肩関節痛の原因は筋肉の萎縮ではない?アスレティックトレーナーが知るべき「痛みによる筋出力抑制」のメカニズムと臨床応用
アスレティックトレーナーとして肩関節の痛みを抱えるアスリートをケアする際、その原因が筋力低下だったというケースは珍しくないでしょう。 肩の腱板(ローテーターカフ)の筋力低下は、肩関節痛における極めて一般的な所見です。このような症例に対し、私たちは「筋肉が細くなっている(=筋萎縮)から、とにかく筋肥大を狙った補強エクササイズを処方しよう」と考えがちではないでしょうか。
しかし今年発表された論文『Influence of Pain on Rotator Cuff Muscle Size and Function(ローテーターカフの筋肉のサイズおよび機能に対する痛みの影響)』は、私たちのこの常識に疑問を投げかけています。本研究は、構造的に完全断裂がない慢性的な肩関節痛を持つ症例において、筋力低下の主因は筋肉の物理的な萎縮ではなく、痛みによる神経学的な抑制であると述べています。
この知見は現場のアスレティックトレーナーや理学療法士にとって、プログラムの優先順位を根本から変えるキーポイントとなる可能性があります。今回はこの重要な研究の方法、結果、そして明日からの臨床に活かせる実践的アプローチを中心にまとめてみました。
論文の概要と検証方法
本研究はIJSPTに掲載された、厳密にマッチングされた症例対照研究です。
対象者
肩関節痛グループ(12名):慢性的な右肩関節痛を抱える患者(平均症状期間:8.6ヶ月)。MRI検査により、ローテーターカフ腱の「完全断裂がないこと」が確認されています。ただし臨床でよく見られる腱症( tendinosis )、部分断裂、肩鎖関節の関節症、関節唇病変などの異質な構造的異常は含まれており、実際の臨床現場をリアルに反映したモデルが集められました。
健常対照グループ(12名):過去3ヶ月間に肩の痛みがなく、年齢、性別、身長、体重、および利き手が痛みのグループと厳密に一致する健康な被験者です。
評価項目と測定方法
超音波エコー検査による筋肉の評価: 超音波画像診断装置を用いて、棘上筋および棘下筋の筋肉横断面積(CSA:Cross-Sectional Area)を測定しました。また棘上筋腱の厚みも同時に定量化されました。
等尺性筋力の測定: ハンドヘルドダイナモメーターを使用し、標準化されたプロトコルで「外旋筋力」および「フルカン・ポジションでの外転筋力」を測定しました。
筋持久力の測定: 後方肩関節持久力テスト(PSET:Posterior Shoulder Endurance Test)を実施しました。被験者はうつ伏せになり、体重の2%に相当するダンベルを保持した状態で、メトロノームの刻むテンポ(30拍/分)に合わせて肩関節の水平外転(外旋位、親指を天井に向ける)を繰り返します。代償動作の出現や疲労によって動作が継続できなくなるまでの回数をカウントしました。



研究結果:サイズは同じ、しかし機能が著しく低下
この研究がもたらした結果は、私たちの従来の「解剖学的な仮説」を覆すものとなりました。
1. 筋肉のサイズ(CSA)と腱の厚みには差がない
最も注目すべき発見は、平均8.6ヶ月もの間、慢性的な痛みを抱えていたにもかかわらず、痛みの生じている肩の棘上筋および棘下筋の横断面積は、健常側の肩や健常対照群の肩と比べて全く差がなかった(p > 0.19)という点です。さらに棘上筋腱の厚みにもグループ間・左右間で統計学的な差は見られませんでした(p > 0.86)。慢性的な痛みがあっても、肉眼やエコーで判別できるような「構造的な筋肉の萎縮」は起きていなかったのです。
2. 筋力と筋持久力の大幅な低下
筋肉のサイズは維持されていたものの、機能面では深刻な低下が確認されました。


外旋筋力とフルカン筋力:痛みの生じている右肩は、左肩や健常対照群と比較して、筋力が有意に低下していました(p = 0.003)。
後方肩関節持久力(PSET):痛みの生じている肩は、反対側の肩に比べて平均13回、健常対照群に比べて平均17回も、ダンベルを挙上できる回数が少ないという結果になりました(p = 0.021)。

3. 共分散分析が明かした「痛みの影響度」
統計的な処理によって「テスト中に感じた痛み」の影響を取り除くと、非常に興味深い現象が起こりました。
筋力(外旋・フルカン)において、痛みの影響を補正すると、グループ間の筋力差は消失しました。統計的モデルにおいて、筋力低下の分散の36〜56%が「痛みそのもの」によって説明されることが分かったのです。
一方で、筋持久力(PSET)の低下は、痛みの影響を補正した後も完全に解消されませんでした。これは持久力の低下には痛みだけでなく、別の要因が絡んでいることを示唆しています。
なぜサイズが変わらないのに弱くなるのか?
この結果から導き出すべき病態解釈は以下の2点に集約されます。
① 関節原性筋抑制の関与
腱が完全に断裂している場合、力学的なテンションが伝わらなくなるため、筋肉は急速に廃用性萎縮を起こします。しかし本研究のように腱の構造が保たれている場合、8ヶ月が経過していても筋肉のサイズは維持されていました。 それにもかかわらず筋力が低下している理由は、関節内の炎症、腱症、部分断裂などから発せられる侵害受容シグナル(痛み)が、脊髄および皮質レベルでローテーターカフへの神経活動をブロックしてしまうためです。これが「関節原性筋抑制」と呼ばれる現象です。つまり「筋肉が細くて力が出ない」のではなく、「筋肉はあるのに、痛みのせいでスイッチが入らない」状態なのです。
② 持久力低下は「単一の筋肉」の問題ではない
痛みを補正しても後方肩関節持久力(PSET)の低下が残存したという事実は、PSETが棘下筋や棘上筋単体の能力だけでなく、肩甲骨周囲筋(僧帽筋中部・下部、前鋸筋など)や後方三角筋を含めた「肩甲胸郭関節のスタビライザー運動連鎖」全体のスタミナ低下を反映しているためと考えられます。肩に慢性的な痛みがある選手は、肩甲骨のアライメントや運動制御が破綻しており、これが多筋群の協調的な持久力低下を招いている可能性が高いのです。
ATが現場で行える実践的応用
この科学的エビデンスをベースに、私たちは明日からの評価とリハビリテーションプロトコルをどのようにアップデートすべきでしょうか。具体的な3つのステップを提案します。
ステップ1:リハビリ初期は「負荷の漸増」ではなく「除痛と神経駆動の回復」にフォーカスする
選手の肩が弱いからといって、初期から強度の高いチューブエクササイズやダンベルでの外旋運動を処方することは逆効果になり得ます。痛みを伴う強引な筋力トレーニングは「関節原性筋抑制」を助長し、さらに運動単位の動員を低下させます。
等尺性収縮の活用:痛みの出ない緩めの角度での等尺性外旋収縮(痛みのスケールで3/10以下)を数秒間維持する種目から開始します。等尺性収縮には中枢性の鎮痛効果があることが知られており、関節原性筋抑制を解除してローテーターカフの「神経のスイッチ」を入れ直すのに効果があります。
マニュアルセラピーや物理療法の併用:運動の直前に軟部組織のモビライゼーションや適切な物理療法を行い、局所の痛みを一時的に下げることで、その後の運動療法における筋動員効率を劇的に高めることができます。
ステップ2:エコーによるインサイトの共有(=モチベーションの向上)
もしチームやクリニックに超音波エコー装置があるなら、ぜひ測定を活用してください。構造的な萎縮がないという視覚的フィードバックは、アスリートの不安を取り除き、リハビリへの心理的コミットメントを高める強力なツールになります。
ステップ3:肩甲骨スタビライザーへの包括的なアプローチ(持久力対策)
論文の結果が示す通り、筋力が戻っても肩後方の持久力不足は根深く残ります。
クローズド・キネティック・チェーン運動:プランクポジションでの肩甲骨の転出・後退(Push-up Plus)や、ウォールスライドなどの種目を導入し、前鋸筋や僧帽筋下部を刺激します。
低負荷・高回数のパターン運動:PSETの動きを取り入れた、軽いレジスタンスでの水平外転や、Y-T-Wエクササイズをメトロノーム等の一定のリズムで行わせ、単一筋の強化ではなく、肩甲骨と上腕骨の同調的な運動持久力を再学習させます。
まとめ
本研究は「完全断裂のない慢性肩関節痛においては、ローテーターカフのサイズや腱の厚みは維持されているが、筋力や持久力などの機能低下を起こしている」こと、そして「その弱さは構造的萎縮ではなく、主に痛みに起因する神経抑制によるものである」ことを明確に証明してくれました。
ATとしての役割は、単に筋肉を大きくすることではありません。そこにある筋肉を、いかに100%効率よく、かつ痛みなく動かせる状態にするかという、どちらかといえばNeuromuscular Controlにあります。
もし現在担当している選手の中に、なかなか肩のインナー筋力が戻らないケースがあるのなら、もしかしたら過剰な負荷による痛みが原因になっているかもしれません。そういった場合は、一度アプローチを「除痛」と「低負荷での神経駆動の再教育」へシフトしてみてはいかがでしょうか。
それでは、
参照URL:https://doi.org/10.26603/001c.160558
