佐藤砂城詞華集 害虫偏愛
序
なんとなく嫌われる生き物って人の輪から外れっぱなしの私の琴線に触れるところがあって、ある種の興味を引かれてきました。
まあ実のところ半分興味本位でゲテモノ趣味な性があるために蝿や蚊などを愛してきました。
お暇でしたら暇つぶしにでも、このちょっと人によっては気持ち悪い詞華集をお読みください。
蝿編
高い枝に蝿戯れる花の雨
死あるため神造りたる蝿生る
出生祝いは腐肉か糞か蝿生る
小蝿小さく大いなる羽根もてあます
対局に小蝿交じるなかれ将棋盤
窓の蝿と過ごしておりぬ点灯前
夜明け頃ベッドの窓や蝿の影
一匹の蝿が哀れや夜明けて
昇る日に夜明けが怯む窓の蝿
蝿取器毒ゼリーという人の知恵
ドライブの風と共に来し小蝿かな
小蝿という命気ままに死にゆくぞ
皿抜けて大皿へ飛ぶ蝿の旅
生焼けに蝿喜びぬ鳥の足
怨んでか小蝿の死骸離れざり
薄目して仏像座る小蝿かな
小蝿という命哀れな夜更けかな
小蝿なれども死は軽いものには非ず
いずこより産まれし小蝿かと想う
短夜の月悲します小蝿かな
友少なき吾は小蝿を詠みてみる
容姿問えば小蝿は困り果てにけり
小蝿とはいえどもタメ口で話すな
吾等人間は乱暴だと知る小蝿かな
一匹の小蝿を照らす灯りかな
小蝿曰く必死で飛んでいるらしき
一匹のネジの頭ほどの小蝿かな
窓の向こうの小蝿と一対一である
窓ありて吾を侮りし小蝿去る
小蝿との距離やどこまで寄ってよい
小蝿との間合いを測る手なりけり
観察すれば立派な蝿の体かな
筋肉が付いていそうな蝿速し
身を恥じず飯を奪うか蝿一匹
一匹の蝿を恐れつつ夕餉かな
不浄とは蝿の容姿で例えるべし
吾が心汚いか蝿来たりけり
ふと吾は姑息な蝿の眼を睨む
羽根で飛ぶ姑息な蝿や膳の上
お膳ありぴたりと止まりし蝿が見事
ぴたと止まりし蝿疎ましき夕餉かな
勢い良く突っ込みて止まる蝿の脚凄し
兄弟と別れて蝿は生きており
蝿はみな独りで育つ孤児なりき
蝿の親とうに亡くなりし現在よ
蝿とはいえ不殺を守る心かな
蝿といえども叩き殺せば悔いるべし
石鹸にがしりと掴まる小蝿かな
秋の蝿急ぎて小さな渦を描く
衰えて少し遅いぞ秋の蝿
秋の蝿やつれた如く見えたるぞ
冬蝿やあの世のごとき寒さかな
一匹の冬蝿よ他の冬蝿は
全く聞こえぬ冬の小蝿の羽音かな
一匹の冬の小蝿や膝の上
水温み不潔な小蝿と思いけり
吾は巨人かと小蝿避けたる春日かな
蝿という叩きたい字ぞ汁と殻
蝿一匹の縦横無尽を知る車中
何奴やなんだ止まれば蝿なりき
くださいと秋の蝿さえ言う魚
ポスターの顔をくすぐる冬の蝿
凍蝿を屈んで見たる吾の影
ハグロケバエ一匹羽正す空青し
ハグロケバエの黒や虫の世は喪に服す
ハグロケバエやや大きくて肝太し
俺の口はぶっ殺すと告ぐ蠅叩き
謎めける宙での小蝿の輪の軌跡
コンビニの窓透けて蠅ぶつかりぬ
何聞いたトヨタ本社で蝿が飛ぶ
なぜか蝿止まることない地図の場所
吾一人と小蝿一匹と空気のみ上へと上がるエレベーターの中
左手の甲を返せば翔んでゆく小蝿。車窓に初夏の雲あり
山の宿には山の風吹き孤高なる風鈴に蝿一匹飛ぶか
一匹の小蝿が床を離れない私の靴が恐くないのか
小蝿なぜ人の巨体を恐れずに周りを平気で飛び回るのだ
あわや水に流されかけた一匹のトイレの小蝿よ命からがら
水が出る、流れる、落ちる、脱出する。数秒間の小蝿の出来事。
天井の辺りを飛んだ蝿一匹まるで飛行機見るようだった
蝿一匹蛇苺みたいな眼をしてる物怖じせずにこちらも見ない
なんとなく不貞腐れたる蝿一匹小突いた吾を恨みもせずに
ちろちろと細長い舌で板舐める蝿一匹をずっと眺める
じっと蝿睨む老人身動ぎもせず杖持ったまま座るのだ
蚊に悩み蝿を恐れる面倒な人の暮らしに殺虫剤という技
小蝿まさか便器の上で眠るのか一日そこで動いてないぞ
一匹の小蝿ちちちと歩く夜まるで廊下の動く点です
生ごみの故郷を発つ小蝿達
蠅妙にでかいし始末に負えません
頭の辺りから眼の前にゆっくり小蝿が降りてきた
小蝿がじっと止まっていた便所の扉だ
これも命なのだと小蝿潰さずおく
さっさと逃がす小蝿だが長い命ではないだろうな
私も軽んじられる命だから蚊や蝿を助けることにしている
ちょこまかとやけに小さな小蝿一匹が卓の上
粒のような小蝿が走り回るからでむずむずする
小蝿が誰にも迷惑かけず死んでいた冬
生きているときより小さくなって小蝿の死ぬ冬
指の爪で裏返してみる小蝿の死骸
空いている病床の棚の上で小蝿はなにを求めて死んだ
よければ哀悼でもしようか愛しい小蝿よ寒いなあ
空調がやかましいここで死んだ冬の小蝿一匹
小蝿の死骸が愛くるしいのは羽根を閉じてまるまっているからだ
どんなに言葉を尽くしても冬は無言で小蝿の死を受け入れる
さようなら小蝿さん私は君が好きだった
小便器に付いた尿の雫一滴があり上に小蝿一匹
小蝿一匹這うあまりに広いテーブル
小蝿でたらめに向きを変えてきっと生まれたばかり
姿が侘びしい小蝿である
小蝿等は近代建築に入りこみ住んでいる
ああ落ちそうなテーブルの縁の小蝿よ羽があるんだったな
テーブルの塵を吸う小蝿の舌ちろちろしているのか
ああ寂しいよ小蝿がぱっと飛んで行った
虚空に見つけられなくなった小蝿一匹の残影
どすんと肘を着いたばかりに小蝿怖がった
正確にしかし重たく床に冬の小蝿の着陸
小蝿の兄弟姉妹はどいつもこいつもそっくりだ
四センチくらい宙に浮いてまた地面に降りた小蝿だ
人だけでは静かすぎて一匹くらい小蝿を許そう
来たと思えばあっという間に小蝿飛び去った
せこせこ忙しく卑しい小蝿め観察する暇もなかった
窓の光に塵が照らされて小蝿かと思った
小蝿の死骸の手足がつかみ続ける誘蛾灯の中の電熱
農家訪ねたサファイア色の蝿の亡骸すぐ砕けそうな脆さだ
三角コーナーの生ごみがぷうんと臭い出して小蝿一匹生んだ
一匹の小蝿が数秒の内にかくかく不規則に向きを変えて図形を描いているようだった
ああ小蝿一匹が上に下に飛んでコントローラーでラジコン動かしているみたいに眺められる
体中から汗絞り出しきって血糖を筋肉で消費し尽くした後ごろんと床であぐらをかくとふと目の前でちちちと歩き回ってただ生きている小蝿が異様に素晴らしいと思った
生物として衰えた人間には分からない感覚で一匹の蝿は極端な楕円の弧を描いたとき一気に力を込めて引き返し元の位置から少しずれた所へ戻ってきたわずか一秒の劇的な運動神経
蟻や羽虫にとって怪力乱神の人間社会は理不尽に扉や網戸を気儘に設置して即席の山を築いたり高圧電線のような罠を仕掛けてただでさえ文字通り吹けば飛ぶような命をもて遊ぶことはよく知られている
うつ伏せになり敷布団に埋もれながら柔らかさを抱きしめればふと平らな固い壁にぺたりと張り付いた一匹の蠅の気持ちをちょっとだけ想像したがきっと淋しいだけでこんな眠りにつく幸福は味わっているまい
左太ももに置いたスマホの右側を支える左手の人差し指にぷうんと蛇行して小蝿がやってきて塵ほどの重みも感じさせず奥へ三歩すぐくるっと時計回りに回転手前へ三歩と一センチ越えるかどうかの歩行をなにかの確認のためにやって来たらしくきょろきょろコンマ数秒辺りを見回して何もないと悟ったのかまたぷうんと蛇行して目の前をなんの緊張感もなく油断そのものの姿勢で通り過ぎていった二秒ほどのある夜の小世界の出来事
暖かくなって残飯と小蝿の関係の話する
店員の袖へ小蝿が消えてゆくのが見えた
膝小僧という山でぶぶぶと歩き回り物見遊山に満足した小蝿である
小蝿が横たわってくつろぐ俺の膝の崖から部屋の空中へ飛び立った姿を見送った
蛆編
蠢きよ百匹の蛆くねりおり
蛆孵る腐りし玉葱柔らかく
玉ねぎは腐りて蛆の母となる
虻編
病んでより休学のまま昼の虻
よく晴れて虻も花見をしておりぬ
青空や枝先に虻二匹おり
尻見せる虻二匹かな白躑躅
虻襲いかかるは偉い人なりき
夏山や樹皮のようなる虻一匹
人差し指で虻の骸を指す暑さ
山虻の甲冑黒し冬木立
冬温く山虻疎む橋の上
やや落ちてすぐ空登る虻の羽
低い金網と枯れ草と青草の密集地帯があって一匹の虻が迷いながら通り抜けていった
なんとなしに玄関で駐車場眺めていたとき眩しい真昼だなあと思っていると透明な窓ガラスに三次元の絵筆の自在な軌跡描いて「かちっ」と衝突で音を鳴らして去った虻が居てその精一杯の一匹の影と体重感慨深く考えたのである
虻の声かと思えば携帯のバイブだ
孑孑編
消しゴムで孑孑という落書き消す
孑孑という糸に似し字がふさわしき
孑孑共こら獄暑にて死ぬるべし
秋水に孑孑くにょりくにょりかな
なぜ屈伸したるや秋の孑孑等
たまり水暮らしの孑孑数多居てむごいけれども土へ捨てられ
受け皿に孵った孑孑さらり捨てる人間の手にためらいはなし
蚊編
午前四時起きれば春の蚊であった
目凝らせば春の蚊の胴は茶色なり
廊下の蚊叩くため腕で誘いけり
その細き手で何祈る蚊の命
蚊柱や夕暮れの風に曲がりけり
蚊の命町の歴史に比べれば
月夜の蚊いかなる前世を持っている
蚊をじっと見れば白き縞ありにけり
声がするばかりで見えぬ蚊なりけり
吾が顔のふてぶてしさや蚊一匹
弱りたる秋の蚊にならば血吸われたし
肌の上に降りるも下手な秋の蚊よ
秋の蚊やこんな悲しい字の上に
秋の蚊やこんな悲しい書類に来
せっかくの静かな庭に秋の蚊来
寛げば秋の蚊ぷうんと来たりけり
仰向けで後れ蚊ぴくりぴくりと死す
単位試験前夜というのに冬の蚊が
こんな時にどこに忍びていし冬の蚊か
冬の蚊やよくぞ死に損ないしこと
冬の蚊や最後が吾の部屋なのか
冬の蚊や口は血を吸うだけなのか
冬の蚊よ人肌温いものだろう
冬の蚊や力失くして羽音のみ
父襲う冬の蚊一匹潜みけり
たわいもなく初蚊殺せし夕べかな
冷蔵庫前を春の蚊横切りぬ
蚊が鳴いて起きる他なし枕元
冬の蚊よ一人きりの吾の血いらぬか
蚊叩けど押し潰せざる手の窪み
指の腹ほどの蚊が人脅かす
蚊が飛べばそこと指差す母なりき
蚊出た夜に父買わぬままの蚊除けかな
蚊が噛んだ跡を見つける裸かな
どの蚊ぞな母を怒らせ給いしは
どの蚊ぞな父を困らせ給いしは
義理人情薄くて血不味いなどと蚊が
月影やおのれ仇討ち邪魔する蚊
人物画ふわふわと蚊がやって来て血吸おうとするほど上手い絵描きたい
わたしという虫けらに似て殺された蚊に同情のこみ上げた夜
潰された蚊の折れた脚僕という虫けらの誇りも折られているよ
蚊潰すも特に悲しくならないがただ事務的に申し訳なくなる
学校のプールが蚊湧くとき生徒等は水には居られぬ互いの姿
落ちてゆくように下方へ蚊の影が点と僅かな筋となり消える
暑いけえやっぱり元気になるんじゃねえと母の脚腫らせた蚊を想う祖母
手のひらに命の影よ蚊殺めた手の片方に誰かの血の色
「蚊がいる!」と言うとき声はなんとなく赤い警告の色して凄み
雌の蚊のやたらと痒いキスマーク
蚊一匹に日本刀出す心かな
戸を開けて蚊ごと月光入れようか
遠くへ離れていった蚊よ姿が哀れだな
蚊何匹分の採血量か知らない
蚊め布団に籠るか
居間で迷う蚊よ夜の雨がしみじみと降るなあ
声はしなかったが蚊の影か
生まれたての蚊は腹が減ってないのか
蚊が通り過ぎたソファでしばらく横になる
昔、子供の頃、扇風機の風で蚊を吹き飛ばしたっけ
ちんぽしごいていれば蚊だ
蚊は半裸でちんぽ下げた男をどう思った
なかなかイケないみすぼらしい包茎だ蚊が来た
蚊が前傾姿勢でゆっくりこちらに来るんだ
糸のような脚六本それぞれに脚首があるらしき蚊
蚊といえど一瞬止まり見つかったことに心を乱したらしき身振りをした
蚊の極小の目と目が合った
人対蚊という業を先祖代々子々孫々まで続ける我ら人間と彼ら蚊達よ
よし、いまだ。とか考えていそうな蚊の魂胆がうっとうしい
照明を消していても声で分かる蚊と私の間の距離
布団で蚊が豹のように襲いかかってきたしつこく唸って離れない
あれっ二胡に似ている遠くで唸る蚊の声である
蚊なんて脂汗で滑ってろ
なぜか黙っている蚊は針を刺して血を吸っているのか
雑木林から蚊がゆっくりした流れ星のように出てくるだろう
トイレに蚊が居ました
なんでも蚊が鳴いたらしい静かに座っていた人の耳元
引き戸開けると入れ違いで蚊が個室トイレに来た
便所に蚊らしき虫が一匹入っていった
人が居ないとしょげて蚊が便所から出てきた
量子のような蚊の存在におののく生身の人間である
蚊ぶうんはっきり正体を現せ
蚊の影に気が付きつつ玄関扉開ける日没
山のそばで東屋で憩いを楽しんでいると残暑の末のよく育った大きな蚊が二匹やって来た
夜の玄関の灯りの下で手の甲に蚊が四方に脚反らして敷いて安定した瞬間ちょっと一呼吸置いて彼女は口である針を押し入れようとした所でぶるぶるっと手を振った
居間の狭っ苦しいソファーのあるところで父と母が小競り合いしているのだが台所へ唐揚げを揚げにいった母が「いつ出るかしらん」と蚊とも小蝿ともはっきりしない虫の影の忠告を残していったが父は「うん受けて立とう」と超能天気なのだった
一匹の蚊が逃げた末に埃まみれの手が届きにくい少し高い台の上に降り立ったのだがよく眼を凝らして見れば常に彼女らは美しく火口の縁のように身より高い位置で六本の脚の膝を折って溶岩のようにはたくましくない儚い身を地面近くに沈めて甲高く醜い声をして厄介な痒みを与えることを別とすれば美しい魔性の女のように細い手足した虫を今汗ばんだ利き手で汚れ覚悟で叩き殺したのだった
羽虫編
目が覚めて網戸の羽虫越しに雲
炒めようとした牛コマのトレーから気まずい風に羽虫一匹
ちたたたと羽虫が床でもぞもぞ歩きゼンマイ仕掛けの玩具のようだ
未明にて廊下歩めば憐れみで羽虫と一つになる心ある
窓ガラスにこんっと衝突した羽虫である
じっと見ると羽虫の糸のような六本の脚がばたばたしていた
車窓開けてあげたら羽虫は野に帰った
羽虫一匹あわあわ慌てて私のスリッパから離れる
小指の爪ほどな羽虫の孤独よ
羽虫一匹執筆で忙しい私の目に映る
閉まっている引き戸の方へ羽虫一匹逃げてゆく
羽虫よ人の命すらたまゆらの命なのに
神が拡大レンズで造った羽虫の構造
羽虫次々死んでゆく仏が救う
とんとんとんと宙へなかなか飛び立てない床の羽虫
当然だが小さくとも羽虫は羽を持つ喜びを知っている
ゆるゆるしたと思ったら急加速して天井目指す羽虫だ
淡い影がスマホ上横切ったぞ羽虫だ
用心深くスマホの下に潜り込んだ羽虫もう見えない
我が影が離れたら後ずさりしなくなった羽虫
羽薄く美しい羽虫の細い胴
家の外のたまり水で卵から孵った羽虫らしく
走行中の車の後部座席に居て木漏れ日は他愛のない羽虫一匹を妖精のように見せる
上に上げた車の窓にのっと付いてくる糸のような六本脚の愛らしい羽虫だ。あっ消えた…
おおと頭を後ろへ下げたよ塵ほどの羽虫やって来て
川沿い走る自動車にて窓ガラスの外側でぴっぴっと角度を二回変えた名もなき羽虫の運動神経に感心していて指寄せるとぱっと飛び立った
梅雨っぽい湿気の中で曇った空の下透明な窓ガラスにどちらも淡い茶色して小指の爪の先ほどしかない蚊モドキと蛾モドキがそれぞれ裏と表で素知らぬ顔してくっついているドア
カメムシ編
あちこちのカメムシ見れば一種類
どこ行くも同じ種族のカメムシ等
カメムシや臭い通らぬ窓硝子
カメムシのロッククライミング如き手よ
カメムシと言い憚れたる名や口閉ざす
暖冬の誰かを待ちたるカメムシ一匹
夕映えのヨコヅナサシガメが居る橋や
なぜ横にヨコヅナサシガメ歩く橋か
「カメムシの子」を夏の季語とす
カメムシの子よ臭い汁漏らしたな
一匹カメムシ踏み潰されていたやっぱり踏まれると思って見てた
運がいいカメムシ一匹床を這いいまだ廊下を歩む人に踏まれず
カメムシがちびちび歩き病室の侵入者となる人気ない時刻
大窓の網戸に一匹のカメムシがぽつんと目立つ外の大雪
網戸をカメムシが登ってもうこんなに高く
雲までカメムシが窓を這った
靴で触ると仰向けのカメムシが床で背泳ぎし始めた
人のようにカメムシ「がたっ」と網戸より落ちた
両手を籠にしてカメムシ一匹逃がした
綺麗な山が見える窓の網戸にカメムシが二匹這い上っている美しい一日の空は青い
眼光鋭い主婦にブツと呼ばれるカメムシ
あなたーとこの車に夫のカメムシが連れ去られる妻のカメムシが居たら面白いなあ
ムカデ編
ムカデ暴れむ半端な凍結スプレーに
パーカーの紐が髪からぽとと落ち「ムカデじゃないな…」と安心する起床
野次馬が増えて微笑ましいムカデ退治である
仰向けでころりと薬で死んで百足の腹の真っ黄色の縞々と木の枝のような節があるおびただしい細い足がそいつの醜い最後だった
ゴキブリ編
啓蟄の昼ゴキブリが眠たそう
啓蟄が本当だとはゴキブリ出ず
ゴキブリのいずこへ向かう途中の死
飢えているゴキブリの最後は糊の上
ゴキブリが夜寒の廊下に居りにけり
棚の隙入りたる秋のゴキカブリ
床でただ秋のゴキブリ静かなり
ゴキブリもう殻残すのみ寒き春
人眠りしれっとゴキブリ通りけり
棚潜る世にも薄っぺらいゴキブリよ
チャバネゴキブリ死ぬるポットン便所かな
チャバネゴキブリあちこち尖りし身したるや
チャバネゴキブリ二、四、六匹、ごろごろ死す
おそらくチャバネゴキブリが嫌いぞ名付け親
風すらもチャバネゴキブリの骸忌む
チャバネゴキブリのわらわら転がる骸かな
チャバネゴキブリの前世が人だとするならば
ゴミくずで足りるやチャバネゴキブリの墓
木の柱の根本にチャバネゴキブリよ
仰向けだったしチャバネゴキブリの口見なかった
チャバネゴキブリぎゅと脚縮めて苦しかったろう
かさと鳴るのみなら悲しごきかぶり
八月のスプレーなんぞと来ればごきぶり
八月の割り箸で掴むごきぶりよ
八月の水洗トイレへごきぶり捨つ
ゴキブリの家の大家をしています我が家に八軒営んでます
お眠りかどうかしばらく訪ねてないという母ですゴキブリハウス
味噌汁の椀がスススーと動く現象、あれゴキブリの怨霊と見たね
一日よベランダの窓には白い雲台所ではゴキブリのひげ
ゴキブリが一匹干からびて死んでいたガラスのコップを捨てるのだった
ゴキブリは叩かれるまでゴキブリが忌み嫌われていると知らずに
幽霊はきっとゴキブリ怖いから半分透けて足ないんだよ
黒いプラグにゴキブリの幻見ることさえ心を癒す淋しい日暮れ
固まって私とごきぶり見つめあう
ゴキブリを不安にさせれば少子化か
おーい家のゴキブリやーいと呼びかけたくなるさみしさ
ゴキブリホイホイの窓はぱかっといつも開いて寒そうだ
ゴキブリホイホイの去年のゴキブリの遺体時々覗く
棚の小さく薄い鏡台は人知れずゴキブリや蜘蛛と出会うのだろう
夢でゴキブリハウスからゴキブリを落とした「ぎゃ」
ゴキブリが「ナニヤッテルンダロウ」と囁くダイエットのシャドーボクシングである
見えない心の穴からなにか漏れて蝿やゴキブリやブラックバスがその穴を出入りする
家族がソファーに脱いだ服の袖の影が揺れて不意に現れたごきぶりかと思った
日がすっかり沈んだ頃のことだが妙な光沢と一枚に六カ所は突起がある枯れ葉が公民館の入り口の前でわらわらゴキブリが散らばっているように各々の向きで這っていた暑い雨天だ
立派に育ったでかいゴキブリだけで三匹と対のように寄り添いうじゃうじゃの脚を空に向けているムカデ二匹と雄々しい体格の色が日向で褪せきったカマキリと無数の半開きに丸まったダンゴムシが死屍累々で殺虫剤にやられて死んでいる元農家の玄関で蟻だけは生きて働いていた
いざ出れば気持ちが悪くて仕方がないゴキブリの艶々した羽根と触覚と毛のような脚だがひとたびゴキブリホイホイの糊で捕まって死んでいれば動物園や水族館で変な生き物の展示を見るのと大差ないのだ
強力な薬にやられて小さな生き物の世界で恐竜のようなチャバネゴキブリは仰向けでぴくぴく一番下の両脚を震わせていたとき調査団の蟻二匹がふむふむと近づいて頭をぶつけるとそのゴキブリはぴくっとまた震えたのだ
触角がひょろりとその巨大な体長と同じくらいあるクロゴキブリが雄々しく死に恥を晒していて興味本位の人間が靴の先でころっと仰向けからうつ伏せに戻されて箱の人形眺めるような冷静な眼で観察されていた
初老夫婦と成人息子の暮らす家でいまさら「家族が増えました」なんちゃって言われるかと思ったか愚かな巨大ゴキブリよ可愛い虫ならピンセットで飾られるが君は生まれたことを罪にされて理不尽にゴミ袋でゴミ処分場の業火で傲慢な人間の焔で灰となるのだ
ゴキブリの赤ちゃんを一匹、車に連れて入った大事件
末恐ろしいゴキブリの赤ちゃんもう飛べる(逃げやがった)
ティッシュ越しにゴキブリの赤ちゃんつまめば茹でる前の豆のように硬かった
さようならゴキブリの赤ちゃん車内から車の走る町の道へティッシュ振って放してやった(もうくんな)
結露で付いたごきぶりのひげのような髪一本
母曰く父が捕獲したゴキブリすごいデカいらしい
マンホールの下はいったい何匹のごきぶり
蛾編
哀れにも仰向けになり蛾は死ぬや
空と雲今年の蛾ども死に尽くす
蛾の翼怪物じみて目がありぬ
掃かれざる去年の落葉に蛾が混じる
蝶に非ねば蛾の死汚く思われしか
暁の底のない闇が吸う蛾かな
粉掃けばそれは蛾なりき朝日指す
戸の裏に脅かす蛾なり昼便所
汝に非ず一匹の蛾を見ておりぬ
網戸舐める細い糸の如き蛾の舌よ
見てはいけぬもの蛾の死骸運ぶ蟻
蛾動かず三角形のままなりき
誰が付けたハートマークか逆さの蛾
角曲がればどきりと思う山繭蛾
列乱さず学生一人止まる山繭蛾
一匹の蛾の死骸呼べば日差すのみ
吾の如き一種の屑や蛾の死骸
蛾一匹浴衣着たる婦人めく
大きな蛾九月も終わる頃なれど
大きな蛾九月終われば死ぬのか
姫山繭ならば蛾嫌いも治るかと
誘蛾灯毒より確実な死与えむ
巨大なる骸と化して蛾は死にき
窓の外で明かりを食べている蛾たちカーテンは閉めず束ねたままに
蛾の群れが楽しげに見えて愛おしくカーテン閉じずに明かりをあげた
ショッピングモールの入り口一匹の蛾の死骸あり捨てられもせず
羽根閉じて一枚と羽根となる瞬間ある灰色の蛾を眺めています
たかだか1グラムほどの蛾の重みだが振り払うとき手にはっきりと
驚いた手で払うとき蛾にさえも体重がある感触がして
一匹の山繭蛾死ぬ八月のグラウンド来てほのかに涼し
歯みがきの柄でチューブ押すようにしてびゅびゅと蛾の体液が車に絞り出され
日が昇りばたばた蛾達が飛び出した
わらわらと黒い蛾の群れが地面の影とも群れて飛んだ
物陰を通るとき一匹の真っ白い蛾を見つけた
ゆっくり落ちる葉かと思えば空中で跳ねた蛾だった
日の光の中に黄色い蛾が消えていた
寂しければ小さな蛾さえ嬉しい秋の一日
溜息をつくほど夕焼け雲が美しくカーテンを引いたら日陰の網戸に一匹の小さな蛾が急に見えて驚いた
無人のはずの建物の裏を通ると窓に慌てたように飛ぶ蛾が居た誰かが居るのだろうか
蛾が囲む希望の灯火で辺りが闇だ
この蛾の模様は凄い一流のデザイナーのコートか
蛾の羽根の目玉は鬼も脅かす
蛾がじぐざぐ静かな雷のようだ
蛾が宙を縦横無尽に泳ぐ
すばしっこい蛾が羽閉じきってはぴゃっと二メートル進み一秒迷ったかと思えばぴゃっと羽開ききっては一度に平屋の屋根の上まで飛ぶ
国道沿いの一階建ての店しかない古臭いショッピングモールへの曲がり角にある大看板を下から照らすライトの光の火でぴゃっと一瞬光る群がる蛾の翼
蜘蛛編
糸糸糸ー巣ー糸糸糸ー蜘蛛ー塵
吾泣けば忙しそうな窓の蜘蛛
蜘蛛の巣が描く不条理の図形かな
月明かり幽霊と思えば蜘蛛の巣か
蜘蛛の巣の罪を暴いた灯りかな
蜘蛛もがくところの糸は沈むなり
哀れなり姿を晒す窓の蜘蛛
その日より友と思えたる蜘蛛おりぬ
窓飾る蜘蛛一匹や山暮れる
そろりとも動かぬ夕べの蜘蛛一匹
指で以て蜘蛛脅かせば慌てけり
蜘蛛一匹臆病故に巣を張りき
不当にも邪悪と思われし蜘蛛一匹
一メートルほど一筋の蜘蛛の糸
蜘蛛の巣や下へ伸びたる糸一筋
窓暮れてどこか絵になる蜘蛛の影
本棚や蜘蛛の巣かかる手前側
ちぎれぬ蜘蛛の糸の繋がり墓参り
窓の蜘蛛名月捕らえむと網張りぬ
糸で蜘蛛垂れたる冬のダム聳ゆ
木枯らしが吹いて蜘蛛泣く細い枝
客人を食わむと口を濡らす蜘蛛
爛々と蜘蛛の眼六つばかりかな
空腹か久しく見ざる冬の蜘蛛
蜘蛛の巣や橋の欄干寒けれど
ため息で蛍光灯の蜘蛛の網ふううと揺らす埃が落ちる
歓びの吐息でふううと揺らしてみたい蛍光灯のあの蜘蛛の網
片目閉じて少し動いて窓の蜘蛛ちょっと半月に近づけてみる
換気にさえ使われない窓開いたら蜘蛛の巣が風で飛んで来ました
窓の蜘蛛に月面着陸させましたみかけの月に近づけさせて
すまないな小さな蜘蛛よ人間は年末になると掃除するのだ
アンテナに真っ直ぐな糸でぶら下がる寂しい蜘蛛の影がある今朝
枯葉かと思えば一匹の蜘蛛の影アンテナから垂れる早朝である
寂しいかなどと訊こうと思ったが三匹も居る窓の蜘蛛たち
なんだ君は虫にも友達居るのかと三匹集う蜘蛛に思った
あっけなく一匹の蜘蛛落ちたときかさりとも音出ず着地した
枕登る一匹の蜘蛛振り向いて私に驚き両腕上げた
一匹の蜘蛛を漁師で例えれば網で生活するということ
くすぐったいと思えば子蜘蛛這っていた白シャツに何か居る気がすれば
細く長く邪悪な脚を生やしつつ何をしようというのか蜘蛛よ
残忍そうな脚長い蜘蛛一匹が寂しい空の光浴びている
網にかかった虫の絶望知らぬ蜘蛛いずれは鳥に食われるとしても
蜘蛛亡くなり一筋の糸ぶるぶると窓外で凍える如く震える
豆よりも小さな二月の蜘蛛一匹低い木の枝に巣を張っており
蜘蛛よりも醜い人間に産まれたよ
逃げれない蜘蛛の巣で泣く虫の気分
蜘蛛の巣でなぜ虫は泣くことがない
日が沈むぞろぞろ蜘蛛が足動かす
蜘蛛は一匹で食事して生きるらしい
蜘蛛はさささと忍者が塀を走るように糸を駆け上がった
塵まみれの小汚い蜘蛛の巣が紫陽花の葉にある
蜘蛛に変な声出してうろたえる父の横顔を眺める
寺の自販機が蜘蛛の巣や塵で汚れている
ひとり細々と蜘蛛が着実に網をかけるように生きたい
網戸を引くとふっと蜘蛛の巣から音もなく蜘蛛が落ちていった文句を言われそうだ
窓磨かれたばかりでも蜘蛛何匹もやって来て暮している秋雨降った後でも
餌食になった虫を馬鹿にしていた私が蜘蛛の巣に引っかかって慌てている
おい蜘蛛よつい糸切ってしまったが梅雨の湿り気でねっとりしてたぞ
蜘蛛が張ったただの糸だが妙に太くて神経通うのか梅雨の公民館
本歌 春の夜の夢の浮橋とだえして峰にわかるる横雲の空 藤原定家
糸を張る現の仕事はとだえせず昨日にわかるる蜘蛛の営み
ガードレールの曲がった端のところにて野生の蜘蛛の狩りの営み
ぶっつんと音するような蜘蛛の糸太くて驚く八月の夜
蜘蛛軽くとすっと音なき音で跳ねその臆病な忍びの足取り
蜘蛛一匹一ミリもなさそうに空気受けてすううと塵のように沈んだ
蜘蛛や蠅のような虫さえ恋しい一人ぼっちの心は森のようにしーんと静かで時々恐怖の啄木鳥が木を掘る音が酷く恐ろしかったりして広い青空を懐かしがるのだ
夕暮れの散歩にて我が田舎町でも辺鄙な土手沿いを下ったところにある金網の戸が閉じているゴミ捨て場のすぐ脇で電柱へ繋がる管と壁の間に巨大な巣を張りぎょっとするほど体の立派な黄金蜘蛛が信号のように目立つ真っ黄色の縞模様晒しながら何角形だったか幾何学模様でゴミにたかる蠅をきっと捕まえるため居を構えたのだと思う帰り道なのだった
祖母と話し込んでいるとき恐怖の雷が落ちたかのような母の「うわわあー!」という声がしてなんだと机を見ればホラー映画のワンシーンようにタッパーに半分沈めて入れてあった一房の大粒の紫葡萄の実と実の間の淵の底からにょきにょきした長い脚を巧みに動かして大きな真っ黒の蜘蛛が二匹わらわらと這い出て来て一瞬にして魔界の門が開いたようだったが淡々とボウルの水に沈めて祖父がティッシュで摘むと糸で垂れ下がるたくましい命なのだった
