着物を着たスナフキン―― 男着物はアンタッチャブル、その裏側


着物は、ただ、ひたすらに、やわらかく、しなやかな布。

「男着物はアンタッチャブル」
「圧倒的アウェーという特等席」のB面。

着物生活は、幼少期からの、ほんのりとしたあこがれだった。
それが本格的にカタチになり始めたのは、
ずいぶん歳月を経てから。

亡くなった祖父の古い浴衣が出てきたことが、きっかけ。
家で何度か袖を通すうちに、
幼い頃からの着物へのあこがれが
むくむくと湧き上がってきた。

パソコンでリサイクル着物のサイトを覗くようになり、
着るか着ないかも分からない、
着る予定も勇気もないまま
ずいぶん安いので、ついつい何着か買い始めた。

同時に、YouTubeなどで
着物のあれこれを調べる日々が始まった。

少しずつ、着物に詳しくなる・・・。
知れば知るほど、ますます着物が好きになった。

そんなある日、たまたま偶然にも
小学生の同級生の女性が、
ご夫婦でリサイクル着物や、木綿着物の仕立て販売、
和装小物を扱うお店を経営していることを知った。

ご夫婦ともに、着物姿が実に自然で、様になっている。
昭和のモノクロ映画か、戦前の記録映像から、
そのまま抜け出してきたような雰囲気だった。

これまで男性の着物姿に、明確な理想を見いだせずにいた。
けれど、ご主人の着姿は、自分の理想にぴたりと重なった。
あこがれの、ど真ん中だった。

そのお店で、木綿着物を仕立てた。
生地選びや採寸などで、何度が訪問し
その他、小物を購入するのに立ち寄ったりして
ご夫婦と、親しく、お話しもさせていただく機会があった。

同級生と言っても、あちらはこちらを全く記憶していなかったので
先方からしたら、こっちは全くの他人。
親しみなど湧くはずもない。

しかし、ご主人から「家内の同級生なんですね」などと話すうちに
なんだか、近しい関係であるかのような錯覚を覚えた。

仲良くしてもらいたい。
特別に扱われたい。
着物愛好家として共感したいし、
自分の趣味趣向を認められたい。

自分なりに着物のことを勉強してきた。
だから、分かっている人間だと思われたかった。

着物という共通項を通して、価値観や感性、
もしかすると生き方やイデオロギーまで
近い存在だと感じてもらいたかった。

なんと、浅ましい。
そして、惨め。

ふと、数十年前の学生時代を思い出した。
宝石屋でアルバイトをしていた頃のこと。
ある、来店客が
宝石にやたら詳しそうな口ぶりで
店主と長々と話した挙げ句に、
結局、何も買わずに帰っていった。

「すごく詳しい方でしたね」と言うと、
店主は「そういう人、結構いるよ」と淡々と答えた。

知識を披露したいだけ。
特別な存在だと思われたいだけ。

「承認欲求」という言葉を知ったのは、
それから何十年も経ってからだった。

そして今、自分がまさに、それをやっていることに気づいた。

いい歳をしたおっさんが、見事に、晩節を汚した。

はじめは気づかなかった。
だが、時間が経つにつれ、自分の振る舞いの惨めさが、
じわじわと浮かび上がってきた。
恥ずかしくなり、それきり通うのをやめた。

さぞ、先方は、話を合わせるのも、面倒だったに違いない。

着物を着ることで承認欲求を満たそうとする感覚は、
今も完全には消えていない。

着物を着る自分は特別だ、
違いの分かる大人だ、
装いのマイノリティとしての孤独を引き受けられる人間だ。

そんな理想像を、着物を使って示そうとする。

ああ、いやだいやだ、と思う。

けれど一方で、ファッションとしても、着心地としても、
心底、着物が好きなのも事実。
そこは純粋だと思う。

世間に迎合せず、「着たいものを着る」という
ちょっと孤独な感じも嫌いではない。

むしろ、着物を着る以前から、1人の時間や孤独は好きだった。

ムーミンのスナフキンは、ある意味、理想。
「孤独だけが友達」。
少し、あこがれる生き方。

しかし、スナフキンほど徹底して
孤独で生きられるわけではなかった。
孤独でアウェーな立場に身を置きながらも、
どこか、小さな場所で、特別な繋がりや優越感を求めている。
着物は、そのための手段になり得る。

着物は不思議な存在。
それを身にまとうだけで、価値観や感性、
時には生き方やイデオロギーのようなものまで背負えてしまう。

猫派か犬派よりも、
うどん派かそば派よりも、
洋装か和装かという選択は、
はるかに強いメッセージを放つ。

自己演出として、
自己プロデュースとして、
これほど強い装いはない。

自己実現としての和装。
日の目を見なかった我が人生の、
新たなデビューを飾る鎧

不純かもしれない。
けれど、そういう自分がいることも、事実。

そして、良く見られたいという欲求が
自分を、前へ一歩進ませてくれたことも、事実。

家でも外でも、着物を着る時間が積み重なるうちに、
その感覚も、ようやく落ち着いてきた。

気負いは薄れ、着姿も、
少しずつ自然に近づいてきたように感じる。

今、着ている着物が、
重く固い鎧ではなく、
ただの、軽く柔らかな布になったころ。

もう一度、
あのお店を訪ねられたら、
と思う。


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