【山本由伸という究極のテンセグリティ】 −筋力を超えた張力の設計−
序章
2025年、ワールドシリーズ第7戦──トロント。
冷たい風が吹くロジャース・センターで、山本由伸投手は、わずか178cmの體で再び歴史を塗り替えた。
完投勝利、延長18回の戦いのブルペン、負けたら終わりの瀬戸際では96球での勝利投手、翌日はまさかのクローザーで勝利投手。
三度の登板すべてで勝利投手。
シリーズMVP。
世界中のメディアが“異次元”、”奇跡"と評した投球。
それでも、山本由伸投手の表情はいつもと変わらなかった。
力むことも、吠えることもない。
淡々と、正確に、そして美しく。
2019 Premier12
2021 東京五輪
2022 日本シリーズ
2023 WBC
2024 WS
そして、2025 WS
6年連続で頂点を経験した唯一の投手。
A ONCE-IN-A-LIFETIME PERFORMANCE 🔥
— MLB (@MLB) November 2, 2025
YOSHINOBU YAMAMOTO IS THE @CHEVROLET #WORLDSERIES MVP pic.twitter.com/x3Hg71kzSM
身長は178cm。
メジャーではかなり小柄とされる体型で、160km近いボールを投げる。
その源泉は筋肉ではありません。
張力の設計、すなわち、人体のテンセグリティなのです。
ローリングブリッジ、ジャベリックスロー、逆手倒立。
いずれも「鍛える」ためではなく、全身の張りと緩みを調律するための行為。
山本由伸投手は、テンセグリティという“吊り合いの芸術”を無意識のうちに体現しています。
力を抜き、力を伝える。
それが、彼を世界最高の投手にした秘密なのです。
■ テンセグリティ(Tensegrity)とは
tension(張力)とintegrity(統合)を組み合わせた言葉で、「張力と圧縮の釣り合いによって全体構造が自立する仕組み」を指します。
骨や棒のような圧縮要素が浮かび、筋膜や腱などの張力要素がそれらを包み込むことで、部分的な力が全体に均等に分散されます。
この概念を初めて構造原理として提示したのが、建築家で思想家のバックミンスターフラー(Buckminster Fuller)です。
彼は20世紀中葉、ドーム建築や宇宙船地球号の思想を通じて、「自然界のあらゆる構造は、張力と圧縮の平衡によって成り立っている」という普遍原理を提唱しました。
その思想は、単なる建築工学を超え、人間の社会・生命・宇宙の秩序そのものに及びます。
テンセグリティは、軽く、強く、しなやかで、建築・生物・宇宙構造などに応用されており、生体では安定性と自由な動きを両立する原理として注目されています。
そしてこの思想は、細胞や筋膜の構造を理解する新しい生命観へと受け継がれ、やがて「人間の體そのものがテンセグリティ構造である」という認識に発展していきました。
人体のテンセグリティとは張力バランス。
— 續池均(kintsuzuike)@MTR Method Lab®︎ (@kintsuzuike) January 16, 2026
骨格を関節基準で動かす。
筋肉はあくまで調整として収縮する。
このレゴの模型のように張力がバランスした時に赤ちゃんは立ち上がる。
さらにフラクタル構造になっており、足、骨盤、背骨、胸郭、頭蓋もそれぞれテンセグリティ。pic.twitter.com/YXvCGLxFYM https://t.co/5NGWXt2QX7
テンセグリティは、単なる形の比喩ではありません。
それは「張力」と「圧縮」が絶えず釣り合いながら、外力に応じて自己調整する動的構造です。
この原理を身体に置き換えれば、筋肉や腱、骨格、結合組織が互いに張り合い、一点に負担を集中させず、全体で力を受け止める仕組みといえます。
つまりテンセグリティとは、「力を伝えるのではなく、分かち合う構造」です。
筋力を足し算するのではなく、張力を全身に分配して生かす。
そのとき、身体は軽く、速く、しなやかに動きながらも、芯の安定を失いません。
山本由伸投手の投球動作に見られる“省エネの美”は、まさにこのテンセグリティの体現といえるでしょう。
彼の動きは、力を出すことではなく、張力を整えることによって生まれているのです。
第1章|テンセグリティ的身体の前提条件
― 筋拘縮とアライメントの再構築期 ―
山本由伸投手の動きを見て、「真似してもうまくいかない」と感じた人は多いでしょう。
それは技術ではなく構造の問題です。
テンセグリティ的トレーニングは、筋力を鍛える行為ではなく、體という張力構造を“再設計”するための試みです。
どれほど理論を理解しても、體の構造が歪んでいれば、張力は通らず、動作は再現できません。
最初に、テンセグリティ的動作を成立させる身体条件と適齢期について整理します。
■ 1-1 張力構造の再教育とは何か
テンセグリティ的トレーニングとは、筋力を高めるためのものではなく、全身の張力の流れを整えるための再教育です。
筋肉を部分的に動かすのではなく、張力を全身で連動させ、力を「伝える」のではなく「通す」ことを目的とします。
人間の體は、骨という圧縮構造体と、筋膜・腱・靭帯といった張力要素のバランスで成り立っています。
どこか一箇所でも過緊張やねじれが生じれば、張力の伝達は阻害され、動作は局所的で“点的”になります。
逆に、張力の方向とタイミングが揃うと、全身が一つの統合体として動き出す。
山本由伸投手の投球動作は、この概念の理想に近い形と言えます。
■ 1-2 テンセグリティが崩壊する二つの要因
テンセグリティ構造を壊す主な要因は、筋拘縮の蓄積と骨格アライメントの乱れの二つです。
筋拘縮とは、筋肉が常に緊張したまま弾力を失っている状態で、とくに大腿直筋・腸腰筋・広背筋・僧帽筋の拘縮は張力を遮断します。
これが続くと、骨盤や胸郭がロックされ、體のテンションネットワークは“分断”されていきます。
骨格アライメントの乱れは、筋拘縮の結果であり、同時にその原因でもあります。
骨盤の傾き固定、肩の巻き、頸椎の前方移動…
それらは全て張力の不均衡の結果であり、その歪みが神経反射を狂わせ、感覚の誤作動へとつながります。
つまり、筋・骨格・神経のどこが崩れても、テンセグリティは維持できません。
トリガーポイント(Trigger Point)とは。
— 續池均(kintsuzuike)@MTR Method Lab®︎ (@kintsuzuike) January 22, 2025
筋肉の中にできる「しこり」のようなもの。
特定の部位に過度の負荷やストレスがかかることで発生する筋肉のこわばり。
私たちはこれを「筋拘縮」と呼んでいる。… https://t.co/hIt7e0Ze3E pic.twitter.com/eeZJI9keLa
■ 1-3 成長期の終わりこそ「再構築の黄金期」
テンセグリティ的動作を最も効率よく習得できるのは、成長期が終わる一歩手前、10代中頃(中3〜高2)と考えています。
この時期は骨格の成長が安定しつつあり、同時に筋膜や関節が柔らかく、神経可塑性が高い。
つまり、“筋肉ではなく張力で動く”という感覚を自然に体得できる数少ない年代なのです。
このタイミングで、骨盤・背骨・肩甲骨を中心としたテンセグリティ的身体操作を学ぶと、20代以降もフォームの再現性が高く、故障も少ない。
逆にこの時期を逃して筋肥大偏重のトレーニングに移行すると、構造は固まり、動作の自由度が急激に低下します。
■ 1-4 筋拘縮のある身体は「入口」に立てない
筋拘縮が進行し、骨格アライメントが乱れた身体では、テンセグリティ的トレーニングを行っても、張力は通りません。
そのような場合、まず整えるプロセスから始める必要があります。
足首・骨盤・肋骨・肩甲骨の可動を取り戻し、呼吸の波と重心の揺らぎを再学習する。
この“ゼロリセット”なしには、テンセグリティ的な張力構造を身体が理解することはできません。
したがって、このトレーニングは単なる模倣やメニュー実践ではなく、構造の再設計です。
筋肉を動かすのではなく、張力が通る道筋を整える。
それが、山本由伸投手のように省エネで強靭な體をつくる方法の一つかもしれません。
■ 章論
テンセグリティ的トレーニングは、「筋肉を鍛える技術」ではなく、「構造を整える哲学」です。
その適齢期と前提条件を知らずして、いくら理論を真似しても結果は出ません。
“強さ”は、出力の総量ではなく、張力の秩序によって決まる。
この理解をもって初めて、山本由伸投手の「整う」哲学の真意が見えてきます。
第2章|ローリングブリッジと吊り合う身体
■ 2-1 「ウエイトトレーニングを一切しない」という哲学
山本由伸投手は、デイリー新潮(2024年11月6日)の取材で、「ウエイトトレーニングを一切しない」と明言しています。
それは、筋力を否定するためではなく、自分の身体構造を整えることこそ最優先という哲学に基づいています。
さらに、山本由伸投手はこう語っています。
「自分の身体を思うように動かせる必要がある。
重りを持って身体を鍛えることは、あくまで手段でしかない。」
この発言は、彼の哲学の本質を最も端的に示しています。
筋肉を肥大化させることではなく、身体全体を自在に操る構造を整えることに重きを置いているのです。
そして、山本由伸投手はその哲学を次のような言葉で具体化しています。
正しく立てない者は、正しく歩くことはできない。
正しく歩くことができない者は、正しく走ることはできない。
正しく走ることができない者は、正しく投げることはできない。
正しく立つには、正しい呼吸と集中が大切。
この言葉は、単なる姿勢論ではありません。
「立つ・歩く・走る・投げる」という連続的な動作の基底には、すべて張力の均衡と重力との調和が存在するということを示しています。
山本由伸投手がウエイトトレーニングを避けるのは、筋肉を大きくすることよりも、張力を整え、呼吸と集中によって構造的安定を高めることに価値を見いだしているからです。
この思想は、テンセグリティ(Tensegrity)の根幹そのものであり、「筋肉ではなく張力で支える身体」を自らの感覚で掴み取っていることを意味します。
彼にとっての“強さ”とは、筋肉の太さではなく、張力の調和と重力との対話にあります。
【補考】「ウエイトをしない」の真正含意と発達過程について(推論)
本節は一次情報の断定ではなく、既報の言説と一般的な育成文脈、そして本記事で扱うテンセグリティ/キネティックの整合性から導く合理的推論です。誤解を避けるため、その根拠の筋道を明記します。
「ウエイトをしない」はプロ期の哲学を指すと解するのが自然です。
高校野球の現場では、基礎的筋力・可動域・スプリント/プライオ系の導入が広く行われます。山本由伸投手も高1時は内野手(セカンド)で、高2以降に投手へ専念されました。投手化と同時に球速が段階的に伸びた事実(130km台→高3で150km台)は、フォーム最適化だけでなく基礎筋力と運動連鎖の底上げが併走していた可能性を示唆します。ゆえに、「ウエイトを一切しない」という表現は、高校段階の一般的基礎づくりを否定する言葉ではなく、プロ入り後に採られた選択的なトレーニング哲学を指すと読むのが妥当です。プロ入り後は“筋肥大の追求”から“張力の整流”へ主眼が移ったと推測します。
本人発言(背骨中心の張り合い/全身に均等なテンション)やメニュー(ローリングブリッジ、逆手倒立、ジャベリックスロー)から、外的負荷で筋断面積を増やすよりも、キネティック(運動連鎖)をテンセグリティ(張力構造)で支える路線へと舵を切ったことが読み取れます。ここで言う「ウエイトをしない」は、“筋肥大を主目的とするウエイトを採らない”という運用上の意味合いが強いと考えます。178cm・約80kgという現在の体格は「密度増」の可能性が高いです。
近年の体重は漸増傾向と報じられることが多いですが、見た目の膨張ではなく内部の安定化筋(深層筋)と結合組織の質的発達が加わった「密度の増加」と見るのがテンセグリティ的に整合的です。関節周囲の支持性が高まり、張力の通り道が整うほど、出力当たりの酸素・力学コストが低下し、「省エネで速い」フォームが再現されます。これは“重くなる=遅くなる”という直線的発想とは別の、構造最適化に伴う効率増という理解です。高校~プロ初期の“基礎→選択”という二段構えは、育成の合理モデルに一致します。
育成年代で一定の筋力・スプリント基盤を作り、その後は競技特異的な張力デザインへ移行する二相モデルは、投球・キック・スイングのいずれにも普遍的です。山本由伸投手のケースに当てはめると、
①高校期:一般的基礎(筋力・可動・走・跳の土台)+投手化に伴うフォーム学習
②プロ以降:張力の釣り合い/流れ(テンセグリティ×キネティック)を主軸に再現性を極限化という遷移が、現象(省エネで高出力・高精度)と矛盾しません。反証可能性への配慮(なぜ「完全に筋トレゼロ」では語らないのか)。
現場では“ウエイト=0/1”で語るより、強度・目的・周期の設計で語るのが実務的です。可動域確保や腱・筋膜の張力経路を損なわない範囲での補助的負荷は、テンセグリティの妨げにならないどころか張力のキャパシタンス(蓄勢と放出)を助ける場合があります。ゆえに本記事は、「筋トレの有無」を二元論で断じず、“目的が筋肥大か、張力整流か”という設計思想の違いとして位置づけます。結論(本記事の立場)
高校段階での一般的基礎づくりを経て、プロ入り後にキネティックをテンセグリティで支える路線へ最適化したからこそ、現在の“省エネで160km近い出力”と“長時間の再現性”が両立していると考えます。体重の漸増は、外見的膨張ではなく内的安定(深層の張力ネットワークの成熟)に起因する可能性が高いです。
■ 2-2 柔らかさではなく、構造的な強さを鍛える
山本由伸投手の動きは、一見するとしなやかで柔らかく見えます。
しかし、彼の體は決して「柔らかい」のではなく、内部に張り詰めた構造的な強さを保っています。
「柔らかさに見えて、強さと言うか。
例えばブリッジの練習を見た人は『身体が柔らかいね』ってみんな、絶対言うんですよね。
でも本当に鍛えているのは柔らかさじゃなくて、強さを鍛えているんです。」
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人体テンセグリティ(アスリート)
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人体テンセグリティ(総合)
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プロ野球選手のテンセグリティと身体構造
プロ野球選手の體(からだ)は、メカニックで語れる。投球フォーム、スイング軌道、並進の質、捻転の再現性——これらはすべて、人体のテンセグリテ…
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