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8月28日(木) 239/365 長唄と着物と。

今日は長唄の稽古日。8月は新内、小鼓の発表会があったりして、間に旅行に行きつつも音曲月間だったが、私的には来月の長唄の会友審査会が今年のビッグイベントである。

長唄は大学のサークル活動で始め、4年間参加して卒業後は「全力で逃げた」。三味線を弾いたり唄ったり自体は好きだったけれど、師匠や顧問やOB達との人間関係に次第に疲れを覚えて、
卒業後は関わらない、と決めたのだ。実際、仕事に邁進して残業も厭わず働いていたので、時間もなかった。

しかし、卒業後10年くらい経って、職場と自宅の往復しかしない毎日は流石につまらなくなり、何か習い事でもしようかと思い始め、ふと「また三味線やってみるかな」という気持ちになった。そこで、長唄以外の三味線音楽も検討したのだが…
当時、津軽三味線がブームで、耳にする機会も多かった。確かに速弾きはカッコいいものがある。けれど、あくまで私の考えだけれど、津軽民謡の伴奏楽器だと思うと、音楽としてちょっと範囲が狭いような気がしてしまった。

一方、小唄も粋でいいなと思ったのだが…小唄は言わば洗練の極みというか、お座敷で唄一人、三味線(小唄では「糸」と呼ぶ)一人で、唄っている世界が『待合の四畳半の世界』…男女の機微を扱った作品が大半な気がして、30歳そこそこの、色恋偏差値低めの私には「…まだ早いかな」と感じた。三味線もバチを使わず爪弾きで、そんな辺りも「もっと年を重ねてからでいいかな」、と当時の私は結論付けた。

ちょうど仲良くしていたサークルの先輩が、同じサークルの更に先輩に長唄を習っている、という話を聞き、稽古場を見学させてもらい、その場で入門してしまった。一時は嫌いで関わらなくなった長唄だが、扱っている世界が幅広く、またバチを使ってバリバリ弾くところもあり、「長唄やっていたら後々ツブシが効くかもしれない」などと、打算的な動機があったのと、師匠が私の8歳上の先輩で、世代的にちょうどいい距離感だったのだ。

それから毎月、仕事が終わらず休んだりすることがあっても通い続けて…20年。基本飽き性の私は、仕事も住む場所も3、4年で変える傾向があったうち、最も続いたのが会社勤めの21年。退職した今は、長唄が最長継続案件になることは確実だ。その区切りをつけたい気持ちもあって、会友審査を受けようと思った。他の流派でいうところの「名取試験」だ。

今、すごく着物にかまけた人のようになっているが、長唄の影響はとても大きい。演奏会は着物で参加するので、是が非でも自分で着られるようになりたかったし、演目に合わせた色や柄を考えたりするのも、自分だけの楽しみになった。着ようと思っていた着物があり、ただ帯が手持ちでイマイチ合うものがなく、リユース等を探していた時、イメージしていた柄に近い帯地を格安で見つけ、自分で仕立てた時の嬉しさも、元を辿れば長唄だった訳で、「ご縁」というものの不思議さをつくづく感じる。

審査会は「服装自由」とあり、洋服でも良さそうだが、やはりここは着物で臨むとして、何を着ようか悩んでいる。9月中旬、日程的に言って薄物か、単衣にするか、その頃の気温はどうなっているのか…明るめがいいのか地味にするのがいいのか、実技の練習以上に?難問である。

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