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『赤ちゃんの動きに現れるテンセグリティ』 −體は、どこで「安全」を失うのか−

序章|教えられる前に、體は整っている

人は、動き方を教えられてから動けるようになる。
そう考えられがちですが、赤ちゃんの體をよく観察すると、その前提が崩れます。

赤ちゃんは、

  • 正しい姿勢を教わらず

  • フォームを修正されず

  • 「こう動きなさい」と指示されることもなく

それでも、驚くほど合理的で、壊れにくい動きを自然に選びます。
そこにあるのは、技術でも学習でもありません。
構造そのものです。

今回の記事で扱うテンセグリティとは、骨で支える身体観ではなく、張力によって全体が釣り合う構造原理のことです。

重要なのは、テンセグリティは後から獲得される能力ではなく、最初から人体に備わっている前提条件だという点です。

赤ちゃんの動きは、未熟だから不完全なのではありません。
むしろ、まだ「正しさ」や「型」によって分断されていない、最も純粋な構造の発露です。

原始反射が現れ、やがて消えていく。
ハイハイによって全身がつながり、足が地面と関係を結び、骨盤が支点として保たれていく。

これらはすべて、何かを覚えた結果ではなく、テンセグリティが順序立てて立ち上がっていく過程にすぎません。

座る、立つ、歩く。
本稿では、これらの動作を主題にはしません。
それらはあくまで、構造が外から見える形で現れた「象徴」です。

本当に見るべきなのは、動きの巧拙ではなく、その背後にある人体の成り立ちです。

赤ちゃんの體は、私たちが忘れてしまったものを教えてくれます。
それは新しい知識ではなく、思い出すべき前提なのです。



第1章|原始反射は、失われるためにある

■ 原始反射とは何か

赤ちゃんの體には、生まれた瞬間からいくつもの反射が備わっています。

把握反射、モロー反射、探索反射、そして足底把握反射。
これらは意思とは無関係に起こる反応であり、長らく「未熟な神経の名残」と説明されてきました。

しかし、この見方は本質を捉えていません。
原始反射は、欠陥でも過渡期でもなく、人体構造を立ち上げるための起動装置です。

■ 足底把握反射が示す構造

足底把握反射では、足裏に刺激が入ると足趾が自然に屈曲します。
この反射は生後数ヶ月から見られ、およそ9ヶ月前後で消失するとされています。

重要なのは、「消える」ことの意味です。
足趾が使われなくなるから消えるのではありません。
むしろ逆で、反射としての役割を終え、機能として統合されたから消えるのです。

足趾が動くという事実は、人間の體が最初から「足で立つ準備」をしている証拠でもあります。

■ 原始反射は“統合”される

原始反射は抑制されるものではありません。
適切な発達過程を経ることで、

  • 反射 → 随意運動

  • 部分 → 全体

へと統合されていきます。

この「統合」とは、神経学的な話にとどまりません。
テンセグリティの観点から見れば、張力構造が全身へと拡張されていく過程です。

■ 消失とは、完成である

原始反射が残存することが問題なのではなく、本来統合されるべき反射が、環境や制限によって統合されきらないことが問題です。

十分に動けなかった體は、反射を「消す」ことはできても、構造として「完成」できません。

だからこそ、赤ちゃんの原始反射は重要なのです。

それは、これから築かれる人体テンセグリティの最初のスイッチであり、失われることで役割を終える、きわめて高度な仕組みなのです。


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人体は、骨や筋肉を積み重ねた「部品の集合体」ではありません。張力と圧縮が全体で均衡するテンセグリティ構造として存在しています。本マガジンで…

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