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町のパソコン先生は、今日もだいたい予想外。 第9話 送った証拠が迷子です

メールというものは、送れたら終わりではない。

仕事で使うメールには、もう一つ大事な役目がある。

「送った証拠が残ること」

これが意外と大きい。

相手に届いている。
それはもちろん大事だ。
だが、あとから「いつ送ったか」「何を送ったか」「誰が送ったか」を確認できないと、仕事ではかなり困る。

だから、送信済みアイテムは地味だが大事である。
地味なのに、いなくなると急に存在感を出してくる。

第8話の帰り道。
パソコンが遅い相談を終えて、私は車に乗り込んだ。

今日はもう、さすがに終わりでいい。
送信済みアイテム、警告画面、パスワード、プリンター、回線、Excel、画像探し、遅いパソコン。
ここまで来たら、かなり働いた。
少なくとも、私の中の業務終了ボタンは半分くらい押されていた。

そのときである。

スマホが震えた。

画面を見る。

Outlookの送信済みが見えません

私はしばらく無言で空を見た。

そして、小さくつぶやいた。

「……またメールに戻るのか」

そう。
一周回って、またメールである。

私はそのまま電話をかけた。

「はい、みずやんです」
「あ、先生すみません。Outlookで送信済みが見えなくて……」
「メール自体は送れてますか?」
「はい。相手には届いてるみたいなんです」
「なるほど」
「でも、こっちの送信済みにないんです」
「それは困りますね」
「はい。送ったかどうか確認できなくて……」

この相談は、かなり切実だ。

“送れない”も困る。
だが、“送れているのに証拠が見えない”のも、仕事ではなかなか厄介である。

「一度見させていただきますね」
「お願いします……」

現場に着くと、Outlookが開かれていた。

「先生、これなんです」
「はい」

画面には、受信トレイ。
その下に、送信済みアイテム。
一見、普通に見える。

「このメールを送ったんですけど、ここにないんです」
「相手には届いている?」
「はい。返事も来ています」
「なるほど」

私はまず、送信済みアイテムを確認した。
ない。

次に、送信トレイ。
ない。

下書き。
ない。

別の送信済みらしきフォルダ。
……ある。

「あ」

私は小さく声を出した。

「どうですか」
「これ、こっちに入ってますね」
「えっ」

画面を指さす。

そこには、見慣れないフォルダ名があった。

Sent Items

「これですか?」
「はい。中身を見てみましょう」

開く。

そこに、探していたメールがあった。

「それです!」
「ありましたね」
「なんでこんなところに……」
「Outlookの中で、送信済みの置き場所が分かれているみたいです」

相手は少しだけ困った顔をした。

「送信済みって、一つじゃないんですか」
「そう思いたいですよね」
「はい」
「でも、アカウントの種類や設定によって、“送信済みアイテム”“Sent”“Sent Items”みたいに、似たようなフォルダが複数出ることがあります」
「そんなことあるんですね」
「あります。名前が違うだけで、中身は似た役割だったりします」
「ややこしいですね」
「かなりややこしいです」

Outlookは便利だ。
だが、フォルダの名前まわりは、ときどき英語と日本語が入り混じる。
そして、その混ざり方が絶妙に人を迷わせる。

“送信済みアイテム”だと思って探していたら、実は“Sent Items”にいる。
日本語の部屋を探していたら、英語の部屋で待っていた。
そういう話である。

「先生、これどうにかなりませんか?」
「大丈夫です。まず、どこに保存されているかを確認しましょう」

私はアカウント設定とフォルダの構成を確認した。

同じメールアドレス。
Outlook。
送信済みの保存先。
IMAPらしきフォルダ。
そして、以前から残っているらしいローカルの送信済み。

原因は少しずつ見えてきた。

「これ、送ったメールが消えているわけではないです」
「よかった……」
「ただ、Outlookの中で“送信済みの見え方”が分かれています」
「見え方……」
「はい。送ったメールが、いつもの送信済みアイテムではなく、別の送信済みフォルダに入っている状態です」

相手はうなずきながら、画面を見ていた。

「じゃあ、毎回ここを見ればいいんですか」
「一時的にはそれでもいいです。ただ、今後のことを考えるなら、どこを見るのかを決めたほうがいいです」
「決める?」
「はい。仕事で使うなら、“送ったメールはここを見る”という場所をそろえておいたほうが安心です」
「確かに……」

私は続けた。

「メールは、送れたら終わりではないです」
「はい」
「あとから確認できることも大事です」
「本当にそうです」
「なので、送信済みアイテムは、地味ですけどかなり大事です」

相手は何度もうなずいていた。

私は画面を整理しながら、説明を続けた。

「今後は、送信後にどこへ入るかを一度確認しましょう」
「はい」
「それから、似た名前のフォルダがある場合は、どちらが実際に使われているか見ます」
「送信済みアイテムと、Sent Itemsですね」
「そうです。名前が違うだけで、同じような役割をしていることがあります」
「これは知らないと無理ですね」
「知らないと、送った証拠が迷子になります」

相手が少し笑った。

「送った証拠が迷子」
「はい。今日はまさにそれです」
「確かにそうですね」

少し空気が軽くなった。

私は念のため、最近送ったメールをいくつか確認した。
どのフォルダに入っているか。
古いメールはどこにあるか。
別のパソコンではどう見えるか。

すると、別のパソコンではまた少し違う見え方をしていた。

「ああ……」
「どうですか」
「やっぱり、パソコンごとに見え方が少し違いますね」
「またですか」
「またです」
「メールって難しいですね」
「難しいです。特に長く使っているメールは、過去の設定が積もります」

これは本当にそうだ。

メール設定というのは、長く使うほど歴史が積もる。
昔のパソコン。
新しく入れたパソコン。
POPの時代。
IMAPにした時期。
Outlook classic。
新しいOutlook。
英語のフォルダ。
日本語のフォルダ。

それぞれが少しずつ違う顔をして、同じメールの中に居座っている。

「一気に全部変えると混乱するので、まずは今の状態を整理します」
「はい」
「どのパソコンで、どの送信済みが見えているか」
「はい」
「そして、今後はどこを見るのか」
「はい」
「この二つを決めましょう」

相手は真剣にうなずいた。

私は簡単なメモを残した。

  • 探していたメールは Sent Items にあった

  • 送信済みアイテムと Sent Items が分かれている

  • 今後どのフォルダに送信済みが入るか確認する

  • 複数パソコンで見え方が違う場合は、設定をそろえる必要がある

「先生、助かりました」
「いえ。今回は消えたわけではなく、英語の部屋にいました」
「英語の部屋」
「はい。日本語の部屋を探していたので、見つからなかっただけです」
「それは迷子になりますね」
「なります。しかもOutlookの中は、たまに部屋が多いです」
「多いですね」
「多いです」

二人で少し笑った。

帰る準備をしながら、私は思った。

送信済みアイテムも、警告画面も、パスワードも、プリンターも、回線も、Excelも、画像探しも、遅いパソコンも。
そしてまた、送信済みアイテム。

全部違うようでいて、少しだけ共通している。

「ない」のではなく、「見ている場所が違う」

それだけで、人はかなり困る。

そして仕事では、その“見ている場所”がとても大事になる。

送った。
届いた。
でも、自分の手元で確認できない。

それだけで、安心は半分になる。

外に出ると、空は相変わらずのどかだった。

春は穏やかだが、Outlookのフォルダ名はたまに穏やかではない。

車に乗り込み、エンジンをかける。

今日はこれで終わりだろう。
さすがに、ここまで来れば。

そう思った、そのときである。

スマホが震えた。

画面を見る。

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私はしばらく無言で空を見た。

そして、小さくつぶやいた。

「……今度は読む前の問題か」

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