないと言いながら、本当はお金のことが頭に浮かんでいる。

大きな事件が起きたわけではない。急に生活が破綻したわけでもない。けれど、日々の中で小さな我慢が増えていくと、心の中の安心感が少しずつ削られていく。

そして厄介なのは、お金の不安は、休む時間にまで入り込んでくることだ。

ソファに座っていても、頭のどこかで今月の支出を考えている。休日なのに、次の請求日が浮かぶ。何も買っていないのに、使ってはいけない気がする。休んでいるだけなのに、どこかで取り返さなきゃと思ってしまう。

僕は、こういう状態を単なる節約疲れとは少し違うものだと思っている。節約そのものが悪いのではない。問題は、生活の中で安心して使える余白がなくなり、心がずっと警戒している状態になることだ。

お金の不安は、数字の問題であると同時に、感情の問題でもある。

たとえば、固定費が増えている。物価も上がっている。将来のことも気になる。教育費、住宅費、老後資金、親のこと、自分の健康。考えるべきことはたくさんある。

だから、お金のことを考えるのは現実的なことだ。見ないふりをすればいい、という話ではない。

ただ、ずっと考え続けていると、今の生活まで全部が査定対象になる。

このコーヒーは必要だったのか。

この外食は無駄だったのか。

この服は買わなくてもよかったのではないか。

この休み方には意味があるのか。

こうして、生活の中にある小さな楽しみまで、ひとつずつ言い訳を求められるようになる。すると、人は使った金額以上に疲れてしまう。

お金が減ることよりも、安心して選べないことのほうが、心には重いことがある。

小さな我慢が増えると、自分でも気づかないうちに、選択の前で身構えるようになる。スーパーで値段を見る時間が長くなる。カフェに入る前に、家で飲めばよかったかもしれないと考える。友人との予定も、楽しみより先に費用が浮かぶ。

このときに起きているのは、単なる倹約ではない。

自分の生活に対する信頼が少し弱っている状態だ。

もちろん、支出を見直すことは大事だ。固定費を整理することも、家計を把握することも、現実的には必要だと思う。けれど、心が疲れているときにいきなり全部を数字で管理しようとすると、かえって自分を責める材料が増えてしまう。

今月も使いすぎた。

また我慢できなかった。

ちゃんと管理できていない。

そうやって家計を見るたびに、自分の生活そのものを責めてしまうなら、最初に必要なのは完璧な節約計画ではなく、安心感を少し戻すことだと思う。

では、どうすればいいのか。

まず、お金の不安を、全部まとめてお金がないにしないことだ。実際には、その不安はいくつかに分かれている。

今月の支払いが怖いのか。

将来の見通しが立たないのか。

何に使っているか分からないのが不安なのか。

自分だけが我慢している気がするのか。

楽しみにお金を使うことに罪悪感があるのか。

同じお金の不安でも、正体が違えば、整え方も違う。

今月の支払いが怖いなら、必要なのは気合いではなく、支払日と金額の見える化かもしれない。将来が怖いなら、今日すべてを解決するのではなく、まず不安の範囲を区切ることかもしれない。楽しみにお金を使うことに罪悪感があるなら、無駄遣いを責める前に、自分にとって回復になる支出と、疲れをごまかす支出を分けることが必要かもしれない。

次に、小さな我慢を記録してみる。

家計簿のように正確でなくていい。今日は何を我慢したか。何を諦めたか。何を選ぶときに胸が重くなったか。それを一つだけ書き出す。

我慢は、見えないままだと自分の中に溜まっていく。しかも、我慢している本人ほど、それを我慢だと認めにくい。

これくらい普通。

みんなやっている。

もっと大変な人もいる。

そうやって小さく扱っているうちに、自分の感覚が後回しになる。

けれど、小さな我慢が増えているという事実に気づけるだけで、少し整理が始まる。自分は贅沢をしたいだけなのではなく、安心して選べる感覚を取り戻したいのだと分かる。

そしてもう一つ、全部を削るのではなく、守る支出を一つだけ決める。

高いものでなくていい。週に一度のコーヒーでも、散歩の帰りの小さなおやつでも、読みたかった本でもいい。自分の気持ちを少し戻してくれるものを、最初から小さく予算の中に置いておく。

大事なのは、余ったら使うのではなく、先に守ることだ。

余ったら休む。

余ったら楽しむ。

余ったら自分に使う。

この順番にしていると、生活に余裕がない時期ほど、自分の回復が最後に回る。すると、頑張るために必要なものまで削ってしまう。

もちろん、使えば何でも癒しになるわけではない。疲れているときほど、買い物や食事や動画で気を紛らわせたくなる日もある。それ自体を責める必要はないけれど、あとで自分を責める支出ばかり増えるなら、そこには手入れが必要だ。

だから、支出を良いか悪いかで分けるより、自分を回復させる支出か、自分をさらに追い詰める支出かで見てみる。

同じ千円でも、意味は違う。

心が少し戻る千円もあれば、罪悪感だけが残る千円もある。問題は金額だけではなく、その後の自分が少し呼吸できるかどうかだ。

お金のことを考えると休めなくなる日は、たぶん、数字だけが苦しいのではない。

自分の生活がだんだん狭くなっていく感じが苦しいのだと思う。

選べるものが減っていく感じ。

楽しむ前に言い訳が必要になる感じ。

安心して休むことすら、許可制になってしまう感じ。

だからこそ、いきなり大きく変えようとしなくていい。まずは、不安を一つにまとめない。小さな我慢に名前をつける。守る支出を一つだけ決める。そのくらいでいい。

生活を整えることは、我慢を増やすことではない。

本当は、これ以上すり減らないために、何を守るかを決めることなのだと思う。

今夜もし、お金のことが頭から離れないなら、少しだけ問いを変えてみてほしい。

削るべきものは何か、だけではなく。

これ以上、自分から削ってはいけないものは何か。

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