ある日の極楽蜻蛉:ある日の春香伝24「幼稚園の賞状」
私の女性の友人から頼まれた。
「散歩の奥さん、書道の師範でしょ、幼稚園の卒園賞状を書いていただけないかしら?。報酬は1万円しか出せないの。」
私はかつてから妻が賞状書きのお仕事したいと聞いていたので、妻に尋ねてみた。
すると妻は即座に
「おとうさん、お願い」
卒園式は3月下旬なので、2月下旬に卒園賞状のメモ書きが手渡される。
3月上旬には仕上げなければならないので、わずか1ヶ月で30人の卒園賞状を書かなければならない。
それだけでなく、園児の父兄への感謝状が30人なので、合わせて60枚を1ヶ月で仕上げるという至難の業である。
しかも、園児の卒園賞状は縦書き、
父兄のは横書きと異なっていたので
縦書きと横書きを書き分けねばならない。
これは相当の熟練の業が必要である。
妻は猛練習した。
賞状の紙の枚数も予備が20枚しかなく、清書の失敗はあまり許されない。
妻は必死に書き上げ、担当と先生に手渡した。
そして、卒園式は無事終了した。

妻は感激した。
「賞状書きで、縦書きと横書きをしたので、書道の腕が上がったわ。」
そんなことが2年続いた。
妻は非結核性抗酸菌症にかかってしまった。
これは伝染病ではないが、一旦「血痰」が出ると、止血剤を飲み、血痰が治まるまで、ゴミ捨てにも行けないほど絶対安静にしなければならない。
そのような状態の時に賞状書きの依頼が舞い込んできた。
「私、死んでもいいから、また続けたいわ。」
妻にとって、賞状書きは生き甲斐となっていた。
「何言うちょるか!本当に死んだらいかんじゃろ〜!」
私は大声で妻を怒鳴り付けた。
ふだんは怒鳴ったことが無い私の態度に妻の顔に恐怖の色が浮かんだ。
そして、二人で、幼稚園の担当の先生のところに行き、賞状書き辞退のお詫びに伺った。
妻は賞状書きが二度と出来なくなって、一時期虚雑状態が続いたが、やはり健康に過ごせることが一番である事を悟り、無理をしない程度に書道の練習をするようになったのである。

その後、「コロナ」の時期到来。
元々出かけられる状態の妻ではないのだが、かえってそれが幸いし、私達も一緒に遠出することはなくなったのである。
実話を交えたフィクションです
完
